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番外編 中村一也 壱

 2119年。海面の上昇により、かつての領土をほぼ失った日本。県と県を行き来する手段は八割が船。


 八ヶ島。山梨県の半分を占める地。ここはその山梨県にある、県立八ヶ島高校。この話はこの俺、中村一也の物語だ。


 高校初日の朝、自転車に乗りながらふと過去を思い出す。



『中村ぁ……お前が代わりになってみるかぁ?』


 俺のいた中学には悪魔がいた。やつの名は鹿島隆二。気に入らないものは圧倒的な力で片っ端から捻じ伏せる。


 俺には親友がいた。一言で言い表すなら真面目。常に成績はトップで、周りからは妬まれていた。


「気にすんなよ(とおる)。お前は頂点なんだからよ!」


「うん、落ち込んでても仕方ないよね。ありがとう一也!」


 何度も周りから嫌味を言われる徹、そして元気付ける俺。


 本当に仲が良かった。俺も最初は徹の才能を羨ましいと思ったが、そんなことはどうでもよくなる程、徹と一緒にいると心が安らいだ。


 事件は中学の卒業式の日の前日に起きた。徹が鹿島に絡まれてしまった。


「誰が悪党だってぇ?」


 胸ぐらを掴まれながらも抵抗する徹。


「お前だよ鹿島……恥を知れっ!」


「そうかそうか。じゃ、こんな言葉は知ってるか?『正義は必ず勝つ』ってな」


「勿論っ……お前は悪だから勝てないさ」


「おいおいそんな弱々しい姿で言われても凄みが無ぇぜ?そして……逆に言えば勝ちゃ正義なんだよ」


 鹿島は徹を転ばせ、うつ伏せにした。


「うっ!ぐっ……」


「歯ぁ食いしばれ、な?」


 鈍く大きな音が響いた。透は顔面を地面に叩きつけられた。


「がぁっ!うあっ……!」


「どうした正義気取りの雑魚くん……反撃してこいよじゃねえともっぺんいくぜ!?」


「うがあっ!!」


 何度も地面に頭を叩きつけられるその姿は弱々しく見えた。涙と血を流し、俺に助けを求めていた。


「そ、それぐらいに……」


 弱々しく止める声が聞こえた。それは俺の口から洩れた僅かばかりの抵抗だった。


 鹿島はこちらに振り向き凶悪な目付きで俺に言葉を向ける。


「中村ぁ……お前が代わりになってみるかぁ?」


 そのときの鹿島の表情と言葉を前に、俺は頭が真っ白になった。そして、逃げた。


「あぁ……」


 俺が最後に覚えているのは『希望は絶たれた』という徹の喘ぎだった。


 俺は次の日の卒業式に行かなかった。逃げた俺は徹に顔向けできない。それ以前に徹が無事なのかどうかも俺は知らない。


 恐怖が薄れてきた頃、俺はやっと後悔し始めた。


「徹……ごめん」


 自分の部屋の中で発したその言葉が徹に届くことは無い。だからこその行為。


 俺は今後も直接徹に謝ることは無い、出来ない。俺は徹を見捨てたクズ野郎だから。


 その時、俺の後ろめたさと後悔と気持ちと共にある気持ちが俺の中で膨れ上がっていた。


「正義は勝つ?違う。勝ったやつが正義を語っているだけだ。強さが無ければ正義を語る資格もない。それがこの世界のルールだと言うのなら……強くなってやる。誰も手が届かないくらいに強くなって、俺にとっての悪を片っ端からぶっ潰してやる!!」


 その日から俺は自分を追い込んだ。毎日毎日、体が動かなくなり意識が飛ぶまで筋トレだけをずっと行った。


 食事の時間以外は全て筋トレ。ゲームをする事もなく、出掛けることもなく、休むこともなく。


 俺の原動力は怒り。理不尽な世界への怒り、そんな世界を何一つ変えられない自分への怒り、今までだらけてきた自分への怒り、筋トレがろくに出来ない自分への怒り、もう投げ出したいと思ってしまう自分への怒り、そんな子供っぽい自分への怒り。


