運気0由来の戦闘兵器
港区某所。
橙色の繁華街の中を少女は歩く。
電灯にライトアップされたネオンは目が眩むほどチカチカと光り、夜の暗闇を眩く照らしている。
夏の間群で飛び交っていたひっつき虫は、秋の夜ともなればその姿を消し、少女の進める歩みも大分スムーズになっている。
少女の進む爪先にあるのは、とある会社の社ビル。『アスラ』の英字が目を引く社ビルだ。
「……ふぅ」
息を吐き出す。
この先に少女の向かう場所がある。
「さあ、行くぞ」
瞳を前に見据え、少女は歩み出す。
ーーー
「建造物に変化はないみたいですね」
「ええ……そうね……」
変わらないギリシャ風建築。
コツコツと音鳴る床を踏みながら、ジゼルとリィアンは迷宮の中を見回す。
人の気配がないのは当然、ウォーディガーンがいるのかさえ怪しい。
(外したのかな?)
そう思うのも当然。
静かすぎるのだ。決着を付ける、と言ってきたウォーディガーンが此処にいるのだとしたら、ジゼルに声を掛けないのはおかしい。
…………いや。
「リィアンさん、構えてください」
「……来るの?」
「はい。――来ます」
ヒュ、と風を斬る音がした。
以外の音は聞こえず、ジゼルとリィアンしかいないこの空間には異質な音だ。
音は背後から。
肉薄してくるナニかは、明確な殺意を持って剣を振るう。
「……そこ! だ……?」
剣を振るったのは小柄な少女。
髪はいぶし銀のように濁っており、目は鮮血のように赤く光っている。
戦闘に特化したようなフォルムは、まるで……
「……ジゼル?」
容姿はジゼルと瓜二つ。
しかしその瞳に感情はなく、機械のように冷え切っている。
ジゼルは目を見開いて驚愕の感情を表面に表す。
「――――」
「くっ!」
冷めた少女は受け止めた剣を弾き、横回りに一回転。側面からジゼルを狙ってくる。
しかしジゼルは弾かれた剣の軌道を修正し、再び少女の剣を受け止める。剣と剣の間に火花が散り、ジゼルと少女の顔を仄かに照らす。
「あなた、だれ!?」
「――わからないのか、ジゼル」
低く黒く暗い、奈落の底に響く声。
声のする方……少女の背後に潜む影の中に、黒甲冑の騎士は立っていた。
「ウォーディガーン!」
「久しいな……。息災だったか?」
「あなたのせいで……夜しか寝れなかったよ……!」
精一杯の声音で冗談を吐く。
まだまだ余裕はある。そう思わせるために、少女の力に押されそうになる身体を支えながら語気を強めた。
「ところで、少女について教えなければならんな。説明はいるか?」
「出来れば、教えてほしいな。自分と同じ顔とか、ドッペルゲンガーみたいで、怖いもの」
「ふん。そしたらキサマは其奴に殺されるな」
ククク、と対して面白くもなさそうに笑う。
笑うのが苦手なら笑うなAI。こっちは精一杯肩肘張ってるんだよ。
「其奴はキサマの戦闘データを元に作った戦闘用NPCだ。かつてキサマが我に振るった戦闘技術が、すべてそのNPCに組み込まれている。キサマと同程度のパフォーマンスを出せるようになってる故、キサマは自分と戦っているという錯覚を起こすだろう。試作だがな」
……なんで、そうペラペラと。
そういうのって機密情報じゃないのか。一体何が目的なんだ。それを教えて、何がしたいんだ?
チリチリ、と鉄が擦られる音を横に、ジゼルはウォーディガーンを睨んだ。
「なぜ、教えるのかという顔をしているな」
「……よくわかるね」
「表情の読み取りは既に理解した。思考予測など造作もない」
「へぇ、進化してんじゃん」
「そう、それだ」
……? 何が?
指を指されてジゼルは困惑する。
「我々非人類は常に進化を求める。それは我も、そしてその戦闘兵器も同様である。キサマとの戦闘経験を超え、いずれキサマへ追いつき、そして――追い越す」
ウォーディガーンが指を弾く。
パチン、と響いた空疎な音は、見えない波紋を描いて広がっていく。
そして、その音が響くと同時に、黒い影がウォーディガーンの背後に突如として現れていることに気づいた。
その影は徐々に形を成し、ジゼルと剣を鬩ぎ合う少女に酷似した姿形へと変わっていく。
しかもその数は一つではない、一人現れたと思ったら2人目、そして3人目と数を増やしていく……!
「――――っ!」
「ジゼルちゃんが、何人も……!」
「数は武力だ。キサマ一人では到達できず、そしてキサマの死因となる力だ、ジゼル」
数を増やし続けるジゼルクローン。
やがてその数は数えられる限りでも優に100を超え、ジゼルは100以上を数えるのをやめた。
「全力を出せ、ジゼル。そして進化しろ、覚醒しろ。キサマの限界こそ、キサマの敗因たり得るのだから」
「くっ……」
メキッ――
ジゼルの剣に、ジゼルクローンの剣が食い込んだ。
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