運気0の予選決勝
じりじりと互いの様子を伺う2人だったが、最初に動いたのはカナデだった。2本だけ矢筒から矢を取り出して、そのうちの一本を弓に番える。
ジゼルに向けて弓を射るが、反射神経の高いジゼルは悠々と躱す。矢を躱したジゼルはその勢いのまま、カナデとの距離を縮めるために駆け出す。
それを待っていたかのようにカナデは笑い、もう一本の矢を番え射る。弓から放たれた一条の矢は、
「【ファイアボール】!」
ジゼルが手のひらから放った火球によって跡形もなく焼却された。その炎煙を掻い潜ったジゼルは斬り込もうとしたものの、予測していたかのようにカナデはバックステップで躱す。バックステップでの回避と同時に、矢筒からさらに一本矢を取り出し弓に番える。
放たれた3本目の矢はジゼルの側頭部を掠め、さらに前へと飛んでいく。普段なら外したと舌打ちして、体勢を立て直そうとするのだが、カナデの顔には嗜虐心に満ちた悪い笑みが浮かんでいた。
「……えっ」
剣を下降させて次の行動へと移そうとしていたジゼルの脚が、思うように動かなくなって前からうつ伏せに倒れてしまう。
なにが起こったのか分からずにカナデを見ると、口端を上げて笑っているカナデが言う。
「ジゼルって見えてるものには強いけど、見えないところからの攻撃に弱いよね」
「どう言、う意味、だ……!」
「そのままの意味だよ。物理的には強いけど、精神的にはゲキ弱。だから状態異常とか防御不可避の攻撃は、だいたい受けちゃう」
甘いんだよね、そう嘲笑するように口歪めるカナデは、再び矢筒から矢を取り出す。鏃には何やら液体のようなものが塗りたくられていて、空から降り注ぐ太陽光を反射させている。
「麻痺毒を仕込んだ矢は、掠っただけで効果を発揮する。ちょっとしかダメージを負わないと思った。だから気にせずに当たっちゃった。まったく……アホか」
「くっ……」
立ち上がろうとするものの、足に力が入らない。それどころか体全体が痙攣して体全体が思うように動かない。カナデは弦を引っ張り弓を構える。
引き絞った弦から手を離して矢を解き放つ。矢は軌道を描いてジゼルの脳天に向かって一直線に向かってくる。
「――ア、【アースウォール】!」
地面から丸みを帯びた壁が現れて、矢からジゼルを守る。突き刺さりはしたものの貫通することはなく、地の壁はジゼルを守りきって砕け散る。
「威力、高い……」
「まあね。『ロックオン』ってスキルのおかげかな」
スキルの詳細は知らないが、おそらく狙撃系統の威力増加スキルと予測する。【アースウォール】は1発の矢で砕け散って、体は五体満足と言えるほど動くことは出来ない。精々がいつもの半分程度だ。そうなると矢を避けながらの攻撃は難しいか……
そこまで思考を働かせたジゼルに向けて、カナデは弓を引く。先端にタマゴのような大きさの長球が付けられている。
「……」
「――ッ! 【アースウォール】!」
飛来した矢はジゼルの眼前に出現した地の壁に当たり、長球が破裂してドガァアンッ! と轟音と共に爆発した。
土煙が立ち昇り、視界が薄茶色に染まる。
「ケホッ、ケホッ……」
口の中がじゃりじゃりする。砂が口の中に入ったらしい。水の魔法で口内を洗いたい気分になるが、魔力には限りがあるため節約しなければならない。
しかし節約と言っても剣でカナデに追いつくためには、是が非でも【パワード】や【スピーダー】と言ったステータス値増強系の付与魔法を使わなければならない。
――せめて剣が2本あれば……
少しくらいは攻撃の速度が上げられる……。そこまで考えたジゼルの脳内が、電撃が走るような感覚に見舞われた。
「……あ。あるじゃん」
たしかに剣は2本も無い。しかし剣に酷似した形の物を、ジゼルは一本だけ腰に括り付けている。砂煙が自分の身を隠している間に、腰回りに巻いているベルトを外して、とある物を外した。
そして自らの士気を高め意図的に感情を昂らせて、体を蒸気に包み込んだ――
砂塵の外で、カナデは迷っていた。
危険を冒してでも今すぐに砂煙の中に入って、弱っているジゼルを叩きに行くか。それとも砂煙が晴れるのを待って、確実にジゼルを仕留めるか。
「待った方がいいかな……」
安全策を取るので有れば後者が有効だ。ジゼルは魔法使いだが、砂塵が舞う砂煙の中から的確にカナデに向けて魔法を放てるほど慣れてはいないはずだ。
しかし万が一のこともある。ジゼルは努力の化物だ。才能の怪物だ。神に嫌われているかのような不幸体質を持ちながら、神に愛されているかのような神童でもある。
第三の選択肢として、今使った『爆発矢』を大量に叩き込むか。しかし第三の選択肢はすぐに頭から消去した。
『爆発矢』は貴重だ。手に入れようと思って、一朝一夕で手に入れられるほど格安な値段ではない。結末が何処に転ぼうとも、『爆発矢』は数少ない切り札として手元に残しておきたい。
その逡巡から20秒ほど経っただろうか。砂煙の中で黒い影が動いたことに気付いた。
「――ハァァアアアッ!」
燻んだ銀髪の少女が砂塵の特攻を仕掛けてきた! 流石に予想外の行動にカナデは躊躇い見せるが、すぐに脳内を切り替えて回避の体勢に入る。
先程と同じようにバックステップで斬撃を避け、その勢いを保ったまま矢筒から矢を取り出して番える。一瞬だけ腕に力を込めて引き絞り、力を一気に弱めて弦とともに矢から手を離す。
投射された矢は反発力を利用して宙を翔び、ジゼル目掛けて飛来するが――
カァン――ッ!
簡素な音を立てて弾かれた。鉄と鉄がぶつかるような鋭い音ではなく、木材と鉄がぶつかるような鈍い音。
鉄がカナデの投射した矢ならば、木材の方は何なのか。その正体はジゼルが握っていた。
「……け、剣の鞘!?」
刃物を扱う者ならば誰もが腰や背中に携えている刃を諸刃にさせないための安全器具。カナデも片手剣士を演じている時に携えていた保護用具を、ジゼルは挙げ句の果てに武器として扱っている。
その姿は断じて二刀を持つ剣士などではなく、二刀のナイフを持った、古代ローマで『狡猾な者』と揶揄された剣闘士……否、二刀闘士だ。
瞳を赤く染めて体から蒸気を発している親友の姿に、カナデは呆然として立ちつくす。
「――は、はあ? ば、バカじゃないの……?」
体が動きづらいからと言って、もしくは攻撃速度を上げるためとか言って、二刀流ならぬ一刀一鞘流の構えをしている天災を見て、カナデは口を半開きにして固まってしまう。
それでも攻撃を止めようとしないジゼルは……
「行くよ! カナデ!」
「こ、来い!」
弓使いならば、来るな! と言って逃げるのが常道なのだろうが、思考が凍結しかけているカナデは、そこまで頭が回らなくなってしまっていた。
片や真正の馬鹿。
片や一時の阿呆。
もはや常人が思いつく限りの戦いは終わり、怪物達が繰り広げる戦いへと移行してしまったがために、観客席は大盛り上がり。 I ブロックの決勝戦は、他のブロックの戦いよりも苛烈を極め、互いが互いの持ち得る全てを出して、ジゼルとカナデは得物を振るった――
 




