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運気0と苦い嘘

 空は漆のような影に覆われている。

 太陽の代わりとなるLED電球が自室を明るく照らしている。

 昼間のように明るい部屋の中で、伊達の眼鏡をかけた少女は自分のキーボードをカタカタと鳴らす。

 打ち込まれた文字は、少女の友達への連絡だ。


 何度も送った連絡に既読すら付かず、何も連絡が来ないまま一日が過ぎそうだ。

 会う予定もない休日なら兎も角、学校のある平日に何の連絡も寄越さずに休むもんだから心配になる。


 モヤモヤとした気持ちを抑えながら、パソコンを閉じてベッドに入ろうとすると――


 ――ピロン


「……ッ!」


 携帯端末の画面が点いた。

 登録しているのは家族と学校の友達だけ。それも頻繁に連絡を取っているのは月花のみ。

 このアドレスにメールを送ってくるのは限られており、しかも家族は家にいるからメールを送る必要はない。


 となると、このメールの送り主は……


「るな……!」


 自然月花からのメールだった。

 待ちに待った親友るなからの連絡。


 メールの内容はかなり不自然、そして歪だった。


『今日リィアンさんに会ってくる』

『親には何も言ってなくて』

『学校には家の用事って伝えてる』

『皆んなに聞かれたら適当にはぐらかしておいて』


 そして――


『話がある』

『明日通学路で』


 全て今届いた内容だ。

 前半は今送るには遅すぎる内容で、後半は前半の内容が終わった後に送られたような内容だ。

 もしかしたら何かしらの要因が重なって、送ったメールが送られていないことに気付かなかったのかも知れないが、気になるのは後半の月花の『話』だ。


 いま通話でするのではなく、明日の通学路でするのだから、何かしら特別な理由があるのだろう。


 予測できるものとして、今日はリィアンに会いに行っていたというから、確実にその関連の話なのだろう。

 無遅刻無欠席。空から鉄骨が落ちてきても休む事がなかった月花が、初めて休んで聞きに行った話なのだから面倒事なのは確実だ。


 面倒は嫌いじゃない。むしろ好み、大好物だ。

 人の世話を焼くのは好きだ。自分も月花のように特別な存在になった気になれる。

 少しでも特別な月花に近づける。そんな気がするのだ。


 知らずのうちに、花奏の口角は柔らかく上がっていた。



ーーー



 翌日。


 ――結論として。昨夜の花奏の考察は当たっていた。

 月花が昨日会っていたのはギルド【千貌化身団ナイルラト】のリーダー・リィアンと、ZDOの運営に関わっている佐々木一羽氏だったそうだ。


 詳細は言えないそうだが、説明できるところだけ抜粋すると……


「ちょっとしたツテでアスラ社に所属することになったんだけど、そこでちょっと面倒事に巻き込まれちゃってね」


 ……とのことだ。

 平気な顔をして月花ははにかんだ。年頃の女の子らしい、花開くような愛らしい笑顔。

 しかしそんな笑顔を浮かべる月花の素顔を、花奏は長年の勘から見抜いていた。


(――何かを隠してる時の顔、か)


 月花は昔から、不幸な目にあった時は必ず笑顔を作り空元気を振る舞う癖がある。

 その時の顔は、まさに今のそれだ。何か花奏が心配になりそうな事件を隠して、不幸のデフレスパイラルで周りを巻き込まないように努める時の顔だ。


 そして、月花の浮かべる表情の中で、最も花奏が嫌いな顔でもある。


「月花、聞きたいことがあるんだけどさ」

「ん? どしたの?」

「結局、何を隠してるの?」

「……」


 月花が言葉に詰まる。


「……えへ。もし隠してるんだったら言わないよ」

「一応断っておくけど、あたしが聞いてるのは昨日のことじゃないよ」

「え?」

「――()()()。何かあったんでしょ」


 一昨日おととい。ZDOでアスラトライアと戦った日のこと。

 そして、その裏でジゼルがZDOの裏側を知ってしまった日のことだ。

 一人じゃ抱え込むことが出来ない問題が多く、しかし一人で抱え込むしかない問題を抱え込んでしまった日でもある。

 この隠し事で人が一人死ぬかもしれない。わたしが人を殺すかもしれない。


「多分、月花が隠してるのって『ギガントレオ』の最終目標に関係してること?」

「……最終目標?」

「ほら、結成した時に言ってたじゃん。このゲームの真実を知りたい、とか」


 ……言ってたような。言ってなかったような。

 どちらにせよ。それを話題にするということは花奏の中で、月花はZDOに関する事で隠し事をしている、ということが確定しているようだ。


 この会話での最終目標は『四日後のヴォーディガーン襲撃にカナデを巻き込まないこと』。

 そのためなら嘘だって吐くし隠し事だってする。花奏の身の安全を守るためなら犯罪者にだってなる。


 誰が死んでもいい。

 何が壊れたっていい。

 その代わりに花奏だけは守る。


 そのために必要な言葉は……


「そう……だったね。でもそれとは関係ないよ」


 シラを切る。

 何かを守るには、何かを傷つけなければいけない。

 花奏には悪いが、少しの間騙されてもらおう。


「本当に何もないからさ。そんなに心配しないでよ。あっ、それなら明日から毎日何処かに遊びに行こうよ!」

「は?」

「それなら花奏も心配しなくて済むでしょ? それにわたしも現実世界で花奏と遊びに行きたいし、これなら一石二鳥じゃん!」

「え……は、ちょ、えっ?」

「それとも花奏はわたしと遊びに行くのが嫌?」

「い、いや、そんなわけないじゃん……」


 花奏は困惑した。

 何かを隠しているはずの月花が、これから毎日遊びに行こうと言っている。

 つまり隠しているけど、自ら顔を突っ込むような要件ではない、という事なのだろうか。

 それとも単純に急ぎの要件ではないのだろうか。


 でもまぁ、一緒にいれるということは、イコール月花の動向が筒抜けになるということでもあるのだろう。

 娯楽目的という意味でも、観察目的という意味でも、月花の提案は、ある意味こちら有利の提案だと言えるだろう。

 この提案に乗らない手はない。


「うん、乗った! じゃあ今日は何処行く?」

「映画行こ映画! 気になってるのあるんだよねぇ〜」


 この物語の続きは、放課後に伸ばしておくとしよう。



ーーー



『お世話になってます。月花です』

『四日後に会社に伺います』

『少し電子では話せない内容なので、通話とメールには出られなくなります』



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