表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第二輪 発明家とワームホールと学ラン男子

 怒鳴られたわたしたちは理科室に招き入れられ、席に座らされた。方礼先生はずっと機械をいじっている。


「あの……先生?」


「ちょいと黙っといてくれ。あと少しで完成するのだからな」


 機械をいじる手を止めずに話す方礼先生の表情は真剣には見えるものの、どこか怪しさを感じさせる。


「えっと、何が……完成するんですか?」


「本当は言ってはならないのだが……降村家のお嬢様もいる事だし大丈夫だろう。こいつは所謂『ワームホール発生装置』だ」


「ワームホール!?そんなものがこんな簡単に出来るんですか?」


 わたしはとても驚いたが、隣のかなでくんは全然驚いていない様子だ。


「簡単な訳あるか。理屈を考えるところから始め、実用化する為に小型化を図った。そして周囲に気付かれないよう部品を集めた。あー、ほら、今日の午前中にお前も部品持ってきただろう」


「あれってこの機械の部品だったんだ……」


 わたしの頭にふと疑問が湧く。


「こんなすごい事してるのに先生は何でまともな研究機関に行かないんですか?」


「……お前は人間関係が劣悪でも給料がいい会社に入りたいと思うタイプか?」


「あ、いえ」


「それが答えだ。人間は機械のようにはいかない。感情があるからだ。高みを目指したものは苦痛を受け入れて進む。それに耐えられずに諦めた者たちが嫉妬し、成功者たちを嫌う。機材や資金がいくら揃おうと、人間という不確定要素多数の存在がある限り、私の努力が反映される割合は半分以下になるだろう」


「なんとなくわかります、それ」


 わたしの言葉に反応し、方礼先生は作業をやめ、机を思い切り叩いた。


「貴様に何がわかるっ!?親にも友にも恵まれず、私はずっと独りで努力してきたのだ!何が『協調性が無い』だ!何が『絶対彼女が出来ない』だ!協調性に全振りして自我同一性を失った人間など、乱造品に過ぎない!自分の意志を貫くことも出来ないやつにこそ彼女が出来る筈がない!あと私は作らないだけだ!私が貴様らに与えてきた恩恵も忘れ、感謝するどころか私を弄りたい放題弄りやがって!私の発言すらも全否定!『お前なら何しても大丈夫』だと!?私は貴様らのストレス発散道具ではない!協調性を語るのであれば私の感情を読み取ることなど造作も無い筈だ!明らかなイジメ!心も体もズタズタだ!向上心の無いクズが私を抑制していい筈がない!許されない!それを許容する周囲も同罪!確かに、次は自分が弄りやイジメのターゲットにされるかもしれないと考えれば戸惑う事や立ち止まる事などあって当然!しかしデメリットばかり考えて何もしないのは大きな間違いだ!物事にはメリットとデメリットの両方が必ず存在する!この場合のメリットは、人望を手にする事が出来る事や自身の成長!危険を冒さずして得られるものなど、人生においてさして重要なものではない!貴様らに人生で勝とうという意志が見受けられない!根っからの敗北主義!やらない理由ばかり考えてどうする!?そのような腐ったやつらが社会に出たところで、小さな石すら跨げない!躓き、転び、人生崩落!挙句自らの努力不足を他人のせいにし、自分を正当化するクズ!例え世間が許そうとも私は許さん!どれだけ後悔し泣き喚こうとも無駄!自分の愚かさを身をもって知れえええええええぇっ!!!」


