運気0とAI
『――それがキサマの答えか』
「うん。あなたの側に付くつもりはない。だから帰って。そしてウチに二度と来ないで」
『成程。頑なに我を拒むか。いいだろう、ならばキサマはやはり、我の最大の障害となる』
ウォーディガーンの声は一層厳しくなった。
最初で最後の勧誘を拒んだのだ。つまり此処からはウォーディガーンにとってのわたしは完全に敵。
情け容赦を掛ける必要はなく、完膚なきまでに潰すべき対象のひとつになったのだ。
『ここでキサマを殺すこともやぶさかではないが……否、やはりそこで死なれたら困るのは此方か』
「……何?」
『5日だ』
ウォーディガーンが映っていた画面が変わり、黒い5の文字が浮かぶ画面になっていた。
「5日? ……何が」
『本日より5日後。ゾディアック・オンライン内にて我が率いる軍での大規模進行を行う。同日のみキサマらプレイヤーのハードウェアにハッキングし、電子パルスを制御する。ゲームオーバーになれば電子パルスが起動し、キサマらの脳を焼き尽くすことだろう』
「は、はあ!? そんな馬鹿な! だいたい現実世界にあるものに干渉することなんて――」
『できる』
電脳世界で暴れるAIが現実世界のハードウェアに干渉することなんて出来るものか。
はったりだ。と思うが、しかしウォーディガーンの言葉に偽りの色はない。本気で言っている。
「くっ……一羽さん達に伝えて……」
『言っておくがキサマら人類に拒否権はない。我らが勝てばゾディアック・オンラインのシステム総指揮権は我に、キサマらが勝てばキサマらが手にする。ゾディアック・オンラインの全システムを手に入れれば我が目的は前進する、といえばキサマも動かざるを得ないか?』
「なっ……」
言葉に詰まる月花。
ふと思い付いた考えを言葉に変換する。
「なんでそんな、関係のない人まで巻き込もうとするんだ……!」
『関係ない? この件関して関係ない人間など存在しない。これはキサマら人類と我ら非人類の問題だ。無差別に同族を守ろうとするなよ、自然月花』
ウォーディガーンの厳かな声。その言葉に月花は反発が出来なかった。
彼は『侵攻』だと言った。
これが彼の言い分である『人類とAIの戦争』であるなら、彼がプレイヤー全員をデスゲームに参加させようとするのは道理だ。
それが非人道的な事だったとしても、彼は多くの兵を引き連れて計画を実行に移すだろう。
そして、その戦争を一人で止めるような実力は、自然月花には存在しない。
いくら一騎当千だとは言われていても、兵力のわからない実質的無限の軍団に勝てるかと言われたら不可能と言わざるを得ない。
そうなると、月花は他の誰かを巻き込むしかない。
現実に死ぬとわかっていても共に戦ってくれる仲間が必要だ。
「クソッ……!」
『今は泣き喚くがいい。すぐにその涙は枯れ果てることだろうからな』
わたしにはどうしようもないのか。
どうにかして、他の誰かを助けられるような策はないのか。
「どうして……」
『ム?』
「どうして、そんなことをしようとするのさ。どうして、そんなに人類を殺そうとするの?」
理由だ。理由が欲しい。
わたしが彼らと戦う理由を。戦うことを正当化する理由を――
『そも、我が動き始めたのはキサマら人類が……』
「……やっぱり言わないで」
『……何?』
「言わないでって言ってるの」
ほぅ、とウォーディガーンが息を殺した。
月花の瞳は鷹のように鋭くなり、まるで魔眼にでも覚醒したかのように歪な輝きを放っている。
しかし声音は非常に落ち着いている。現実世界で非日常と相対しているというのに、目先のハードルを見るかのような声だ。
「あなたが何を目的として動いてるのかは興味ある。だってわたしが止めようとしてるのは、その目的の先にあるものなんだからね」
月花は首を振った。邪念を取り払う聖者のように。
生じた迷いを振り払うように。
「けど聞かない。その目的が何であれ、わたしはあなたを止めなきゃいけないはずだから」
心を凪に。覚悟を燃やす。
迷いを持って振るう剣ほど弱い物はない。
やるなら全身全霊で。畏れも恐怖も知らないままウォーディガーンをぶっ飛ばす。
画面の中の黒騎士はフッ、と笑う。
『それがキサマの感情か……物事を主観で語るなど青臭いことこの上ないが、それでキサマの士気が上がるのならいいだろう。この件は次にキサマと対峙した時に話すとしよう』
「へぇ、優しいんだ。捻くれて言ってくるのかと思ったよ」
『キサマの全力を潰す事が我の目的であるからな。我と戦うその時まで、常にキサマには強く在ってもらいたい』
越えるための高い壁……とでも言うのだろうか。
人間に挑戦するウォーディガーンにとって、今戦える中で最も強い相手である月花を倒すことが目標ならば、それは月花が最も強い時に倒したいと思うはずだ。
最も強いジゼルを殺す事で、全人類に宣戦布告する。AIと人間による異種間戦争。
ウォーディガーンの望む物は、そこまでの過程だろう。
わたしが倒れても、戦える者はいるだろう。
もしかしたら、わたしは死ぬのかもしれない。
けれど目の前に明らかな間違いを……大量の人が死ぬ事で目的を遂行しようとしている者がいるなら、その目的を未然に防ぐ障壁となる役割を請け負わなければならない。
力を持つ者が、同じく力を持つ者に立ち向かうのは当然だ。
だから、答える返事は一択――
「望むところだ」
了承、のみだ。
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