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霊長の剣士

 アスラ社のメールボックスに一通のメールが届いた。

 アーサー王物語をモチーフにしたようなその怪文(ポエム)は、当時メールを受け取った社員を困惑させたという。

 ポエムの解読に匙を投げたその社員は、何か心当たりがないかと上司に相談したがそれでも分からず、その上司に後を任せた。


 一枚のA4判紙に書かれた横並びの文字列。

 この三次元世界で、ここまで抽象的に書く必要があるのか、と思ってしまうほど厨的な言葉の数々。

 まるで魔法使いが未来を予言しているかのような怪文。ファンタジー小説ならまだしも、現実世界でこのような文をゲーム会社に送ってくる意図がわからない。


 誰もが解読をすることを諦めていたが、ある日、この怪文が一人の女性の目に留まる。


「……まさか、ウォーディガーン?」


 アスラ社所属のゲームディレクター、ゾディアック・オンラインの生みの親である佐々木一羽氏、その人だった。



ーーー



 毎日遊ぶ、と宣言してから四日後。

 佐藤花奏は私服姿で渋谷駅ハチ公像前に立っていた。

 今日の月花のプランは渋谷でウィンドウショッピングらしい。

 ここ三日間は学校近くでちょろちょろ遊んでいたばかりだったのだが、今日は電車に乗って少し遠出だ。


 私服に着替えてから現地集合でいい? と提案され、それでもいいか、と思い家で着替えてから渋谷に行った。


 時刻は既に4時10分を切っている。

 約束の時間は疾うに10分ほど過ぎている。

 まさか騙された? ……いや月花に限ってそれはないだろう。

 他に理由があるなら、おそらくそれだろうか。


(……他に理由なんてある?)


 あるとしたらZDO関連だ。

 最近はめっきりZDOにのめり込んでいた。

 月花のZDO関連の話題といったら、五日前のアスラ社訪問くらいだろうか。


 しかし……となるとやはり浮上する可能性が一つしか……


(……嘘。……まさか……!)


 佐藤花奏(あたし)をZDOから遠ざけるため。

 月花は嘘をつき続けて四日間を過ごした。

 その果てに騙され、待たされ、除け者にされた。

 腹の底から湧き上がる怒りと一抹の寂しさを覚え、


「……月花ぁぁ……!」


 花奏は歩を進めた。



ーーー



「月花ちゃん、自分が何をしたのかわかってるの!?」

「…………」


 莉愛さんの説教で耳を痛める。


 ウォーディガーンの事を打ち明けたのだ。

 もちろん莉愛さんは怒り、山郷さんは急いで対処に動き始めた。

 正直、この事件を解決に向かわせる為には人員が必要だと思っている。


 あの時、ウォーディガーンと戦った時にわたし(ジゼル)は本気を出した。本気を出して戦いに臨んだ。

 だというのにウォーディガーンの討伐は失敗したどころか、取り逃してしまった挙句、周りの人を巻き込んでしまう事態に発展してしまった。


 ここ四日間、深夜にZDOへ潜ってはウォーディガーンの足取りを追えないかと散策していたが、遂に追えず。

 ウォーディガーンが他プレイヤーを巻き込むほどの事なのだから、プレイヤー連合VSウォーディガーン軍の戦争になることは確定しているような物だろう。やっていることは戦犯だ。


 もはや挽回の余地はない。

 せめて他人を巻き込まないようにしようとしても、何処でウォーディガーンが茶々を入れてくるかわからない。

 こうするしかなかったのだ。


「莉愛。落ち着いて。いま月花さんを責めても意味がないわ」

「いっちゃん……」

「……佐々木さん」


 そんな月花を擁護したのは一羽だった。

 場の雰囲気とは打って変わって、一羽はいつもの真顔だ。まったく焦っていないように見える。

 さすが緊急事態のプロ、というべきか。こういう不測の事態には慣れているのだろう。


 しかし莉愛さんの感情は一羽さんとは対照的だ。

 喧々轟々。莉愛さんは一羽さんに詰め寄る。


「人が死ぬ可能性が出てきたのよ! 落ち着けるわけがないでしょう!」

「大丈夫。その最悪の事態は起こらないと保障するわ。現在、ネットに繋がれているゲームハードの一部機能を完全停止する作業を行っているわ。つまりZDO自体が起動出来ないってことよ」