 わたしは圧倒されて、何も言えなくなった。そんなわたしを差し置いて、隣のかなでくんが口を開く。


「方礼先生は学生時代にいじめられていたんだ。ちょっとトラウマスイッチが入ってしまったようだね」


「先生……軽率な発言でした。撤回します」


「ああ、私の方こそすまない。取り乱した」


「いえ。ところでその機械、あとどれくらいでできますか?」


「ああ、このネジを締めるだけだ」


 方礼先生はネジを締め終えると口角を上げて不気味に笑い始めた。


「クッフフ……クフフフフフッ!完成だ!」


 完成した機械は、凸にアンテナをつけたような形だった。


「よかったですね、先生。ではわたしたちはもう帰りますね」


 わたしが席を立ち、扉へ向かっていると後ろから声がかかった。


「何処へ行くのだ?お前もこれを見てしまったのだから、結果を見せずに帰す訳にはいかん」


「はい?」


「それにお前たち、掃除終わってないだろう」


「あっ」


 方礼先生の話のインパクトが強すぎて、すっかり忘れてしまっていた。


「まあ掃除は免除してやるから見て帰れ。では、スイッチオン!」


「ちょっ!?」


 わたしが身構える前に先生はワームホール発生装置なるものを起動させた。すると、人が1人通れるくらいの大きさの円状の枠が出現した。


「成功だ!見よ!この円の先を!別の空間座標に繋がっているぞ!」


 驚いた。本当にワームホールができるなんて。

 ワームホールの先は学校の廊下のような場所だった。


「おめでとうございます、方礼先生。このワームホールの先、学校の廊下のように見えますが……うちの学園の校舎のどこか、というわけではないようですね」


 わたしが呆気に取られていると、ワームホールの先に映る扉が開き、学ランを着た1人の男子がこちらへ走ってきた。


「なっ、うおぉっ!?」


 ワームホールから飛び出してきた男子は装置に勢いよくぶつかった。


「ぬわあああーーっ!?私の努力の結晶があああああーーっ!!」


 装置が壊れたのか、ワームホールが消えた。


「痛ぇ……どうなってんだこれ」


「先生どうすんのこれ!?この人もしかして帰れないんじゃ!?」


「私の……努力……結晶……」


 方礼先生は膝をついて項垂れている。


「おい、どこなんだよここは」


 学ランの男子はわたしに話かけてきた。


「えー、ここは私立修球学園です。わたしたちも情報が欲しいのであなたの名前と学校名を教えてください」


(面接みたいな聞き方になったけど、大丈夫かな?)


「……まあいいか。俺は中村一也、八ヶ島高校の一年生だ」


「タメだったんだね。ありがとう中村くん。八ヶ島高校ってどこにあるんだっけ?」


「山梨県だ」


「へぇーー」


(山梨!?県を一つ跨ぐ距離じゃん!どうすんの!?)


「ではうちの船を手配しよう。ちょっと失礼」


 かなでくんはスマホを取り出し、誰かに電話をかける。


(船!?かなでくん何者!?)


 わたしはこれまでの事を思い返す。


『私は幼稚園には通っていなかった』


『降村家のお嬢様もいる事だし』


(何となく聞き流してたけど、お金持ち……なんだね)


 わたしの脳内には貴族という言葉が浮かんできた。貴族の生活風景を想像して少し楽しくなった。


「実験に巻き込んでしまい、本当に申し訳ない」


「実験か。こんな距離を一瞬で移動するのは、何らかの実験だって言わねーと説明つかねーもんな。突っ込んだのは俺の方だし別にお前らが全部悪いわけじゃねーよ。ただの事故だ。これ以上の面倒事には関わりたくねーから詳しくは聞かねーでやる」


「それは助かる。だが、妙に落ち着いていないかい?普通はもっと取り乱しそうなものだけど」


 かなでくんの言う通り、普通ならもっと取り乱す。こっちの事情もあるし、話がもっと拗れる可能性だってある。


「こういう事には慣れている。長距離移動は初めてだが」


 でもこの中村くんは違うらしい。一体どれほどの修羅場をくぐり抜けてきたのだろうか。


「そうか。船着場は校門を出て2つ先の信号を右に曲がってすぐ。いつでも出港可能だ。うちの高速船なら40分もあれば山梨に到着するだろう。因みに船内の食料は勝手に食べてもらって構わない。マッサージチェアも完備だ」


「ご丁寧にどうも」


「金持ちすごっ」


 会話が終わると、中村くんは理科室を出ようとする。


「ちょっと待って」


「何だよ」


「あなたのこと、少しだけ知りたい」


 中村くんは一瞬だけ悩む素振りを見せたが、それは本当に一瞬だけだった。


「今日に予定はないが、明日からは忙しくなりそうなんだ。話していられる時間はないかもしれない。だから、ひと段落したら話してもいい」


 中村くんはポケットからスマホを取り出した。わたしは高校生になって連絡先初めての連絡先を手に入れた。


「ありがとう。誤解の無いように言っとくけど、恋愛感情がある訳じゃないからね」


「ふっ、お前の様子を見りゃわかる。横のお嬢様が嫉妬してるぞ。じゃあな」


 扉が閉まり、中村くんは視界からいなくなった。

 横を見ると少し頬を膨らませたお嬢様がいた。


「嫉妬、してたの?」


「……少し」


「連絡先交換しよっか」


 わたしの言葉を聞いたかなでくんは「ぱあっ」という擬音がピッタリ合うほど嬉しそうな顔をした。



 かなでくんと連絡先を交換したわたしは、項垂れる方礼先生をほったらかして寮の自分の部屋に戻った。


「今日はもうひと頑張りしよう」


 わたしは少し苦手な物理の勉強を始めようと、勉強道具を机の上に広げた。そのとき、消しゴムが机の下、奥の方に入り込んだ。


「あーーもう」


 四つん這いになって机の下を覗き込むと壁にスイッチがあることに気が付いた。


「わたしのやる気スイッチはここにあったのか……なんつって」


 人間、好奇心には勝てないものだ。


 冗談混じりにスイッチを押すと、突然床が抜けた。


「うそっ!?いやああああああああぁぁぁっーー!!」


 3秒ほどの時間自由落下すると、物凄く柔らかいマットの上に着地した。


「むぐっ」


 痛みはない。それどころか気持ちいいくらいだ。

 辺りを見回すと、広い畳の部屋であることがわかった。


「お〜?新参か〜?」


 わたしの目の前に立ち塞がったのは少し目付きの悪い「くノ一」だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