運気0と新スキル
空から現れた赤銅色の竜は、白竜に敵対するように対峙している。グルルと喉奥で音を鳴らす。
赤竜のアドラ。そして白竜か。
十二宮の迷宮やゾンビなどの、現実に存在する架空要素を設定として捻じ込んでいるZDO運営のことだ。どこかの伝承、あるいは民謡に大元となる原型が存在するのだろう。
詳しい話はわからないが、それでも自分の盾のように立っている赤い竜の言葉は、信じていいものではないか。
重低音の声が脳内に響き、同時に目の前のドラゴン――アドラが、ゆらゆらと幽鬼のように立ち上がるジゼルを横目で見て、注意を促すように喉を鳴らす。
《我が姉が迷惑をかけた。あとは任せて人間界へと帰ってくれないか。この渓谷は本来人間のいていい場所ではない》
「任せたいのは山々だけど……ここの出方が分からないし。それに、」
刹那の静寂が生まれる。2匹のドラゴンの対峙し、僅かな緊張が張り詰める。
それでも、と。ジゼルは不敵に笑い、目の前の強者どもを嗤う。
「時間が無いんです」
自分はお前よりも上なのだ、邪魔をするな。言外にドラゴンを邪険に扱うような意味を孕ませた言葉を、ジゼルは毒突くように吐き捨てた。
おそらくため息を吐いたのだろうか。ジゼルの啖呵を聞いた赤い竜は、フシュゥウウッ……、と妙に圧のある鼻息を吐き出す。
《……ふん。いいだろう。だが我の邪魔だけはするなよ人間》
「……こっちの台詞です。それとわたしはジゼルです」
《はっ! 威勢の良い人間だ》
決着がつけられようとしていた戦闘は、目の前のアドラの登場によって延長された。緊張していた心は解れて、過負荷が掛かってラグが起きていた体は、時が動き出したかのようにヌルヌルと動き出す。
(仕切り直しだ)
ダンッ!
足裏の地を蹴る。爆発するかのような轟音が響き、天空にはアドラが、地をジゼルが駆けて白竜の懐に再び入る。
鉄壁の装甲にはジゼルが破壊した部分がある。そこ目掛けて剣を突き出す。
一方、天空を飛んでいるアドラは、無謀にも白竜の懐に入り込んだジゼルを見て、口端を吊り上げて嗤った。目の前に立つ白い姉竜に、小さくも愚かで純粋な少女が勝てるとは思えない。
しかし竜に対して啖呵を切れるほどの胆力と勇気を、自身の意識の向上に繋げられる人間は稀にいる。もし、ジゼルと名乗った少女が、その類の人間ならば――
この脆弱な人間にどれほどの力をもたらすものなのか。そしてそれがドラゴンに届き得るものなのか。
《見させてもらうぞ、我が姉に啖呵を切った人間よ》
しかしアドラも見ているだけではない。空中に豪炎の魔法陣が浮かび上がる。只人では再現不可能な『竜魔法』と呼ばれる魔法の一種だ。
アドラが極大魔法の準備を進める一方で、ジゼルは白竜のHPを出来る限り減らすことに専念していた。しかし削られていくのは少しずつ。
右上の数字を見る。時間が残されていない。このままでは遅刻――実際には『棄権行為』になってしまうかもしれない。
「くッ――そッッ!」
最速で1発に込められる火力が高い攻撃が必要だ。ジゼルの持つ最速高火力の攻撃方法と言えば――
「【ファイアボール】!」
初期から使い続けている初心者御用達火属性魔法【ファイアボール】。無駄な詠唱無しでかつ、連射の出来るMP消費の少ない魔法は、思いつく限りでこれしか出てこなかった。
火球がジゼルの掌から、ドドドドドドッッ! とけたたましく、さながら機関銃のように連続して射出される。
乱舞の如く吐き出される炎の球を受けて、白竜は悶え苦しむ。太陽光を集めることが出来るなら、もう少しくらい耐えられるのではと予想していたのだが、それは杞憂だったらしい。
《まあ、こんなものか……》
アドラの準備は整った。背後に浮かび上がっている獄炎にも匹敵する熱量の魔法陣は、アドラの指示を今か今かと待ちわびているかのように、轟々と燃え盛っている。
先端の尖った爪を白竜へ向けて、溜め込んだ極大魔法を解き放つ。
《【ドラゴンフレイム】》
吐き捨てるように発射した獄炎の波は、交戦している白竜とジゼルに向けて一直線に迫る。
迫る巨大な火炎に、ジゼルは恐怖を覚える。それと同時に、雷に打たれたかのような閃きがジゼルの脳内を駆け巡った。
「――ッ!」
白竜の腹部に集中していた攻撃の手を止め、即座に火炎放射へと体を逸らす。
白竜の装甲との衝突で、やや擦り減った剣を振りかぶり――火炎に向けて刀身を叩きつけた。
《なっ……!?》
「ぐ、うぅ……!」
《ば、馬鹿者が! 只人が竜の吐炎に耐えられるわけが――》
ジゼルを守るために炎を切り裂く剣が、パキパキと沈痛な悲鳴を上げる。このまま叩きつけた状態でいると、折れてしまうこと必死だろう。
(だけど……それで良い。むしろ、それが良い!)
「ぅう……おぉおおお!」
――パキンっ。
竜の炎に耐えられず、ジゼルの剣は砕け散った。白刃の煌めきがジゼルの視界を覆う。
――これを待っていた!
一瞬の隙を逃すことなく、ジゼルは無詠唱の魔法を振るう。
「【マギカエンチャント】!」
轟々と。燃え盛る竜の炎は唸りを上げて、ジゼルの剣の刀身があったであろう場所に吸収されていく。それは炎の嵐のように、剣の形を為していく。
とあるZDOプレイヤーの、とあるゲーム実況者が実践して、失敗し、しかし理論的には可能と言い張っていた無謀すぎる、システム内のシステム外スキル。
「魔法奪取――見様見真似だけど、成功した!」
ジゼルの手元では、竜の炎が燃えていた。
 




