運気0は元最強
桜舞い散る、とある春の日。
高校生活2年間を終え、最後の3年目に入った自然月花は学校へ向けて歩いていた。
あの事件の後、正式にアスラ社へスカウトされた月花は、それを「まず大卒してから」という条件の下受けた。
お陰で高卒後の進路があっさりと決まり、次へのステップのために日々邁進中だ。
「月花ってどこの大学目指してるんだっけ?」
「んー? 東春大学のメディア学部だよ。アスラ社の人に勧められたんだぁ」
「へー。いいなぁ、進路決まってて。アタシも月花と一緒のところにしようかな」
なんて気怠げに言う花奏。
そんな適当でいいのか、とも思うが、高校生活三年目にもなって進路が決まっていない余裕のなさでは、視野が狭くなるのも仕方ないのか。
「花奏は頭いいんだしGMARCH狙ってみたら?」
「それアンタが言う? バイト先の社員に勧められたからそこ行くっても、アタシがアンタにテストで勝ったことないの忘れないでよね」
…………いや、まぁ。テストの点数で負けたことはないけれども。
それでも花奏は、テスト前のちょっとした勉強だけで平均点以上をキープできる秀才である。
「こんな贅沢な五十歩百歩聞いたことないよ」
「なんの話よ。もう……」
ぷくっ、と頰を膨らませた花奏。
その顔が可笑しくて、つい月花は笑ってしまう。
「あははっ。花奏は可愛いなぁ」
「全然嬉しくないけど、どうもありがとう」
顔を引き攣らせながら言う花奏。
その表情も可笑しくて、吹き出す息が更に多くなる。
笑われて良い思いはしなかったのか、花奏は次の話題を探し、思い出したように聞いてくる。
「そういえばアンタ、もうゲームには戻らないの?」
「……。んー、まぁ、ね」
月花はあの事件以来、ゾディアック・オンラインにログインしていない。
理由は色々あるが、一番大きな理由はゲームに割く時間が極端に少なくなってしまったことだろう。
今の月花は高校三年生。
次のステップへ昇るために、やる気を勉学に回さなければならない時期だ。
勉学の休みは適度に。しかしやる気が湧いてこないのなら、その遊戯に意味はない。
最強の名を持つゲームプレイヤー・ジゼルは、ゲームをする意味をなくしてしまったのだ。
「もう多分、ログインすることはないかな」
「そっかぁ。寂しくなるなぁ」
「花奏も花奏だよ? 今はゲームばかりじゃなくて……」
「あー、あー! 聞こえない、聞こえなーい!」
魔法はゲームの中で使い終えた。
少女の描いた空想は、夢の中で描き終えたのだ。
今度は現実を見なければならない。未来という名の空想を、現実にしなければならない。
「?」
耳を塞いで臨戦体制に入る花奏の相手をしていると、ポケットに入れていたスマートフォンが鳴った。
電話の着信音ではない。メールだ。
「お母さんかな?」
そう思い開いてみると、そこに書いてあった文章は母親でもなく、ましてや父親でもなく。
「……!」
予想の斜め上を行く文章だった。
「……行かなきゃ」
「えっ、月花? 学校は!?」
「適当に誤魔化しておいて!」
行かなきゃ。一刻も早く。行かなければ。
もしかしたら行かなくてもいいのかもしれない。関わらなくてもいいのかもしれない。
けれど、どうしてもと身体が疼いてしまっているのだ。
「……ったく。ジゼルはいっつも忙しないんだから」
花奏は見送る。
月花の走る先は、彼女の旅の終着点。
彼女が辿り着くべき真実だろう。それを今更止めるつもりはない。
「いってらっしゃい、元最強」
一緒に行こうとも思ったがやめた。
花奏にも別の試練が残っている。この後先生になんて言い訳しようか……
次で最終回です。




