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運気0達の予選開始

 円形闘技場の真ん中に2人の剣士が立っていた。

 片方は良く魔法使いが来ているローブを羽織っているが、中にはちゃんとVITを少しでも高くするための戦闘用胸当てを装着している少女。フードを被っていて表情が見えないため、感情が汲み取れない。腰には短めの片手剣をだらんと提げていて、パッと見だと素人にしか見えない。

 もう片方も剣士だ。ただし男性であり、見た目は初老風の幕末の剣士そのものだ。甲冑は身に纏っていないが和服を着流して、タライのような形のかさを目深に被っている。こちらは日本刀をしっかりと固定させている。


 頭上に『Match start!』と書かれたところで、男剣士は咥えていた煙草のような棒状のアイテムを口から出し、少女剣士を小馬鹿にするように言った。


「お嬢ちゃん……悪いことは言わないからやめときなよ」

「――は?」


 少女剣士はポカンっと口を開いて呆気に取られる。


「その服装と提げてる剣でわかる。――お嬢ちゃん、素人(ヌーブ)だろ。固定もしていない鞘からどうやって剣を抜くんだい? そのローブ姿でどうやって剣を払うんだい? いくら架装の世界だからって無理だろ?」

「……」


 少女剣士は答えない。口を開こうとせずに、むしろ口を引き結んで剣の柄に手をかける。心なしか睨んでいるようにも見えた。全神経を一点に集中させているのだろう。


 処置なしとばかりに男剣士は「はぁ……」とため息を吐いて、自分の愛刀の柄に手をかけた。人気ゲームだからと言ったって、ZDOには無恥無謀なプレイヤーが多すぎる。「自分ならいけるんじゃないか」と思いがちなプレイヤーが多すぎる。

 少し分らせてやろうか……、そう思った次の瞬間だった。


 一陣の風が男剣士の横を通り過ぎ、HPの7割ほどが削り取られた。削られていくHPは、遅れてダメージを受けたことに気付いたかのように赤く染まったバーが透明になっていき、安全(グリーン)ゾーンだったHPバーが一瞬で危険(イエロー)ゾーンに変わる。


 男剣士の頬を冷や汗が伝う。斬られ抉られた首筋が、ジンジンとうずくような感覚に襲われる。急いで体勢を立て直すが、男剣士はあることに気づく。

 ――左脚が無くなっている。


「――で、」


 地面に手を着いて、ぐらつく体は起こす。男剣士は警戒を怠らないで少女剣士を見るが、当の少女剣士はふるった剣を左右に振ってから鞘へと戻す。


「言いたい事は、それだけ?」


 ゆっくりと此方へと向く少女のフードの中がチラリと見える。まるで蒸気が溢れているかのようにふぁさふぁさと浮かぶフードの中には、燻んだ銀髪と血のように赤く染まった瞳が……


「……悪いなお嬢ちゃん、さっきの素人発言は撤回する。……さては、死神か悪魔か……悪鬼羅刹の類か?」

「……失礼な」


 冗談めかして言う男剣士に、少女剣士は怒って拗ねたかのようにそっぽを向く。しかし剣の柄から手を離そうとしていないあたり、一切油断もしていない上に警戒を解いていない様子だ。

 斬りかかっても先程の剣速を鑑みれば、カウンターを撃ち込まれるのは目に見えている。どこまで削られるかは分らないが、どちらにせよ、ここから先は一切HPを削られてはならない。


「……チッ、ツイてねえなぁ。初戦からこんな強敵と戦うことになっちまってたなんてよぉ……」


 頭をボリボリと掻く。鞘に収まったままの愛刀の柄を取り、下段に構える。残った右脚に力を込めて、全力で前に()()


 『会心』というスキルがある。

 鞘に入れたままの剣を抜き放ち、その力を持って攻撃して当たった場合にのみ発動する剣士専用スキル。攻撃は必ずクリティカルの扱いになり、攻撃を受けた敵には致命的なダメージが必ず入る。

