運気0との接触
「――ウソでしょう?」
『ウソではないわ。紛れもない事実よ』
ダンジョン内。《女神たま信司隊》や《千貌化身団》、《ギガントレオ》が踏破に向けて奔走している迷宮の、入り口近くの人気のない場所で、一人の女性がステータス欄から開かれた通信越しに話している。
「……そう。ということは……」
『ええ。あの件に関して、彼女に接触するわ』
「……」
彼女は黙り込む。
かつてあの件に彼女を巻き込んでしまった者として。
一般プレイヤーを巻き込まないために派遣された者が、彼女の強さを信じて巻き込んでしまった責任は、どうやって付ければいいのかと。
「……っ」
『この件に関しては、すでに彼女は当事者でしょう? なら話を全てを話すのが義務だとは思わない? ……あなたの思いもわかるけど』
「そうね……」
彼女は帽子の下に隠れた赤い頭を抱える。
自分の持つ数多の情報を頭の中で混濁させて、自分の知能指数で出来る限りの熟考を重ねる。
そして彼女は息を吐き出すと、通信越しに見える友人の視線と、自分の濁った視線を重ねた。
「わかったわ。なら、当事者の一人として、私も協力するわ。ただ、彼女の命の保証だけは……」
『もちろん。最大限ウチで預かります』
「……助かるわ」
さらに熟考を重ねた後、彼女――赤髪の魔女リィアンは通信を閉じた。
「アヤメ、すっごぉ……」
《ギガントレオ》によるアストライア戦が行われたフィールドの上空。
透明の霊体となって戦闘を観戦していたジゼルは、試合の素直な感想を吐露した。
いやぁ、まさかアヤメが自己犠牲突貫をするとは。段々とわたしに似てきてない? やばいな。これからはちょっと自重しよう。
ていうか、カナデのエイム力はどうなってんのさ。アストライアが動こうとする度に、次行動の推定予測場所に矢を撃ってピンポイントで当ててるし、当てられなくても行動を制限出来てるし。
いや、それを言うならユゥリンの頭は何個あるの? って話なんだが。虚数魔道書庫を使っているとはいえ、何個も魔法を両立させて行使するなんて、並大抵の並行思考技術じゃ出来ないよ。すごいな《ギガントレオ》の知恵者。
ジェネシス? いつも通りでしょ。
「しっかし……わたし、今回なんかしたかな? えーっと、ダメージと、武器破壊と……」
…………思いつかない。
あれ、もしかしてあまり働いてない。やっば。絶対ジェネシスに笑われるじゃん。
まぁ? 今回は相手が相手だったし? むしろダメージを与えて武器破壊が出来てれば上出来だし? わたしの開拓した道を進んできた人に笑われたくないし?
笑いたきゃソロでアストライアを倒してみろ!
「……負けたのに何を考えてるんだか……」
アストライアの側に寄るジェネシスを見る。
アイツもアイツでかなりの猛者……というかプロゲーマーだ。計画を練れば単身クリアも出来るのだろう。
本来ならわたしとは在るべき世界が違うのだ。こうやって同じゲームを同じギルドで出来ているだけで奇跡なのだ。
熱いしウザイしゴリラだし、まぁ基本的にはウザイけど、わたしの後ろを任せられるのは彼くらいのものだろう。
アイツがいれば、わたしもノーデスクリア出来ていたんじゃないか――という思考が脳裏をよぎる。
(負け犬じゃないんだから……)
むしろ勝ったのだ。あのアストライアに、かつてギルド全員が瞬殺されたボスに勝ったのだ。
今は喜ぶべき時だろう。こんな負け犬じみた短絡思考を加速させていい時ではない。
「……っし!」
小さなガッツポーズ。
周りに誰もいないことで羞恥心がなくなり、素の自分が木陰から顔を出す。
嬉しい。嬉しいのだ。あの正義の女神に勝てた事が。今までのどんな出来事よりも嬉しい。
「〜〜〜〜っ! ……ふぅ」
そして一安心。
一つの懸念が片付いた。これで次の攻略へと勤しめる。アストライアという強敵を倒し、次のフィールドへとシフトできる。
……次は何が出来るのだろうか。アストライアを倒してもゲームは終わらない。ゲームが続く限り次がある。
であるなら、次を楽しみにする時間も、わたしを興奮させる要素になり得る。
「――まずは街に帰りましょ。多分ジゼルもいるから――」
「……っと。帰るのかな?」
カナデの声が聞こえてくる。
どうやら街に帰ってから解散、ログアウトという流れになるらしい。
わたしもその流れに従った方がいいのかな。いいのかも。わたしの話題も出てきているし、その場にいないと心配されかねない。
「……さてと。……これ、どうやって戻るの?」
死後の霊体。戻り方わからん。
ぽちぽちとウィンドウを操作する。霊体の解除方法と思しきボタンは何処にもない。
……え、待って本当にわからない。助けて運営。
そうこうしているとカナデ達は入ってきた入り口に向かうのが見えた。
やっばい。間に合わないかもしれないぞ。
「……あれ、そういえばアストライアのクリア表記って……」
水瓶座のグゥラを倒した後。
空中には『Congratulation』という英語が浮かび上がっていた。今はそれがない。
もしかして死んだらクリアにならない? え、うっそぉ、そんなことある?
死んだらダメだったの? じゃあもしかして、アストライアとの最後の会話は本当に負けイベント?
