『獅子なる巨人達』と正義の女神
ジゼルが消えた。
私よりも強いジゼルが、目の前に立つ正義の女神に倒された。敗北した。
「……主人様が、負けた?」
アヤメの顔は怒りとも恐れとも取れる歪な表情になっている。
喉奥はカラカラに枯れ、息も絶え絶えになり、綯い交ぜになった感情が沸々と沸騰していくのを感じる。
それは怒りからか。あるいは寂寥からか。
どちらにせよ、ジゼルの敗北を直で見てしまったアヤメは、アストライアに対して少なくない恐怖を覚えてしまった。
勝てるわけがない……と。
「……主人様が……」
「おい、くノ一! 何があったァ!」
背後の入り口……空間を裂く穴から続々と侵入してくるプレイヤー達。
その中にはアヤメの仲間である《ギガントレオ》の面々の姿もあった。
右手切断から復活したカナデは、再生した右手で弓を持ち、心配そうに彩女を見ている。
浮かぶ球体を侍らせるユゥリンは、指揮棒のような杖を握り、誰よりも遅く一歩退き、誰よりも後ろから追ってくる。
一番戦闘を走って来たジェネシスは、腰を抜かすアヤメの背に自分の腕を壁代わりにして支えてくれた。
「い……ぃや……いやあ……!」
「おィ、落ち着けェ!」
ジェネシスの怒鳴り声が響いた。
その声に反応するように、アヤメはビクッと肩を震わせる。
4人の姿を視認し、ジゼルを看取ったアストライアはようやく顔をあげる。
「不屈の放浪者、ジェネシス。貴公もいたのか」
「ッたり前だろォ。……テメェ……もしかしてジゼルを殺ったンかァ?」
「…………」
アストライアは答えない。
しかしこの沈黙を是と捉えたジェネシスは、修羅の形相でアストライアを睨む。
「なるほどなァ。……おい、ユゥリン」
「はい。【パラライズ】」
「……ッ!」
制圧魔法【パラライズ】。
第二回イベントでジゼルがアヤメに使った魔法。指定した相手を『麻痺』にする魔法を、ユゥリンは虚数魔導書庫の内から引き出した。
「……っ」
「睨むんじャねェよ、女神サマ。序盤も序盤のカタキウチってやつだゼ?」
ジェネシスの心に怒りはない。
むしろジゼルという強大な敵が倒されたボスに興味がある。故に獲物を前にした猛禽のように強く、鋭く、アストライアを睨んでいる。
「深呼吸しろ、くノ一。テメェは俺らの奥の手なんだ。倒れられたら困る」
「……はい。ありがとうございます」
すぅはぁ。深呼吸を一つ。
荒れた鼓動と息が少しだけ治まる。
「おいリーダー。掛け声頼まァ」
「OK。こっちも準備できた。それじゃあ……」
キリ……と弓に番えた矢を引く。
カナデの視線はアストライアに突き刺さる。その瞳には曇りはない。かつての惨敗と、親友の敵討ちをするという熱い闘志が宿っている。
矢に纏う水色の淡い光。
スキル発動の兆候だ。矢を引くが放つことはせず、周りからの視線が集まり切るのを待つ。
ユゥリン、ジェネシスは大丈夫。
アヤメも、ジゼルという絶対的存在が倒されたことで多少気が動転したのだろうが、いまではしっかりと立ち直っている。強い精神力だ。
ふっ、と静かに笑う。
さすがジゼルに影響されたプレイヤーだ。自分のことでもないのに、心から嬉しくなってしまった。
……さて、気を取り直そう。
いまは宿敵、アストライアの前。油断することは許されない。でなければ、あの時と同じように即殺されてしまう。
「珍しくジゼルの弔い合戦だ」
その声に小さく笑い、首肯して応える面々。
みんなの考えは同じなのだろう。
相手はジゼルを、そしてかつての自分達を倒した宿敵。私達が相手取るには、やっぱり、このくらい強敵じゃなくちゃね。
そりゃあ怖い。ジゼルがやられた相手なんだから。けど、もしジゼルよりも良い結果を出して倒せるなら、もしかしたらジゼルを越えられるんじゃないか。
『ジゼルを超える』。その認識が《ギガントレオ》の奮起を高めるのだ。
……ジゼル。やっぱアンタはすごいよ。
カナデは肺いっぱいに息を吸い――
「みんな、行くよ!」
応、と叫び声がフィールドに響き渡る。
《ギガントレオ》とアストライアの、最後の衝突が始まる――!
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