 気がつけば2週間が経過していた。目が覚めた瞬間から体の痛みが伴わないのは久しぶりだった。


 おかしい。急に痛みがなくなる事なんてあり得ない。あれだけ苦しかったのに、今はこんなにスッキリしている。


 大量の汗で変色した床をタオルで拭き、脱衣所に向かうと視界に映り込む鏡。そこに映っていたものを見て俺は驚いた。


「え……俺、か?」


 まず驚いたのは自分の髪。肩につく程長くなっており、新しく生えてきたであろう部分は真っ白だった。


「どうなってんだ?」


 次に驚いたのは体。カットが細かく入ったマッチョ体型。こんなのに遭遇したら誰もが恐怖するだろう。


「短期間でこんな事になるのか?……ん?」


 最後に驚いたのは目の色だ。目に力を入れると白目の部分が赤く染まる。


「もう人間なのかどうか怪しいな」


 俺は風呂に入り、着替えると美容院に向かった。この長くて白い髪の毛をどうにかするために。


「白いのかっこいいのに染めちゃうのぉ〜?」


「はい。お願いします」


 散髪と髪染めが終わると代金を支払って店を出た。


「これで元通り……とは少し違うか」


 周りに人がいない事を確認し、目に力を入れて赤くする。


「赤く見えるのは血管に大量の血が流れ込むからだろうな。血圧測ったらとんでもない数値が出そうだ。ん?」


 目を赤くすると視力が大幅に向上するらしい。200m程離れた場所にいる二人の人間が見えた。


 絡まれている方は中学生だろうか、一本一本が細いサラサラの髪の毛に小柄な体型。弱々しく、とても危険な状況にある。


 もう片方はいかにも悪そうな顔をしている。捻くれた性格を表す表情。歪んだ目と歪んだ唇。


「カツアゲか。悪め」


 早歩きで距離を詰めながら、どうやって倒すか考える。


「ならお前死ねよ、オラァ!」


「お前がな」


 考えても特に何も思いつかなかったので背中にワンパン入れてみた。


「コッハッ……!」


 悪者は声も出せずに気絶した。


「あっ悪い。こんなになるとは思わなくてな。お前は大丈夫か?」


「は、はい。ありがとうございます?」


「何故に疑問形」


「僕も殴りますよね?」


「んな訳ないだろ」


 自分の目の前にいるこの少年は弱々しいのにどこか落ち着いている。


「よかった。助けてくれてありがとうございました。僕は青野雫です。貴方の名前を伺ってもよろしいですか?」


「ちょっと待て、男で『しずく』だと?偽名じゃないのか?」


「いいえ、正真正銘本名です。母がつけてくれました」


「ぶっ飛んだセンスの母親だな……あー、俺は中村一也だ」


「一也、ありがとうございました」


「おいコラ何いきなり呼び捨てしてんだ?」


「嫌ですか?」


「嫌とかの前に常識的にアウトだろ」


「嫌ではないんですね?」


「……もう好きにしろよ」


 助けなくてもよかったかもしれないと俺は思った。



「ここ最近だけでも色々あったな……」


 高校に到着し、駐輪場に自転車を停めると校舎に入った。下駄箱に貼り出された案内によれば俺は1年3組の24番らしい。


 1年3組の教室に入り、自分の席を探す。机は6×6の配置で、俺は一番後ろの席だった。


 席に座り、周りを見渡していると、よく知った人物が教室に入ってきた。


「眠ぃ……」


 鹿島隆二。悪魔的不良。何故こいつが偏差値の高いこっちの高校にいるのだろうか。


「っはぁ……」


 鹿島は自分の席に座った。よりよって俺の右隣。このクラスにはさ行、た行のやつが少ないだろうか。


 眼鏡をかけた教師が教室に入ってきて声をかける。


「皆さん席に着いてください。出席を取ります」


 俺の高校生活は最初からクライマックスで始まってしまった。

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