運気0とマンティスナイツ
カマキリ型モンスター『マンティスナイト』。あるいは『マンティスナイツ』。
個々のモンスターの能力値は然程ではないが、集団となって襲ってくる厄介なモンスター。
運営では騎士団をイメージして作られたとされているが、その気色の悪い見た目と行動で、プレイヤー達の間では『緑の鎌を持ったG』『1匹いれば20はいるG』『経験値特化型モンスター』と称されている。
今回のイベントでは、モンスタースポットが暴走して大量発生されたマンティスナイトの討伐を国から任された、とい何処かで聞いたことのある設定で開催されている。
となると『運営』=『国』と考えるべきが妥当か。小遣い稼ぎイベントにしては出来ている設定だと思う。
「……まあ、だからこそ、モンスターの設定に注意しなければいけないんだけれども」
周りのプレイヤー達から漏れるのは阿鼻叫喚の嵐。絶叫、怒号、断末魔の数々。飛び散るポリゴンに、消滅するプレイヤー達。無慈悲に振るわれる鎌。迫る緑色の巨体。
つまるところ、プレイヤー達はカマキリによって蹂躙されていた。
始まりはなんだったか……ああ、そうそう。一人のプレイヤーが、マンティスナイツによって倒された場面だ。
最初のうちはプレイヤー達が押していた。というよりも蹂躙している戦況にあったのだ。
ある者は剣を振るい、斧を振るい、弓を引き絞り、魔法を駆使して対抗していた。
その中で一人のプレイヤーのHPが削り切られ消滅した。それからマンティスナイツの攻撃力、防御力が格段に上がった。
カマキリが持つ固有スキル『前のめり』。プレイヤーを倒すことで、対人の攻撃力、防御力が一段階上のステータスになる厄介なスキル。
それがマンティスナイト一匹だけならば対処は出来ただろう。しかし上がったのはマンティスナイツだったのだ。
そして悪夢は再来した。
一人のプレイヤーに集るように攻撃を仕掛けてくるマンティスナイツに、次々とプレイヤー達は倒され、苦戦を強いられるようになった。
街にリスポーンした援軍が到着すれば、戦況は一気に変わることだろう。しかし転移は出来ないらしく歩いて来なければならないため、制限時間には間に合わない。
それら諸々を計算に組み込んで結論を言うと、『メチャクチャ大ピンチ』。このままではイベントクリアは難しかった。
「ジゼル! こっちお願い!」
「わ、わかった!」
「銀髪の嬢ちゃん! こっちの援護も頼めねえか!?」
「こっちも!」
「俺らの方も!」
「待って待って!」
体力ゲージの低い魔法職のプレイヤー達が早々に鎌の錆となり、魔法職がほとんどいなくなってしまい、持ち前の先見の目と反応速度で何とか耐え凌いでいるジゼルに、周りの前衛職のプレイヤー達は頼りきりだった。
文句を言いたい。弱音を吐きたい。しかしそれを許される状況ではなかった。カマキリに挑み、散って行ったプレイヤー達の頑張りが無駄になってしまう。
――しかしこれだけは言わせて欲しかった。
「もうMP足りないってばー!」
重なる強化魔法の連続行使に、【ファイアボール】や【サンダーアーツ】と言った攻撃魔法での自己防衛。ポーションの消費も半端ではなく、MPが尽きるのも時間の問題だ。というか、もう尽きた。
いざとなったら剣を使え、とカナデに言われているジゼルは半泣きになる。
そこに一人の魔法使いが近づいてきた。変な球体をふわふわと浮かせ、烏色のローブを羽織り、漆黒のとんがり帽子を被った魔女のような女性プレイヤーだ。
「大丈夫? MP足りるかしら?」
「もう無くなりました!」
「あらあら。早いわね……」
彼女は苦笑してステータスを開くと、薄紫の液体入りの瓶をオブジェクト化させて投げ渡してきた。
「これを使いなさいな」
「……いいんですか!?」
「ええ。ZDO内で魔法職は少ないし、女性プレイヤーも少ないし、私達みたいな魔女はそれなりにレアなのよ? だから助け合い、しないとね」
「ありがとうございます!」
火属性の魔法を浮かぶ球体から連続行使しながら、茶目っ気たっぷりに余裕を持って話す彼女に、遠慮をする暇もなく感謝を述べて、薄紫の液体を飲み込む。苺ジュースのような甘酸っぱい味が口いっぱいに広がって、右上の紫色のゲージがある程度回復する。
「【ファイアボール】!」
それから続くのは魔法の連続射出。もうMPのことなんか構ってられない。ジゼルであっても流石に限界なのだ。MPゲージが少ないジゼルは、高火力魔法を次々と放つ。そしてMPが尽きるのはすぐだった。
――いやホント、なんで私は魔法使いになったんだっけ? と自分の職に疑問を持ちながら、杖をアイテムボックスにしまう。
出来る限りHPを減らさず、遠距離からポイントを稼いで行った。そしてMPは尽きた。つまり魔法使いとしてのジゼルの役目は、もう終わった。
「……ポーション、いる?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
心配そうに聞いてくる魔女に断りを入れて、ジゼルは前へと歩み出す。『ゴブリンの短剣』をオブジェクト化して、両手で携える。
――ここからは、剣闘士のジゼルの出番だ。
「【パワード】【パワード】【スピーダー】」
自身に対象にして強化魔法を続けて重ねがけする。そして、駆け出す。
「――えっ」
「――なっ!?」
横を通り過ぎる魔法使いの少女に、マンティスナイトと交戦していた前衛のプレイヤー達は絶句する。後衛職が前に出てきたら驚くだろう。
「――フッ!」
ジゼルの目は、赤く染まっていた。少女は前へと進み、剣士と少女の元へと進む。
「カナデ!」
「ジゼル!?」
「片手剣の余りってある?」
魔法使いが剣の催促をした。しかしカナデは冷静にボックスを弄り、体に見合わない大剣をジゼルに渡す。
「これで良い?」
「ありがとう」
「頼んだ」
「任せて」
会話と言うには簡素すぎる。しかし彼女達にはそれで充分だった。前衛職が次々と倒れていくなか、マンティスナイトを切り倒しながらジゼルは前へと走る。
「ハァァアアア!」
斬る。避ける。斬る。避ける。斬る。避ける。
攻撃と回避を繰り返しながら、ジゼルは前へと突き進む。やれることはやり尽くす。
「……あれは」
それを影から見ている者がいるとも知らず。
 




