運気0達の登校
予選 I ブロックが終わった翌日は平日、それも月曜日だった。
月曜日。
学校関係者の者達は自分の通う学校へと登校し、一般企業へと就職した者達は出社し始める世間にいわゆる『萎え』が充満する一週間の始まりの日。
ZDOの闘技場で白熱の激闘を繰り広げた2人の戦士も、この日ばかりは普通の女の子へと戻っている。
ありふれた簡素な半袖の白Tを着こなし、チェック柄の膝丈まであるスカートを履いている。首元には赤いリボン、コツコツと2人が履いているローファーとコンクリートの間で音が鳴っている。
今や季節は夏。空から紫外線とともに強烈な太陽光が降り注ぐ。ぶっちゃけ無限に降り注がれるとか、昨日の少女魔法使いの溶解液の雨よりも質が悪いのではと思ってしまう。どっちも浴びすぎると体に悪い物だし。
「……ねぇ、るな」
「なに、花奏?」
「……歩くの、早くない?」
「そうかな?」
「そうだよ」
ただでさえクソ暑いのに外にも出たくなかった佐藤花奏は、自然月花に連れられて学校に向かっている最中だった。場所は閑静な住宅街の道路。日差しを遮るものは何も無く、もちろん冷房のような気の利いたものはない。
外でここまで暑いのに学校の教室には冷房がなく、田舎の県立学校特有の『地獄の夏場』が始まる鬼畜ぶりだ。喉が渇くし汗は滝のように流れ出るしで、まさに灼熱地獄にいるような感覚に陥る。生徒会の人達には是非とも頑張ってもらって、教室にクーラーを設置してほしい。
それはともかく月花の歩く速さが異常である。早歩きでもしているのではないかと思う。
「……いや、多分花奏が遅いんだと思うけど」
「無駄に体力使いたくないもん」
「遅い自覚あるんじゃん」
そんな無駄口を叩きまくって本当に無駄な体力消費をする。体力を消費するのは悪手でしかないが、何か話してないと精神的にお陀仏してしまう。あっつい……
「東京の学校って何処も冷房が付いてるらしいよ」
「へぇ……」
逆に月花はあまり話したくないらしい。身の回りの話をしても乗ってこない。月花の髪を伝って落ちた汗の滴が、コンクリートに落ちてすぐに蒸発する。反射神経がある割に体力が少ない月花は、やはり限界が近いのだろうか。
「で、ジゼルはさ」
「……花奏?」
VRMMOゲームをプレイする者たちの間でのマナーである、『仮想世界ではリアルネームを、現実世界ではキャラクターネームを言わない』と言う暗黙の了解を破って話を進める花奏。
流石に月花は振り向く。
「本選、勝てると思ってる?」
「……さあね。出来るだけ頑張るつもりではいるけど」
「アタシはいけると思ってるんだけど」
「……ふふっ。ありがと」
幼馴染みに太鼓判を押された少女は朗らかに笑う。昔から自分を知ってくれていて、誰よりも自分を客観的に見てくれている少女からの太鼓判だ。これ以上に頼もしい判があるだろうか。
「まあ、油断しなければの話だけどね」
「……うっ」
どうやらバレていたらしい。第二回イベントの予選から、ジゼルが油断しまくっていたことを。
「……え、なんでわかったの?」
「知りたい?」
「うん」
「……じゃあまずは昨日の初戦ね。なんか少し作戦みたいなの考えながらやってたでしょ?」
「例えば?」
「知ってるけど持ってないスキル……アヤメさんの『会心』あたりかな? だから最初から抜刀してなかったんでしょ? 首を狙ったからかなりダメージが入ったけど、逆にそのせいで手間取ってたんじゃない?」
「……なんでそう思ったの?」
「会心は大量にダメージが入る代わりに、かなり条件が絞られた状況でしか使えないスキルだからね。でも習得してるスキルを間違えて相手に伝えれば、それはかなりのアドバンテージになる。それを偶々思いついちゃったジゼルは実行しようとしたけど、運悪くマッチが始まっちゃった。そして『会心』にしちゃったせいで手間取った。どう?」
「……」
全部とまではいかないが、9割ほどバレていた。たしかにあの失態はジゼルの手間を取らせるに等しい行為になっていた。しかし理由はそれだけではない。
「……うん。まあ、実は焦ってたからなんだけどね」
「ありゃ」
「読み違えちゃったかな?」とケラケラ笑う花奏。それをどうにも愛おしく感じてしまうのは、昨日あんな喧嘩をしてしまったせいだろうか。別にわたしはレズビアン気質はないし、花奏に対する恋愛感情はない。だとすると、やはりこの感情は昔からの付き合いである幼馴染みに抱くべき感情なのだろう。
「で、第二戦だけど――」
「ごめん。やっぱいいや」
どうせ聞いてても黒歴史の発表会が開催されるだけだ。これ以上の暴露は阻止しなければならない。「そお?」と言って笑う花奏。ここですぐにやめてくれるのは素直に嬉しい。
「まあ、直向きに頑張んなさいよ。アタシは応援してるから。今日の7時からだっけ?」
「そうそう。だからあまり緊張させないでよ?」
「えー? どうしよっかなぁ……?」
「わたしってば、ただでさえあがり症なんだからさ」
「自分でもわかってるんだ……」
「慣れたら気にしなくなるしね。わざわざ気にするような事でもないし」
無論。これは口を突いて出た出任せである。嘘、ハッタリ、フェアリータイルである。たくさんの観衆が見守る中での戦闘なんてもっての他。小学校の学芸会で何度しくじったことか。そして何度花奏に助けてもらったことか。数えるだけで嫌になる。
しかしわざわざ自らモチベーションを下げるような真似だけはしてはいけない。成長途中の胸の前で小さな握り拳を作る。
気合いを入れ直した月花を見て花奏は微笑み、そういえば……と腕に巻いた時計を確認する。花奏が付けている腕時計は8:31を指している……
ギョッとした花奏は、月花の肩を叩いて月花に腕時計を見せてから走り出した。
「……るな! 時間時間!」
「え……? あああっ!?」
朝のHRが始まるまでは残り9分。いや、今32分になったから残り8分。道草食って立ち止まっていた今の場所から走ってもギリギリだ。とあるゲームの世界で最強を目指す少女は、遅刻しないために、自らが通う高校へと駆け出した。




