チート魔女と黒騎士
「リィアン、さん。なんで、ここに?」
「貴女を守るためよ、ジゼルちゃん」
「わたしを……?」
「ええ、あの腹も格好も真っ黒な騎士サマからね」
腹も格好も真っ黒て……めちゃめちゃ悪口じゃないですか。
あの騎士の詳細は全く知らないけど、そこまで言うのは気が引けるっていうか……いや、わたしが口を出すことじゃないけど。
「貴様、如何にしてここに?」
黒騎士がリィアンさんに問う。
リィアンさんは、ふんと鼻息を荒くして、怒った風に黒騎士を睨んで答える。
「GM権限を持ってるのは、貴方だけじゃないのよ」
「なに……?」
GM権限? たしかに黒騎士はそんな事も言っていたけど、それをリィアンさんも持っているのか。
「……GM権限行使。プレイヤー名……」
「無駄よ、やめなさい。わたしは只のプレイヤーじゃないの」
「…………貴様、刺客か」
「そうよ。わたしはリィアン。スクリューデジタルのディレクター、いっちゃん……佐々木一羽に頼まれて、彼女の代理としてここに立っているわ」
「え?」
佐々木一羽って、さっきの人? リィアンさんが、あの人の刺客? どういうこと?
「どういうこと、ですか、リィアンさん?」
「……あの時は貴女に言えなかったけど、今回こそは説明出来そうね。ジゼルちゃん」
そう言ってリィアンさんは微笑む。
慈母の微笑みのような、いや、そこまでは誇張しなくても、一目で彼女は味方だと理解できる笑みだ。
しかし彼女は笑みを律し、黒騎士に向き直って睨みをきかす。
「その前に、アレを倒さなきゃいけないみたいだけど」
「……ッ! はい!」
リィアンさんの言葉に頷いて、ジゼルは剣を構える。
呼吸困難から生まれた苦しみの色は未だに抜けないが、それでもリィアンを隣にしたジゼルの顔は、先ほどより楽になっている。
けれど万全ではない。吸えば吸うだけ酸素が出ていくため、枯渇するほど酸素が足りない。十分なパフォーマンスは出来なさそうだ。
(倒れないだけ、マシかな)
ここで倒れたら、それこそリィアンさんに迷惑が掛かる。出来る限り呼吸が続くように、出来る限り長く戦い続けられるように。安定した呼吸を心がける。
口呼吸を続けるジゼルに違和感を覚えたらリィアンは、その理由を考え、相対する黒騎士の存在から思い出した。
「……プレイヤー権限を奪われていたのね、ジゼルちゃん。元に直しとくわ」
「……あ、楽になった」
ふわっ、と軽くなる鼓動。肺に酸素が戻ってきた。息苦しさがなくなった。
「ありがとうございます、リィアンさん」
「ふふふっ。いいのよ、気にしないで」
試しにぴょんぴょんと跳ねてみる。
身体が軽い。ただ呼吸が出来るだけなのに、身体能力にこれだけ違いが出てくるのか。
「さて……じゃあ!」
ジゼルの目が赤く染まる。
戦闘モードだ。炎よりも赤い瞳を光らせて、顎に手をやって考える素振りをする黒騎士を睨む。
「……ふむ」
「なに? ジゼルちゃんに権限戻したのが不満かしら?」
「否定する。我はすでに今任務はすでに終えている。プレイヤー『Giselle』に権限が戻されることで計画に支障が出ることはない。故にプレイヤー名『Giselle』、貴様にひとつ提案する」
「……提案?」
リィアンさんじゃなくて、わたしにか。
「戦闘ではなく会話を提案する。平和的解決が出来るのならば、それに越したことはない。貴様にとっても、またとない機会だろう」
「会話……」
それは、不意打ちを仕掛けてきて、尚且つ呼吸困難に陥るほどわたしを苦しめた人間の言うことだろうか。
平和的解決を望むなら、それを提案出来る立ち位置に着いたからにしてほしい。
でないと腑が煮え繰り返り、爆弾の導火線に着火しそうだ。
平和的解決? またとない機会?
地獄の底で駄弁ってろ、こんにゃろう。
「いやだ。やられたからやり返す」
「あら。振られちゃったわね、ヴォーディガーン。それで? これからどうするの?」
「ふむ、いいだろう。戦闘技術を直に奪うのも悪くない」
黒騎士が剣を構える。
一触即発の雰囲気。肌がひりつく。無数の鳥肌が立つ。恐怖と興奮が神経を逆撫でし、ジゼルは心を躍らせる。
その中で突然、ピロン、と軽い機会音がジゼルの耳に届いた。
「え?」
真っ二つに切断されたウィンドウが動いている。ザザッと砂嵐。しかしその画面の奥から、何某かが叫んでいるのがわかる。
あの画面から声をかけてきたのは、さっきまで話していた2人しかジゼルは知らない。
『――――える!? 聴こえるなら応答して!』
「あら、いっちゃん」
『庵! そこにいるの!?』
「いるわよ、安心なさい。ジゼルちゃんも無事よ。あと私はリィアン、ね」
親しい間柄なのだろうか。
リィアンは自分とジゼル生存報告をする。その言葉に安堵したらしい画面の奥の一羽は、休む間もなく次の質問に移る。
『そこに例のヤツ、いるわよね?』
「ええ。目の前にいるわ。どうする? どうやらリソースを少ししか持ってきてないみたいだけど。倒せるわよ?」
『絶対に倒さないで! ヤツからウイルスが検出されたわ。それも、トロイの木馬型のウイルス。何かの拍子で拡散されて、他プレイヤーにまで被害が及んだら洒落にならない!』
「了解。捕獲メインね」
リィアンが頷いて黒騎士を見る。
捕獲する隙は何処にもない。だが勝てなくはない。勝機はあるのだ。
その勝機に手を掛けるために、ジゼルとリィアンの協力は必須となる。
『ジゼルちゃん、さっきの質問の返事を聞かせてもらえないかしら』
「さっきの質問……?」
『もう一度問うわね。この問題の解決に、手を貸してくれませんか?』
「……」
先刻、返しそびれた質問への返答だ。
言いそびれた故か、あるいは迷いがあるのか。ジゼルは言葉に詰まり、即答が出来なかった。
けれど、決断出来ていなくとも、覚悟だけは決まっている。いつものように、目の前の敵を倒すことに躊躇せず。
「――はい。手伝わせてください」
『……感謝するわ。これは報酬の前払いよ、受け取りなさい!』
――キーン、と金切り音。
しかし不思議と、耳障りとは感じない。
――目を潰す、眩い閃光。
然れど、その光からは温もりを感じた。
紗蘭、と鈴の音のような軽い音が鳴り、ジゼルの身体を叩く風が吹き始める。
この風には覚えがある。
彼女と戦った時に、幾度も浴びた風と似ている。
身体がこの風を覚えている。
北、東、南、西、と風には大きく四種類あるが、そのどれにも属さない、力として体の中から湧いてくるような風だ。
柄に天秤。先は鋒。
正義の女神の象徴となる要素を詰め込んだデザイン。けれど彼女が持っていた物とは少し違う、黄金ではなく美麗な清白色の杖。
「『正義の天秤』……?」
正義の女神の剣が、ジゼルの眼前に現れた。
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