運気0の虚数魔導書庫⑦
結論から言おう。
『ピカトリクス』のボス――『Stupid magician』は、言葉に出来ないほど簡単に倒せた。
「マジュリティーの刺客か……ふはは! ならば我が魔法の雨を超えて見せよ! 貴様ら如きが出来るかな?」と挑発してきたものだから、リィアンにINT値強化魔法をかけてもらったたジゼルが本気を出して懐まで近づいて、強化された渾身の【ファイアボール】を連射。
不運にも対決した『Immorality priest zonbie』――ボスゾンビよりもVIT値は低く、厄介な即死攻撃を使ってこなかったおかげで特攻攻撃が可能になり、【スピーダー】の重ね掛けですぐに近づけた。
つまるところ、弱かったのである。
《ボスを倒せ》と書かれていたクエストログが変わり、《『虚数魔導書庫』をマジュリティーの元へ返せ》と書かれている。
「これでいいんですか?」
ぐったりした様子でジゼルが言う。いくら弱かったとは言え、二回連続のボス戦は疲労困憊にするに充分だったのだろう。
「ええ。あとはバトル報酬で『虚数魔導書庫』って出てきてるでしょう? それをマジュリティーのところへ持って行けばいいのよ」
《虚数魔導書庫》と書かれているタグをタップする。オブジェクト化させると丸い白銀の球体が現れた。自分の思い通りに動かせないみたいだけど、ジゼルの周りをふわふわと浮かんでいる球体には見覚えがあった。
「リィアンさん。これって……」
「ええ。これと同じよ」
そう言ってそれを指差す。リィアンの周りをふわふわと飛び回る漆黒の球体。『虚数魔導書庫』だ。
「……でも『虚数魔導書庫』って黒のはずなのよね……なんでシルバーなのかしら……」
「えっ」
『みんなと違う』。この言葉はジゼルに――否、ジゼルのプレイヤーである自然月花にとっては、NGワードに等しい残酷さを持った言葉だ。
切れ味を持たないナイフほど、油断しないものはない。誰もが持たない鈍のナイフほど、首を掻っ切るに相応しい凶器になり得るのだ。
「そ、そ……ですか……みんなと、違うんですか……わたし」
不幸の予感。予知と比喩しても過言ではないほどまでに、この16年間で鍛え上げられた予感は、的確に次の不幸を当てているのだが……今のジゼルはまだ知らない。
「……次、行きますか」
「そうね……どうしたの? 気分悪いの?」
「いえ、大丈夫ですから……」
顔が青を通り越して白にまでなってしまったジゼルは、先導してマジュリティーのいる場所を教えてくれるリィアンの後ろを、ふらふらした足取りで付いていくのだった。




