キカイのカンジョウ
櫎屋真斗。
ジゼルにとっては初耳の名前だ。素直に首を傾げて疑問を面に表した。
「だれ?」
「ジゼルさんは大丈夫ですよ。この名に関係するのは私と彼だけですから」
「…………櫎屋真斗……だと?」
「ええ。貴方にとっては馴染み深い名前でしょう。消去されるはずだった貴方を延命した、今回の戦犯とも言うべき御方ですからね」
話が読めない。が、ヴォーディガーンとエーオースの間では、何やら通じ合っているものがあるようだ。
「ジゼル。此方へ来い」
「……アドラ」
それまでずっと黙り込み、ジゼルクローンとヴォーディガーンに警戒を敷いていたアドラがジゼルを呼びつける。
ひょこひょこと歩いて近づくと、その大きな赤い羽を広げ、包むようにジゼルを中へと隠した。
「治療してやる。準備を万端整えよ」
「あ……ありがと」
中は暖かい。
癒されるジゼルを置いて、尚も会話は続く。
「あの男。まさか生きているのか?」
怒りか驚愕か。ヴォーディガーンの声が震えている。
「ええ。こうして私をZDOへと送り込むくらいにはピンピンしています」
「……ヤツはどこにいる」
「表面ばかり見ている貴方では、見つけることは叶いませんよ」
「無駄口を叩くな! ヤツはどこにいる!?」
怒りだった。火を見るよりも明らかに、黒騎士から発される口調には怒気を感じることが出来た。
「そんなに知りたいなら、私から情報を吐かせてみては如何です? そも騎士なんて中世のマフィアでしょう?」
「抜かせ。キサマの所得データにハッキングを掛けても良いのだぞ」
「出来てもやらないのは、ジゼルさんの為ですか?」
「…………」
怒りの声が嘘だったかのように口を閉じた。
しかし煉獄のように燃える憤怒は消えてはいない。そんなに憎い相手だというのか。
(わたしのため……?)
疑問に思うジゼルを他所に、騎士と女神の口論は再燃し始める。
「我は貴様の……そして其奴の敵だ。何も躊躇う必要などない」
「本当に上辺だけなんですね、ヴォーディガーン。自分のことも、姿を見せない誰かのことも。見れるところしか見ることが出来ない。だから貴方は失敗作なんですよ」
「黙れッッ!!」
感情的な感情を露わにしたヴォーディガーンの叫びに、ジゼルの肩が上下に揺れる。
ゆらりと幽鬼の如く揺れる黒騎士の目は、兜の奥からぎろりと赤く光る視線となってジゼルを貫いた。
「もう良い。あの男のことも貴様のことも、そしてジゼル、キサマのことも――」
ゆらりと上がる手を見据え、その先で竜の内に隠れる標的を明確にした。
「我が引き継いでやる。疾く滅せよ」
キュイン。狙いはアドラの翼に隠れるジゼル。
レーザー光線を収束させるが如く、ヴォーディガーンの掌に紫色の光が現れた。
「阿呆が。させると思うか」
「貴様の羽ごと貫くぞ、赤竜」
「ほう、我の翼もか? ――ならば、まずは文明の利器に弾かれぬように気をつけろよ?」
「…………何?」
ヒュン、と風を切る音が鼓膜を叩く。
「――――間に合ってよかった」
一矢が黒騎士の腕を貫き、間一髪光線を止めた。
その矢はどこから飛来したのか、など矢の軌道ですぐにわかる。
射出元は迷宮の入口方面だ。
外の光が弓使いのシルエットを形作っており、ジゼルにとっては見慣れた形だ。
「……え。なんで……!?」
「ジゼル!」
聞き慣れた快活な声だ。しかしジゼルにとっては現在一番聞きたくなかった声でもある。
その声の主は大手を振って中の幼馴染へと、自分の存在をこれでもかとアピールしていた。
金髪。翠眼。
日本人の現実からは遠く離れた容姿を持つ少女の名はカナデ。
ジゼルの幼馴染。そして親友。ジゼルの、自然月花の人生で欠かせない存在となった少女である。
「……カナデ……」
「アタシだけじゃないよ!」
カナデがそう言うと、カナデを中心にするように大きな穴が開く。
「オイなんでテメェが最初に着いてんだジゼル! オレも混ぜろやコラァ!」
「ふむ。あれがヴォーディガーンですか。剣で接近戦、今の光線で遠距離戦も可能そうですね」
「ふふっ。『ギガントレオ』が揃ってるなら、何が起きても大丈夫ですよ。ですよね、主殿?」
「ユゥリン……アヤメ……ジェネシス……」
カナデの隣に並ぶのは、『ギガントレオ』のメンバー……だけじゃない。
『ギガントレオ』のメンバーに続けと続々穴の中から出てくる人間達……
何十、何百と次々姿を現したプレイヤーの大軍だった。
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