運気0と忍ぶ者
「ああああああ!」
ジゼルは平原を駆け回る。前から来るカマキリを斬り殺し、ポリゴンに変えて消滅させる。
モンスターの消滅というのは、死と同義だ。
プレイヤーによって殺されたモンスターは、ポリゴン化したリソースは、ルーターを経由してモンスターのバンクへと行き着き、違うステータスを持ったモンスターとして生まれ変わる。
それはいわゆる『転生』のようなものであり、前に蓄積されていたデータは全て消去されているので、前の姿のモンスターはいないも同然なのだ。
それをまるで脊髄反射のようにポンポンとモンスタースポットをルーター代わりにしてやってくる。そして死んだら戻れない、つまりポイントを稼げないペナルティを与えられるということは……
なるほど。たしかにこのイベントの難易度は高いのだろう。しかしその現実を直視するほど、ジゼルは弱くはなかった。
「――シッ!」
残したMPをフルに活用して、地を、そして宙を駆ける。剣を取り、マンティスナイツに向かって走る。
第六感を働かせてカマキリ達の攻撃に、華奢な躰一つで立ち向かう。そして――背後から飛来物が飛んできているのがわかった。
「――ッ!」
キンッ!
剣の腹で投擲具を弾き飛ばす。飛ばされてきた投擲具は、カランと音を立てて地に落ちた。
「……だれ?」
周りには誰もいない。いるのはジゼルを囲んでいるマンティスナイツだけだ。背後から鎌を振りかぶったカマキリを、視線も向けずに受け止め、【ファイアボール】で焼き尽くす。
「……私の投擲を防いだばかりか、背後の襲撃も物ともしないとは……。いやはや、かなりの強者ですね」
「…………だれ?」
「失礼した」
影の中から現れたのは、黒を基調とした忍び装束を身に纏った少女だった。片手には4本のクナイを持ち、腰には刀を提げている。懐にさらに何本か投擲具を潜ませていそうだ。
「私はアヤメ。隠密業を営んでいる暗殺者。古風な言い方をすれば、忍者というやつです。にんにん」
「……にんにんって……」
アヤメは両手で印を結んで、茶目っ気を見せる。
「それで、何の用? 投擲してきたから、おおよその察しはついてるけど……」
「無論、貴女のポイント稼ぎを止めに来たのですよ……ござるよ」
「言い直さなくてもいいから」
気の抜ける忍者だ。肩を落として溜息を吐こうとすると、首筋にひんやりとした鉄の感覚が伝わる。刀の刃が、ジゼルの首に当てられていた。
「すみませんが、私と一戦交えてはもらえませんか?」
「……なんで?」
「このままでは私の入賞が厳しくなるのですよ」
イベント内でのPK。ありえない話ではない。むしろPKをして上位入賞者を落とすという手もある。自分よりも上位の入賞者を倒せば、必然的にそのプレイヤーはポイントを稼げなくなり、入賞は出来なくなる。
キルされるより前に、より多くのポイントを稼いでいれば別だが、ジゼルのポイントと現在の10位のポイントを比較してみると200ちょっとくらい。残り時間は8分弱。難しい話では無い。しかし――
「私と戦うよりも、カマキリ達を狩った方が早いんじゃない?」
「生憎と私はモンスターと戦うよりも、プレイヤーと戦う方が向いていまして」
「ふーん……」
ならアヤメの判断は間違ってはいないのかもしれない。上位入賞者を狩って、モンスターを狩り、自分の順位を上げる。ある程度までは妥当な判断だ。しかし彼女の判断は、間違っているものである。何故なら――
「いいよ」
何故なら、PvP最強のプレイヤーに、厳しい勝負を挑んでしまったのだから。
 




