運気0の援軍到着
「え……アドラ……?」
「やはり無事だったな、ジゼル!」
「うそ……なんで……」
「ZDO内部で我に推測出来ないことはない。キサマの仲間のHPが潰えると同時に――」
「――赤竜ア・ドライグ・ゴッホよ」
アドラの言葉を遮る低音。
ジゼルとアドラを囲むジゼルクローン達の間から、黒い甲冑に身を纏った騎士がその存在を示した。
「久しいな、ヴォーディガーン」
「ウェールズ以来か。グウィバーは息災か?」
「キサマ……事の顛末は知っているであろうが」
「ああ。嫌味だ」
ド直球嫌味たっぷり。
最早許す許されるの関係から超越しているような感じなのだろう。
無論、その舞台にジゼルはアドラ側で立っている。
アドラがグウィバーを奪われたように、ジゼルはリィアンの命を奪われたのだ。許すことはできない。
「――それで。赤竜の背に乗る者よ。キサマは何者だ?」
「?」
「…………」
黒騎士はアドラの背に目をやる。
アドラは何も言わず黒騎士を睨んだままだ。ジゼルは黒騎士の言っていることに疑問を覚え、アドラの背を見た。
「……もう少し黙っていたかったのですが、バレていたのなら仕方ありませんね」
アドラの上から声。
仰ぐと何処かで見たようなシルエットが、アドラの上で立っている。
その影の挙動するたびに靡くマントは、その影の存在感を示すようだ。
「『白磁の影には闇が差す。
白き天災終わりし後に神來る』」
いつか聞いた、その言葉。
まるで予言のように思えた。ジゼルの頭を悩ませたその声は、柔らかくも優しい声でジゼルの鼓膜を包む。
「お待たせしました、ジゼルさん。援軍の神様到着です」
美少女X。
もとい謎の淑女。彼女は黒騎士と対比の、白磁のように白いマントを靡かせた。
ーーー
女神エーオース。
ギリシア神話で『暁』を司る女神。
ギリシア神話でも屈指の恋多き女であり、幾人もの美男子を引っ掛けては恋をし、多くの子供を身籠った。
彼女はギリシアの神の例に漏れず多くの子供を持つ。その中で最も名高く、そして彼女の名前を広く知らしめた子供こそが、
――星乙女アストライアである。
ーーー
「女神エーオース……一介のクエストNPCが、なぜここに?」
「無論、貴方を討伐するためですよ、ヴォーディガーン。当然でしょう? 貴方は多くの禁忌を犯したのですから」
「……データ上では、エーオースは天真爛漫な設定だったはずだ。キサマのそれは、少し違うな」
「勿論です。改造を受けましたから」
バチバチ。視線が交差する度に火花が飛び散っているようだ。
ヴォーディガーンは少々敵が多すぎるようだ。同情する余地はないし、自業自得だと思うが。
「改めまして、ジゼルさん。私はエーオース。貴女が倒したアストライアの母、に設定されたNPCです」
ペコリと頭を下げるエーオース。
「何度も自己紹介する機会があったにも関わらず、ここでの紹介になってしまったことお許しください」
そんなことはどうだっていい。
わたしが聞きたいのは、あなたの名前じゃないんだ。
「……どうして来たの」
「貴女を助けに」
「死ぬかもしれないのに?」
「バックログは作成しているのでご安心を。まぁ、隠し場所はそこの黒騎士に割れていると思うので、意味はありませんが」
「じゃあ! なんで来たの!? わたしじゃ貴女を守れない……!」
リィアンも守れなかった。
これから負けるかもしれない。
感情はすでに自暴自棄の域に達している。こんなんじゃ普段通りに戦えないのは明白だ。
この少女が……いや、淑女がどれほど戦えようとも、相手はジゼルを模した大量のクローンと黒騎士だ。
勝てる勝てないの問題ではない。わたし1人ではもう守れない。リィアンの死を以て、それは証明されたのだ。
「ふむ」
顎を撫でて一考するエーオース。
彼女は数秒沈黙した後、朱い小さな口を開いた。
「どうやら自信を失ってしまわれてるご様子ですね。ジゼルさんともあろう人が」
「っ……そうだよ。わたしはもう守れない。迷いのない剣は振るえない。こんなんじゃ、ヴォーディガーンは倒せない。だから、わたしとアイツが相打ちするしかないって。その覚悟を決めて……!」
「それでいいんですか?」
責める口調。しかし顔は柔らかい。
エーオースは責めるわけではなく、ジゼルに問うているのだ。
刹那に全てを賭けるのか。これから先のことは、全てかなぐり捨ててしまうのか。と。
「それは……っ」
「貴女には仲間がいたはずです。《ギガントレオ》が、アヤメさんが、ジェネシスさんが、ユーリンさんが……なにより、カナデさんが」
「…………」
「貴女は相打ちして死ぬつもりだったんでしょうけど。残される人達の気持ちは考えられますか? こんなところで人生終わらせて。本当にそれでいいんですか?」
「…………ずるいよ」
その言葉はジゼルを苦しませるだけの物だった。
ずっと、ずっとずっと昔から、一人で抱え込んでいた。
その女の子は、誰かの迷惑にならないように、誰かの為になるようにと動き続けた。
「悲しまないって。そう、言ったのに……こんな、こんな……!」
氷のように冷たく。
そしえ機械的な感情は洗練され、いつしか人間にあるまじき制御を見せるようになった。
だからこそ、なのだろう。その少女は涙を流すことができなかった。
永久凍土のダムに堰き止められたように。彼女の眦には涙腺を堰き止める壁のような物があったのだと思う。
故に彼女の流す涙には、特別な意味がある。
「なんで、泣いちゃうのさ……っ!」
永久凍土の氷が溶けた。
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