運気0の親友の話
ジゼルの戦いが始まる一試合前の戦いが行われている頃。
カナデは用意された個室で昔を思い出していた。突発的に行われたとある2人の最強の戦い。ジゼルとジェネシスの戦いである。
時には地形を破壊したり、時には剣戟音が鳴り、時にはどちらかが逃げ回る立ち回りを繰り広げる。拳を握って殴る。剣を握って四肢を斬る。
小回りの利く不壊の最強武器とされていた拳を破り、たった一本の剣で勝った剣闘士は忘れ去られる事なく、今もネット界隈では都市伝説として残り続けている。
今回の相手はその片割れ――勝者のジゼルだ。
拳闘士のジェネシスが最強を地で行く剛強無双のプレイヤーならば、剣闘士のジゼルは予想外を行動に起こす奇想天外なプレイヤーだ。
ゲームの常識は通用せず、ルール破りスレスレの戦いを繰り広げたジゼルの戦いはゲーム界隈を――界隈だけで言うならば、全世界を震撼させた。
『通常』が通用せず、『常識』なんて絶無に等しい。
平気な顔で常識をぶち壊しにかかるプレイヤーなのだ。両者ともに最強と呼ばれる所以はそこにある。
今回の戦いでは、どんな害悪プレイをしてでも、その『常識外』に付いていかなければいけない試合になる。
「……あ、そろそろか」
自分の試合の前にはジゼルの試合がある。第一試合が終わる頃合いを見計らって I ブロックのチャンネルに回す。
画面に映ったのはフードを被った紅眼の死神と、死神に目をつけられた哀れな男剣士だった。見たところ男剣士はベテランっぽい服装にレア武器っぽい刀を身につけていたのだが、いくら希少で強い武器や装備であろうと『常識外』には関係ない。
少し会話を交わした後に男剣士が剣の柄を握ろうとすると、ジゼルは斜め下から剣を引き抜き、下段斬りを繰り出す。なんの変哲もない技術だが、ジゼルのあれはシステム上には無いプレイヤースキルだ。
男剣士の首筋を切り裂いた後に、腰を屈めて左脚も斬り裂く。システム上の剣術スキルならありえない、ZDOでは例を見ない2連撃。
嵐の猛攻が収まった後のアリーナには、閑散とした静寂で満ちていた。
ZDOの剣術スキル同士の戦いでは、単発攻撃であるが故に一回の攻撃でどこまで削れるかが鍵の火力ゲーのはずだ。しかしジゼルからしてみれば、剣戟なんてどこまで攻撃を当てられるかが鍵のコンボゲー。
ZDOの型にはまっている剣士プレイヤーからしてみれば、あのジゼルは致命的なまでに天敵だった。
「――決まったね」
この先の展開や結果は見なくともわかる。
案の定、男剣士は警戒を解く事なく焦ったまま、前傾姿勢でジゼルに斬りかかる。ジゼルは冷静に左へと移動して剣を抜く。ジゼルの剣は男剣士の片腕を斬り飛ばし、男剣士のHPは瀕死ゾーンを通り越して全て尽きた。
ポリゴンと化していく男剣士を背後にして、ジゼルは凛とした雰囲気のまま剣を鞘に収める。
――嗚呼、これだ。これこそがジゼルだッ!
今までの魔法使いを目指すとか言ったトチ狂った妄想を抱いていた少女などではなく、極度の不幸体質に思い悩んで努力に努力を重ねる自然月花でもない。
天から与えられたとしか思えない剣術センス。誰もが追いつかない反応速度。死神のように【無】のままで殺しにかかる冷徹で寡黙な、生まれる時代や世界を間違えた女剣闘士。
見間違いようも無い。何度も見返した動画にハッキリと映っていた女剣闘士は、今は少女でも幼馴染でも無い。
一人の戦士が相手ならば、遠慮することも気遣うこともない。自分の鍛えに鍛えた本気を見せることが出来る。
目の前に現れたウィンドウの青いボタンをタップするカナデは、ニヤリと獰猛な獣のように笑っていた。
「――ねぇ、勝負を始めようよ……ジゼル」
闘技場に降り立ったカナデは、目の前の女プレイヤーに対して弓を向け、とある毒を仕込んだ矢を番て弦を引き絞る。
その顔には感情は浮かんでいなかった――




