運気0の虚数魔導書庫⑩
牛の角を生やした魔人は、腐った緑肌の怪物へと突進する。魔人は自分の背丈と同じくらいの大きさの戦闘斧を振り下ろし、緑の怪物を縦に切り裂く。
ズドンッ!
轟音を立てて振り下ろされた戦闘斧は地面を割り、空間すらも裂いた。
「羽は撃ち落とされ、人は地に落ちる。
片手には斧。並ぶものなき無慈悲の刃――」
まるでアバター自体が強化されているかのように、声帯から滑らかに言霊が流れ出る。虚空に幾重もの魔法陣が連なって現れ砕け散り、マジュリティーを逃すまいと一筋の円環となって捕らえる。
「――咲かせ、咲かせ。今宵咲かすは、
鮮やかなりし、真紅の血華であれ」
かの『血の伯爵夫人』が用いたとされる拷問器具。史上最も残虐で残忍な殺し方とされる悪名高い鉄の処女が、地属性の魔法として緑の怪物を悠々と覆うサイズで現出した。
「【アイアン・メイデン】!」
扉の付いた腹を開いて、逃げようとするマジュリティーと動かない緑の怪物を包む。内部から接続された魔法陣へMPを大量に流し込む。内部に百は容易に超える棘が出現して、的確に二人に対してダメージを与えていく。
中からダメージを与えられる時特有の苦悶の声が聞こえてくるが、リィアンは同情することなくHPバーを赤く染める。
「――とどめを刺しなさい、ミノタウロス!」
命令を受諾したミノタウロスは、大樹のように太い豪脚で飛んで、刹那の時間で鉄の処女の頭頂部へと移動する。
力強い剛腕で【アイアン・メイデン】を頭からカチ割りヒビを入れ、めり込んだ斧は怪物の緑肌へと到達する。――そして脳天から真っ二つに割った。
間一髪のところで避けたのか、マジュリティーが逃げ出そうとするものの、それをリィアンは許さない。
AGIを下げる捕縛魔法でマジュリティーを捕らえる。ついに観念したのか天才魔導師と呼ばれた間抜けは、減らず口をたたく元気は残っているらしい。
「……善と悪の狭間を分かつ魔導と天秤の神ソロモンが記したとされる魔導書『レメゲトン』か。……くくっ、貴様の持つワールドは、いずれこの世界を壊すぞ? 信仰者を名乗る偽善者よ」
「……アナタ、本当にAIなの?」
「さて? それはどうかな」
惚けるマジュリティーに苛立ちながら、リィアンはマジュリティーに問われた問いの答えを
「私は世界を壊さないし、壊せない。システムの枠組みを超えられる器ではないもの。それに、そんなことが出来る候補なんて、一年前のあの一大事件から、たった一人に絞ってるもの……」
リィアンはジゼルを見る。横たわるジゼルが文字通り目を回しているのは、なにかのデバフの効果だろうか。自分は不幸だと宣う彼女こそ、圧倒的人気を誇るゲーム【ZDO】で、いつの日か作られるであろう伝説の――その主人公に相応しい。
一年ほど前に憧れたプレイヤーの弱った姿を見て微笑んだリィアンは、マジュリティーへと睨みをきかせて向き直る
「私は無宗教だけど……今は貴方と対立する一人の信仰者として言ってあげるわ」
リィアンとマジュリティーの頭上には、屋内であるにも関わらず雷雲が立ち昇っていた。その発生源であるリィアンの漆黒の『虚数魔導書庫』は、指令が下されるのを今か今かと待っている。
「神の御元へ召されなさい――!」
西欧の雷神を思わせる白い稲妻が、マジュリティーを貫いた――!
――――閑話休題――――
『ピカトリクス』の完全攻略を成し遂げ終えたジゼルはカナデとアヤメ……パーティを組んでいるいつもの面子とともに、レベリングをするために草原フィールドへと来ていた。
斥候として戦闘に立つアヤメに感謝しながら、カナデは隣に並んで歩いているジゼルに、気になっていた質問を投げかける。
「にしてもジゼルさあ……本当に良いの? 『ピカトリクス』ってたしか一回しか出来ないクエストじゃなかったっけ?」
「良いんだよ」
「だからって『虚数魔導書庫』の所有権を放棄するなんてさあ……」
「はぁ……」とカナデがため息を吐くのも当然だ。
『ピカトリクス』の裏ボスであるマジュリティーはリィアンによって倒されたため、『白銀の虚数魔導書庫』はリィアンの手に渡った。
なんでも『白銀の虚数魔導書庫』には、通常の『虚数魔導書庫』にはない能力が付いているらしく、とてつもなく貴重なものであるためジゼルから自分の手に渡ることを拒んだのだ。
「自分の力で倒してない道具は、自分には重すぎる」と言って断った時に、断られた側のリィアンと言うと、苦笑のような微笑を浮かべていた。
「クエストを受けたのはアンタじゃない」
「わたしは本当に何もしてないからね」
「……律儀だねぇ」
「そこが我が主殿の好いところなのでしょうね」
二人の会話の隙に割り込むように、アヤメが会話に参加する。先に進んでいたはずなのに、さすがは自称忍者と言うべきか、いつのまにかジゼル達のそばまで戻ってきていた。
「そういえば次のイベントの開催日が決まったそうですね」
「イベント?」
「はい。第二回イベントです。総当たりのリーグ戦形式になるそうですよ」
「――てことは、怠慢?」
「はい。私としては前のポイントゲッターよりもやりやすいですし、少し楽しみですね」
「……ふーん」
魔法使いがタイマンなんて出来るのだろうか。向きか不向きかと問われれば不向きなのだろう。しかしこのゲーム開始から十数日経った今では、いくら初心者のジゼルとて戦い方は心得てきた。
だからこそジゼルの心は躍るわけで――
「……うん。楽しみだ」
興奮を顔に現しながら、三人の少女はレベリングに勤しんだ。




