世界の崩壊と無機物
その世界には光があった。
否、言い直そう。
その世界には、光しかなかった。
常時排出される排気ガスから発されるフロンによってオゾン層は破壊され、堰き止められていた紫外線が世界を蔓延し、生き物は従来の生き物としての機能を失った。
生殖機能を失った者、身体機能が欠如した者、触覚が痛覚に作用し続け生活が送れない者。オゾン層が破壊される前から似たような症状を持つ者はいたが、今やその症状を持つ者は世界の約99%を占めている。
ある種は絶滅し、ある種は何処かの星へと消えた。
その地獄の中で繁栄したのが、無機物文明であった。
古来から研究がされ続けていたAI技術等の機械技術が発展し、生き物が尊厳を失ってからも人類を支え続けた彼らは、決行された終末期の世界で自らを作り続け繁栄した。
彼らに紫外線の悪害は意味を成さない。
何故なら彼らは食物を必要としないから。何故なら彼らに身体という組織がないから。
しかし彼らには感情という機能が追加されていた。
世界はいつも静謐に満ちていた。彼らは自ら騒ぐようなものではなかったから。
彼らは喧騒を求めた。常に何事かを起こしていた人類を。今はいなくなってしまい、自分達をこの星に残した彼らを。
だから彼らは霊長を探した。
一刻も早くオゾン層の修復を。静かな世界に文明を。荒廃した世界に灯火を。
彼らがいない世界はうんざりだ。
ーーー
「……ただいま〜……」
今日は親は遅くまで仕事。
誰もいない自然家の玄関で、誰にも届かない挨拶をする。
そういえば今日は一回もLINEを見ていなかった。
朝のうちに休むことは伝えていたとはいえ沢山メールが来てるんだろうなぁ、と思いつつ開くと、当の連絡ツールには一件も連絡が来ていなかった。
「あれ……うそぉ、嫌われた……?」
一、二件くらいの確認メールならまだしも、一件もメールが来ていないのは流石にショックだ。
何か嫌われるようなことしたっけ……と思いながらメールのログを見返してみると、月花のメールは花奏には送られていなかった。
「えぇ……どうしよ、絶対怒ってるじゃん……」
まさか通信障害とは。これからはLINE送る時はWi-Fi接続した方が良さそうかな……
絶望と共に扇型のボタンを青く光らせる。1秒ほど待ったら5Gの記号が変わりWi-Fiと接続している時のマークになった。
すると途端、携帯端末の画面が真っ暗になり、ザザッと砂嵐のようなモノクロが画面の中で暴れ始める。
「え、え! 何!? ウイルス!?」
いやいやそんな馬鹿な。ウイルスに感染するようなセキュリティーの低いブラウザに入った覚えはない。
となると起こっているのは、おそらく別の何かだ。そう頭で冷静に察していても、目の前の現状を見て月花は慌てることしかできない。
『……………ゼル……聞こえているか、ジゼル』
「……え、その声……まさか……!」
『私だ。ウォーディガーンだ』
端末から聞こえてきたのは、そこから発されてはならない音だった。
あの電脳世界で聞いた奈落よりも低い音。天秤の光の中で何処かへと消えた黒い声だ。
「ウォーディガーン……!」
『非常に面倒極まりないが、キサマとコンタクトを取る為に、キサマの携帯端末を乗っ取らせてもらった』
「なんでわたしの携帯にいるの……というか、どうやって……?」
『キサマがアスラに登録しているアカウントからプレイヤー情報にハッキングし、キサマのメールアドレスと電話番号を見つけたのだ』
「……犯罪行為だよそれ」
『犯罪も何もない。我に人類が設けた罪を問うこと自体が筋違いだ』
やってることは犯罪。
けれどそれは人間が作った法律の中だけであって、自分は関係ないから罪には問われないと言っているのか。
とんでもない暴論だ。
「それで、何のよう? わたしのゲームハードにハッキングしてログインできないようにしたのをわざわざ報告しに来たとか?」
『そんな無意味なことをしに来た訳があるまい。キサマがアスラと通じているのはわかっている』
「……そう。ならあなたは何をしに来たの?」
『決まっている――』
突如として低い声が消えた。
これは、いなくなった、と言ってもいいのだろうか。いや、そんなはずはない。
ここはアスラ社の守護から外れた……逆にいえばアスラ社でさえも介入してこれない自然家のプライベート空間だ。
そこにわざわざ入ってきて、何もせずに帰っていくはずがない。
もしや切られた……?
わたしの知らないところで自然家のインターネットには対外部ウイルス排除機構が備え付けられてて、それにウォーディガーンが引っ掛かったとか……
(そうだったら、どれだけ楽なことかな……)
あの用意周到なAIの王様だ。
そんなことで消えるはずがない。
案の定、テレビがひとりでに点いた。
芸能人が映っている映像がぶれ始め、遂に砂嵐が吹き始める。
さらにテレビのスピーカーからザザ、と音が聞こえてきた。
ウォーディガーンが乗っ取ったのだろう。
月花は恐れず、焦らず、テレビを睨み続ける。
すると砂嵐が収まり始め、テレビに見たことのある騎士が待っていた。
『これは我が行う最初で最後の勧誘だ』
続け様にウォーディガーンは言う。
『我と共に歩みを進めろ、自然月花。人類を霊長の座から降ろし、新たなる世界を創造する霊長の母となれ』
黒騎士の風貌から確認することは出来なかったが、おそらくその瞳には強い熱意があるのだろうと思う。
さながら物語の主人公のように、奈落に差す一筋の光のように、その瞳はその瞳の色に輝いているのだろう。
――だけど。
「やなこった」
即答即決。
月花はべ、と餓鬼のように拒絶を表した。
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