黒騎士の答え、過去の読み解き
溢れる涙は幾年も堰き止められていた反動からか、もう止まることを知らない。
感情が表に出やすい電子の世界ならではなのか、すっかり泣きじゃくる子供となったジゼルを、アドラとエーオースは見守っていた。
それはきっと仲間としての気持ちからだけではなく、泣くことで得られる子供の経験を見守る大人のように。
一人と一頭の大人達は、安堵と後悔と懺悔とその他諸々を孕んだ涙を流す子供が泣き止むのを待っていた。
しかし事態は一刻を争う状況だ。いつまでも泣き止むのを待っているわけにもいかない。
涙を流すジゼルを守るように背に隠し、泣き止むのを待っていたらしいヴォーディガーンに向き直った。
「さて、迷惑をかけたなヴォーディガーン」
「良い。その涙も良き経験となり、我が偉業の価値を高める火種となろう。それよりもキサマだ、エーオース」
「……はい。私がなんでしょう?」
「惚けるな。我が感知できぬと思っているのか。我の同種――外部からのコンタクトを取ったであろう」
詰め寄るような高圧的な言葉。
まるで非難するかのような、外部からの敵として有り得ない言葉だった。
しかしアドラは一切の驚愕を見せていない。それはアスラ社の人間が黙認していることを周知させるのを決定付けさせるには十分だ。
「…………」
だがエーオースは何も言わない。
いや、言うことができないと見るべきなのだろうか。言語化しないと言うのであれば、この話はアスラ社内部だけで肩がつく話ではなくなってくる。
思考時間は数字にして1秒。
人間では決して辿り着くことが出来ない領域の演算能力を発揮したヴォーディガーンは、次の質問へと移行した。
「ならばそれは、恐らく我に対抗する力である。違うか?」
ジャンルは変わらない。
だがエーオースの肩を震わせるには丁度いい程度の質問だったようだ。
「……ふむ。何故、そうだと?」
「第二回の公式イベントで現れたチーターだ」
即答。
答える回答を決めていたかのように、ヴォーディガーンはスラスラと思考を言語化していく。
「ジゼルが決勝戦で対決したハッカーだが、あれは幾つもの改造コマンドを入力していた。外部からのハッキングを受けたと考えるのが通常だが、しかし我の仕業ではない」
ヴォーディガーンの仕業ではない。
ジゼルはヴォーディガーンのことを聞いたその時から、あの件はヴォーディガーンが誘導したのだと疑っていたが、そうではなかったらしい。
「人間がアスラの電子防御を突破するのは不可能だ。ならば考えられるのは我と近いレベルの外部勢力か、あるいは運営が何らかの勢力を引き入れる為に一時的に防御が緩んだ時を突かれたかの2択だ」
2択のどちらであっても、ジゼルにとっては危険な答えだった。
前者の場合は最悪エーオースが第三陣営の敵に周り、後者の場合は敵が現実の自然月花の身体を守る組織にいる可能性があるということだ。
「自慢ではないが、我は21世紀に誕生したAIで最高傑作だと自覚している。ならば、我に対抗するAIが他にあるのは皆無に等しい。故に我は後者を推す」
ならば意図的に?
誰が、何故、どうやって。ここまで聞かされて浮かんでくる人物も動機もわからないが、一つだけわかるのは防御システムに関与出来るほどシステムに近い人物の仕業と言うことか。
「引き入れられた時期から察するに、恐らく警戒したのであろうな。我が傀儡化したAI、『ピカトリクス』のマジュリティーを」
戦った。そして勝った。
リィアンと共に戦った『ピカトリクス』のマジュリティー。後からリィアンに外部のNPCだと聞かされた時には驚かされた。
あれはヴォーディガーンがハッキングしたものだったのか。話のピースが繋がってきた。
「さて、ここまで解いたわけだが。最後に一つわからないことがある。――キサマの真名はなんだ?」
ほぼ全ての答えを言ってのけたヴォーディガーン。
それでも完全な回答には行き着いていないのだろう。
相手がどのような者なのか。場合によっては味方になるのではないか。
「ここまで当てられたなら観念しましょう……。ええ。私はエーオースではありません。いえ、身体はエーオースですので、そこは間違ってはいませんが」
飄々とヴォーディガーンの問いに首肯したエーオース。
いや、エーオースであってエーオースではない何かは、鳴りを潜めていたジゼルの緊張をほぐす為に笑いかける。
「ジゼルさんに一つだけ。少なくとも貴女の敵ではないので、ご安心ください」
それを聞いて、安堵する。
嘘をついてないなんて確証はないが、それでも底知れない信頼がジゼルの心を満たし始める。
ヴォーディガーンに向き直ったエーオースは、肺から込み上げる息を高らかな声に変えた。
「貴方の創造主にして恩人である櫎屋真斗が作成した、貴方を倒す為だけの力を集約した憑依型AIです」
ブチッ。
ケーブルテレビが切れた時のような、あるいは怒りによって神経が切れた時のような音がした。
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