運気0の攻略開始
目を開くと、そこはいつもの世界だった――
「人がいない」
――とは言ったものの、いつもの世界であっても、いつもの世界とは程遠い静謐さを持つ世界だ。
確かにNPCが街を活気づけている。静かか騒がしいかを問われれば姦しい事この上ない。
買えない八百屋は今日も特売を叫び、人の出入りが多い鍛冶屋からは鉄を打つ音しか聞こえて来ず、永遠の先輩冒険者の周りには教えを求める新人プレイヤーの姿はない。
シンとした人工音が世界を占めている。
ZDOのプレイヤー達は現実世界へと強制送還されたらしい。これで何が起こっても万が一はないのだろう。
「……さて、どうしましょう。リィアンさん」
「そうね……」
リィアンさんが思考を開始すると共に、わたしも同時に思考を開始する。
ウォーディガーン率いる電脳軍団が仮想敵とした場合、この街にいること自体危険を冒していることに等しい。
いつ、何処で、どのNPCがウォーディガーンによって乗っ取られ、わたしたちに牙を剥くかわかった物じゃない。
いや、話がNPCの離反だけなら可愛いものだ。
最悪の場合、この世界のオブジェクト、システム等がウォーディガーン側に寝返るかもわからない。
システム類の制御は一羽さん側に任せているが、相手は人類の叡智の結晶であるアンドロイド。人によって作り出されたのだから、人の死角を突くのは造作もない可能性だって大いにある。
「集中しなきゃ……」
敵は多数。此方は二人。
出来ればもっと多くのプレイヤーを巻き込みたかったが、運営はやはりそれを許してはくれない。
舐めているとは思わないが、甘く見ているのだろう。そうでなくとも、人を危険に晒したくないのだろう。
最強の剣士として契約している、わたしの意志は顧みない結果か。
「……無差別にヒトを守るな……か」
思えば、あの時のウォーディガーンの言葉は、起こりうるこの状況を指していたのだろう。
「予想はしてたけど、かなり精神にクルわね……とりあえず、街から出て考えましょう。ここで立ち止まってても危ないでしょうし」
「ですね」
二人が出した結論は同じだった。
ーーー
白い竜の残骸が残る渓谷。
岩の上に胡座を掻いて座る騎士が一騎。
黒い騎士は何かを感じ取ったかのように天を仰いだ。
「……来たか」
そう呟いて立ち上がる。
向ける視線の先に聳え立つ壁を見上げるように、大地に降り立った敵を見て――
「……ッ!」
その背後に降臨した何かに目を剥いた。
「ほう。キサマも来たか。……否、来ていたのか!」
ニタァ、と笑みを漏らす。
聳え立つ壁は一つだけではない。何重にも重ね掛けされた絶対防壁を乗り越えた先に、何万にも及ぶ軍勢が備えているような物だ。
「いいだろう。キサマが来るなら此方も本気だ」
腰に帯びた剣の柄を握る。
僅かに引き抜くように動かすと、鞘と刃の間から黒霧のような瘴気が漏れ出た。
この瘴気は、ウォーディガーンにとって覚悟の証だ。全力全霊で相手を屠るための力を解放する。
「来るがいい、ジゼル。キサマの背面を守護るのは、最強の騎士であるぞ」
ーーー
街の外。
普段ならレベル上げに勤しむ新人プレイヤー達が、モンスターを追いかけ東へ西へと走り回っている平原。
かつて蟷螂達を追いかけて、追いかけられたのはジゼルにとって懐かしい思い出だ。
苦手なんだよなぁ、蟷螂。
なんというか、気持ち悪い。言葉に言い表せないような不快感が背筋を襲ってくる。
普段はプレイヤー達と戦っている彼らも、今は其処らで屯している。
手持ち無沙汰で暇を持て余している。可哀想ではあるが、構っている暇はない。
「――というわけで街から出ましたけど、これからどうします? 場所の指定はされてませんから、わたしはウォーディガーンの居所わかりませんよ?」
「そうね。待つのもアリだけど、時間を無駄にするのも勿体無いわね。いっちゃんの連絡を待ちたいけど、何か出来ることはして置きたいわよね」
二人して「うーん……」と頭を悩ませていると、ジゼルの脳裏に一つ思い出される。
「あ、そういえば」
「どうしたの?」
「これ言っていいのかわからないんですけど……」
身近に起きていた不思議。
そういえばこんなのもあったな、と思い出しつつジゼルはことの顛末を告げる。
何を言うか。それはもちろん、我らがギルドホームに住み着いている金髪の少女……名前は不明。
「名称不明の少女型NPC(仮)……。アイコンがプレイヤーでもNPCでもなかった……ということね?」
「はい。色々起こりすぎて忘れてたんですけど。こんなのいたなぁって思い出しました」
「……扱いが雑じゃないかしら?」
今の今まで忘れていたのだからしょうがない。
アストライア戦にウォーディガーン強襲、アスラ社との接触、そして今回の物理的サイバー戦争。
短期間に色んなことが凝縮され過ぎだ。他のことをどう処理つけろと?
「それで、その子はまだ『ギガントレオ』のギルドホームにいるの?」
「いる……と思いますけど、普段の彼女が何をしてるのかわからないので何とも……」
「うーん……ウォーディガーンと同じ外部のNPCの可能性もあるし、確かめるのも良いかも知れないわね」
「ですね」
互いに納得して首肯する。
向かう先は『ギガントレオ』のギルドホーム『勇士の館』だ。
ーーー
空は海のように真っ青だ。
かつて船に乗って海を渡ってきたあの者達はいない。平穏、安穏、融和の時代。誰しもが打ち解けあい、多少程度の争いしかない世界。
そんな夢物語を脳裏に潜ませながら、淑女は顔を綻ばせ空を見上げた。
いづれやってくる終末も、現在行われようとしている戦いも、彼女にとって瑣末な出来事でしかない。
しかし、どんな瑣末な事柄であっても、見逃せないことに変わりはない。解決の糸口はないかと頭を悩ませる。
ウォーディガーンの打倒。
それしかあるまい。彼の模造騎士を倒すことが叶わなければ、つまるところどんな方法を使ったとしても問題解決に至れないということか。
「電子界で最も強力な権能を持つ彼に勝てるのか」
勝てないことはない。
彼の持つ権能の正体は……否、正体がわかっている権能は権能などではない。技術、能力……そう、能力だ。彼の持つ能力の正体は見破っている。
対策も勝算もこの数ヶ月で確立できた。副産物で超戦力も手に入れた。
「力には力でしか対抗できない。故に、臆する必要はない。余が持つ力はウォーディガーンであっても留められない破竹の力であるから」
淑女は自信を持って告げる。
否、今の彼女は淑女と呼べるほどか弱くはない。
「ウォーディガーンが持つ力が剣であるなら、余はそれを納める鞘となる」
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