 どこまでダメージを入れられるかは未知数だが、しかし当たれば此方が有利になることには違いはない。おそらく今少女剣士が使ったスキルも『会心これ』だろう。男剣士は少女剣士に肉薄し刀を抜き放って――



 ――抜き放てなかった。



 刀の柄を握っていた右手は少女剣士の剣に斬り飛ばされ、男剣士のHPは少しずつ削れる。下から上へと振り上げた剣を頭上に構え、今度は上から下へと振り下ろす。少女剣士の剣は男剣士の胸板を切り裂き、音を立てて地面に突き刺さって止まる。

 致命的なオーバーキル。圧倒的なダメージ量。勝者は火を見るよりも明らかだった。

 一気に削り取られたHPはやがて底を尽き、男剣士はポリゴン化して闘技場の中から消えた。負けた選手は最初の広場に転移して、次の試合を観戦出来ると言う。男剣士は、次からはそこで次の試合を観戦するのだろう。


 一合も打ち合わないどころか、剣士に剣を鞘から出させずに勝利した少女剣士に、轟音にも似た大歓声が轟いた。

 闘技場中に熱狂が伝わる中で、熱の渦中にいるはずの少女はやけに冷静な手つきで画面をスライドさせて、赤い丸みを帯びた長方形の中に『離脱』と書かれているボタンをタップした。

 少女の体は光を発すると、次の瞬間には消えていた。後に残っているのは浮かれた熱と、少女の体を作っていたポリゴン体だけだった。




 気づくとジゼルはイベントの控室となっている小さめの個室にいた。

 言うまでもないかもしれないが、先程の少女剣士は誰であろうジゼルである。背後の扉に背を当てて下へとズルズルと流れるように落ちて膝を抱えて、バクバクと鼓動する心臓を落ち着けさせるために、赤く染まった頬を冷やすために、深く深く深呼吸をする。


「ふあぁぁ……緊張した緊張した緊張した緊張した緊張したあ……!」


 ――結論から言おう。ジゼルはあがり症だった。

 場所は数にして数百の大観衆が見守る大舞台だ。円形であるが故に四方八方から自分のことを見られていると言うことが明確にわかる場でジゼルが緊張しないわけがなく、他人と言葉を交わすことはもちろん、フードで顔を隠しているにも関わらず手も脚も胴体も震えて、すぐにでも試合を棄権したい心境だった。


 言葉を交わさなかった寡黙な剣士とか、修羅の如き剣戟の瞬殺劇は、とある野暮ったい現実の副産物でしかなかった。


 しかしそんな緊張が体を襲っている状態でも戦ったのは、一重にカナデと戦うためである。リィアンから一連の事情を聞いたジゼルは、カナデに事の流れを聞きたい一心だった。

 しかし当のカナデは自分の控室に籠もってしまった上に、他のプレイヤーは控室には入ることも出来ない防犯仕様に、そして声も中には届かない防音仕様になっている。事を聞くには予選の決勝戦まで戦い続けなきゃいけない状況なのである。


「はぁ……あ、次だっけ」


 ジゼルは予選第2ブロックだ。そしてカナデは第3ブロックだった。つまり、ジゼルの次に当たる。

 部屋に設置されてあった小型テレビを点けてチャンネルをまわす。9回ほど回して I ブロックの戦いを観る。そして驚愕した。


「――え?」


 ちょうどカナデが映っていた。カナデは何処の市場でも売っている弓を構えて立っている。それだけなら別に驚いたりはしない。なら何故か。

 ――理由は相対する女性プレイヤーにある。


 肩や腹、脚など致命的にはならない箇所に矢を生やし、得物と思われる魔杖や膝が地面に着いていた。義憤に怒りを燃やしてカナデを睨み付けている。

 それを見ているカナデは、さながら魔王のように無表情で睨み付けてくる女性プレイヤーを見下していた。


「……え、カナデ?」


 幼い頃から共にいた幼馴染の少女は、この16年間で一度も見せた事のない顔で、円形闘技場の中心に立っていた。



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