「……本当でしょうね」

「ええ。プレイヤー達が次々とログアウトしているのを確認しているわ。万が一の事態はないと思ってもらっていいわよ」

「…………」



 ――余計な事を――



 脳裏に遮る邪な思考。

 まるで人が死んでも良いかのような悪魔が、月花の表面に出て息を吸う。


「対応が早いですね」

「予測できていたからよ。何かある、と脳裏に刻んでいなかったらこんな即興は出来ないわ」

「……何かあったんですか?」

「こんなメールを貰ったら警戒するというものよ」


 そう言って一羽さんは一枚の紙を手渡してきた。

 紙には明朝体の文字がずらりと印字されている。

 月花は書かれた怪文を読み上げる。


『決戦の日。

 霊長の剣士は非霊長の王に打ち倒される。

 霊長の剣士が打ち倒されし時、

 非霊長の王は下界への侵攻を開始する。

 進行の期間は五年に及び、

 無機は霊長絶滅を成す。

 其が怠惰な霊長の運命さだめである。


 乗り越えよ。


 決戦の日。

 霊長の剣士に最大の支援を。

 来る災厄に備えよ。

 白き怪猫、黒き暴風。

 闇の裏に光あり。

 全てを乗り越えし時、

 諸刃の剣に我が鞘を授けん』


 ……ナニコレ。

 知らない人からしたら怪文かもしれないが、事情を知ってる人からしたら犯行声明もいいところではないか。

 じゃあわたしの家に乗り込んで来てまで、わたしに接触しに来たウォーディガーンはなんだったんだ。


「……いや、別勢力?」


 鍵となるのは最後の『我が鞘を授けん』という一文。

 もし仮にウォーディガーンがこの文を送っているのだとしたら『授ける』なんて言葉を使うだろうか。

 人を恨み、人に戦いを仕掛けてきているというのに、明確に対立している組織にこんな声明を送る方がおかしい。


 ならば誰が送ってきたのか。

 ウォーディガーンと対立している勢力?

 或いはアスラ社の傘下に該当する中小企業?


 なんにせよ、アスラ社、ひいてはわたしの味方に類する陣営であることに変わりはなさそうだ。

 ならばこの文は怪文や犯行声明ではなく、警告や忠告に準ずる文章である可能性が高い。


「この霊長の剣士って、月花ちゃんの事なのかしら……だとすると非霊長の王って、間違いなくウォーディガーンでしょうね」

「電子の世界で頂点に立つ事を、伝説にも引っ掛けて非霊長の王と比喩して対立構図を作ってるのね」

「……仮に送り主がウォーディガーンだった場合、これ、ただの自画自賛でしかないんですけど」


 十中八九、それはないと思うが。

 だが、この送り主の目的は何なのだろう。

 『決戦の日』は恐らく今日として……『下界』『侵攻の期間』『霊長絶滅』『来る災厄』『白き怪猫』『黒き暴風』『諸刃の剣』……と意味が気になるワードも多数ある。

 この文章に込められた意味も予測できない。


「文章の予測ができないということは、私達の頭に異常があるか、意図してそう書かれたかの二択ってことよ。この後、決戦なのでしょう? なら莉愛と月花さんは其方を優先してください。この文章の解読は引き続き此方で行います」

「ええ。わかったわ」

「わかりました。行ってきます」


 そう言って月花は瞳を変える。

 ジゼルのように目の色を変えることは出来なくとも、瞳に込める力を強くすることはできる。

 月花のために調整されたゲームハードを被り、ゲーミングチェイスに寄りかり心を落ち着かせる。


「相手は恐らく軍勢……総大将はウォーディガーン。……大丈夫、勝てる……勝てる……勝てる、はず……」


 呟く言葉が段々と弱々しくなってくる。

 落ち着かない。それではダメだ。


「それじゃあ行くわよ。起動3秒前……2……1……」




「ゲームスタート」



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