「うわぁ……」
このゲームはボスを倒さないと次には進めない。
ということは、わたしは絶対にアストライアと再戦しなければいけないのだろうか。
次は負けない宣言してしまった手前、すぐに戦うのは気まずいけれど、戦わなければ次に進めないのだから仕方ない。
「明日やるかぁ……さすがに疲れた……」
明日やるにしても、今日やるにしても、結局はこの霊体をどうにかしなければいけない。
ウィンドウをぽちぽち、一人で悪戦苦闘する。まずヘルプで霊体の解除方法を探し、色々とボタンを押して解除出来るか試し、待つしかないのかなぁと思いながら数分待つと、さすがに恐ろしい予感がジゼルの背中を薄寒くする。
「…………バグ?」
霊体解除不可バグ? 嘘でしょ……そんなのある? せっかく気分良く……は、ないか。終わろうとしてたのに。こんなことあるのかぁ……
「不幸だなぁ」
久しぶりの不快感。慣れたと思っていたのだが、少しスパンが開くとコレだよ。
「このままログアウトするかぁ……」
そう思いウィンドウを開く。
いつも通りの操作でログアウトボタンを開き、そしてログアウトボタンすらもないことにジゼルは驚愕した。
「はあ?」
ログアウトボタンがない。
これは……どう言う事だろうか。ついに運営がデスゲームを始めたとか、そういうことだろうか。
昔のアニメであったなぁ……と考え、その考えをすぐに排除する。
今のゲームハードは全て国の検閲が入り、安全だと認証されなければ出荷されない、
デスゲームをはじめるとか、そんな危険思想を浮かべていれば、実現するよりも先に豚箱行きだ。
「……すう、はぁ……」
目を閉じて深呼吸。
一旦落ち着こう。焦ったら出来ることも出来ない。
「……ん?」
パチッとスパーク音が聞こえる。
目を開くと世界が一変していた。見渡す限り一面真っ黒な世界。時々白い電撃が漆黒の夜空を走り、ZDOのファンタジー世界には似付かない、SFのようなダークな世界が広がっている。
するとヴゥゥンと壊れたパソコンから出るような機械音が聞こえてくる。
その音は明らかにジゼルのウィンドウから出ており、ウィンドウは画面全体が文字化けしたようなモノクロで包まれる。
「はあ!?」
さすがに驚いた。
今まで沢山のゲームを渡って来たが、こんなバグに会ったことはない。
精々周りのMOBの挙動がおかしくなるくらいだ。ゲーム内世界全てがおかしくなる、なんてことはなかった。
もしかして、ついにわたしの不幸が暴れ始めた? これもしかして外部から干渉がない限りゲームから出れない……? と心配するジゼル。
あわあわするのも束の間。機械音を鳴らしていたウィンドウが動きを始める。
まず捜査していないのに勝手に動き始め、ジゼルから距離を取って宙に浮かび、そして横長に肥大化する。
ジゼルのステータスや設定を映していた画面が消えてなくなり、電波の悪いテレビのような砂嵐を放送し始める。
「ちょ……え、なに……? 何が起こってんの!?」
ザザッ……と音が聞こえた。
画面越しに何かが動いている。何か言っているような……怨霊でも出てくるのか? と身構えるが、しかしそんな気配はない。
むしろあれは、何かテレビ電話を繋ごうとしている動きのような……というより、その動きそのままのような……
『……、…………!』
「……鬼が出るか蛇が出るか、ってやつ?」
剣と杖を構える。
いつどんな敵が出てきてもいいように、魔法の準備も剣の構えも欠かさない。
気がつくと霊体は解除されており、ジゼルの足は地に着いている。HPはないが、身体があるなら十分だ。
『…………すか、……ジゼル! 聞こえるッスか!?』
「え、あ、はい!」
思わず警戒を解いた。
画面の奥から聞こえてきたのは男性の声。それもNPCのように固定されているような声ではなく、きちんとした人間味のある声音の男性
『よしっ! ジゼルとの通信が繋がったッスよ、一羽さん!』
『ご苦労様、山郷君。昇給よ』
『よっしゃあ!』
そして今度は女声が聞こえてくる。
ウィンドウ画面に映るのは、リクルートスーツの日本人女性。漆を塗ったように綺麗な黒髪を後頭部で纏め、ブルーライトカットの光がチラつく眼鏡を掛けたクールそうな女性。
彼女は眼鏡を掛け直した後、ジゼルを睨むように見る。なんだか敵視されているかのような視線だ。なんでだろう、なんか変なことしちゃったかな。
「だ、誰ですか?」
『……ああ、ごめんなさい。置いてけぼりにしてしまったわね』
恐る恐る聞いてみる。
聞いたことのない声だ。
『私は佐々木一羽。ゾディアック・オンラインの開発元、株式会社スクリューデジタル所属のゲームディレクターよ』
『あ、オレは山郷広輝ッス! ゲームプログラマーをやってるんスよ! よろしくッス、ジゼルちゃん!』
「は、はぁ……」
ジゼルの勢いが急速に弱まる。
眼鏡を掛け直した一羽は、いい歳をした大人とは思えないほど無邪気な広輝を画面から退けて、ジゼルと視線を合わせる。
『早速で悪いけれど、単刀直入に言うわ。あなたに頼みたい事があるの』
「……はい?」
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