運気0の死の一閃
周りには誰もいない一本杉の立つ草原フィールドの真ん中で、剣戟音が響き渡り火花が飛び散る。
「ハハハハッ! やりますね、白髪の少女!」
「……いや、銀髪だから」
高笑いを上げて刀を接近させるアヤメに、ジゼルは片手剣で凌ぐ。【パワード】をかけている体とはいえジゼルは魔法使いだ。力量差に関しては本職の剣士には遠く及ばない。
「くっ……!」
「どうした! PKには慣れていないのか!?」
「……ッ!」
アヤメの戦闘スタイルはジゼルにとって天敵と言っても過言ではなかった。遠くから罠を仕掛けてくる上に、切断力に特化した武器である刀での攻撃と回避。
対してジゼルは誰よりも冴えた剣術と、その場しのぎの魔法のみ。後ろに引かれてしまえば剣は当たらず、遠距離戦闘においてはアヤメが上手。
アヤメは刀を近接近戦用の防御道具としか考えていないようで、ジゼルが切り掛かっても防御の選択肢しかとらない。
「……【スピーダー】【スピーダー】!」
ジゼルは自身にAGI値強化魔法を重ね掛けする。橙の魔力光を纏い、一流の矢となってアヤメに突貫する。
「――なッ!?」
圧倒的な一時的敏捷値となった脚で駆けるジゼルの突撃に、アヤメは刀で受け流すがよろめいてしまう。その好機を逃すジゼルではない。
ジゼルはここぞとばかりに畳み掛ける。剣の間合いに入ったジゼルは、右足を踏み込んで剣を持った両手で軽く一薙ぎさせる。アヤメの腹を深く切り裂き、弾き飛ばしの勢いとともにアヤメは後ろへと吹き飛んだ。
アヤメのネームタグの下の緑色のバーを確認すると、4割ほど赤く削られているのがわかる。残りは6割ほど……
「……今のは効きましたね。ですがその程度では――」
「――【ロックショット】」
魔力光を帯びた岩の塊は、ジゼルの指示に従ってアヤメに目掛けて旋回する。
視認したアヤメは地属性の魔力塊に向かって、術式を組み込んだクナイを投擲する。衝突した魔力塊とクナイは、接点から火花を散らして炸裂し、何方の力と問うより前に爆発した。
爆発によって舞い上げられた砂埃の中で、アヤメは目を守るために右腕で目元を守る。
「……危ない、危ない。流石に魔法の不意打ちは厳しいですね」
「――あ、そう」
背後に気配を感じる。振り向こうとするアヤメの頬に、剣の切っ先が掠めた。横目で見ると、ジゼルの赤い瞳がアヤメを貫いている。
そこにいたのは先程までの白髪赤目の少女ではない。砂埃で見えない胴体。赤く輝く深紅の瞳。鈍い光沢を放つ剣。明確な【死】が、擬人化して鎌を取っている風にも見える。
「これで終わりだけど……何か言いたいことある?」
「……ハハッ。言いたいことなど山のようにあるが、それはまた次の機会とさせてもらおう」
「……そうだね」
ジゼルは剣の切っ先を頬から首筋へと移動させ、断頭台に立つ処刑人の如く、威風堂々とした立ち振る舞いで、硝煙の混ざった黒い砂埃の中から姿を現した。
「ではまた会おう、燻んだ白髪の少女よ。次は負けんぞ」
「……だから銀髪だってば」
一閃。今のアヤメの命を刈り取るには、その簡素な動作だけで事足りた。




