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第一輪 王子さまはお嬢様!?

 ここ、私立修球学園。全寮制の進学校。

 わたし、吉良えりか。女子高生。

 今、休憩時間。ぼっち。


「はあ……」


 1限目が終わって、少しの疲労と大きな退屈を感じながら、わたしはため息を吐いた。

 わたしの中の王子さまのイメージは以下の通り。お金持ちで、頭が良くて、イケメン。

 そんな理想に近付く為に、わたしはこの進学校に入ったんだ。


「今日はファミレスで勉強会しない?」


「いいぜ!まあこの最初のテストは俺が勝つんだけどなー」


「言ったね?発表当日は楽しみに」


「んで、カイリは今日来れるのか?」


「ん、ああ、今日は予定がないからな。俺も行こう」


「よし!お前にも色々教えてやるよ」


「うわ、スゴイ上から目線……」


 進学校というだけあって、ここの生徒は全員学習意欲が高い。話したことのないクラスメイトを横目にみながらわたしは教室を出た。


「お、吉良、悪いがこれを理科室の方礼先生に届けてくれないか?」


 わたしの前に現れたのは中年男性の落合先生。なんだかよくわからない機械を、気味の悪い先生に持っていくのがわたしへの頼み事らしい。


 因みに授業以外の時の理科室は不気味だと噂されている。なんでも怪しい実験をしているとか。


「わかりました」


「サンキュー、急いでいたから助かる」


「はあ」


 現実は少女漫画のように上手くいってはくれない。いくら夢を見て努力しても、現実は何も変わらない。現実はただ、わたしの前にあるだけーー


 理科室の前の角に差し掛かった時、わたしは何かにぶつかった。


「うわっ!」


「っと。大丈夫かい?」


「えっと、はい」


「ふふ、幼稚園の砂場以来だね」


「えっ……」


 わたしとぶつかり、倒れそうになったわたしを支えたのは長身の王子さま!……ではなく、クールな女の子だった。上履きの色から同じ学年だと見て取れる。


 それより今、とんでもないことが聞こえた気がする。「幼稚園の砂場」というワード。わたしの記憶に一番刻み込まれている風景。


「なんで……」


 わたしは目の前の女の子を見て、全てを察してしまった。この整った顔立ちは、確かにあの時の王子さま。


「ん?やっと再会出来たのに、嬉しくないのかい?」


 嬉しくないはずがない。ずっと想ってたんだから。でも、わたしが知っているのは王子さま。目の前にいるのはどう見ても女の子。かっこいいことに変わりはないけど。


「女の子……だったの?」


「ん、そういえば言ってなかったね。昔は髪短かったし、間違えても無理はないか。私にも自覚はあったから。なんか勘違いさせてしまったみたいで、ごめん」


「王子さまじゃ……ないの?」


「王子様?よくわからないけど、これも何かの縁だ、宜しくね」


「あ……うん、よろしく」


 現実は本当に、どうしてこう上手くいかないんだろう。



「それでは教科書104頁の6行目から……如月さん、音読をお願いします」


「はい」


 心がモヤモヤして授業に集中できない。憧れの人と再会できたのに、胸が痛い。


(女の子同士じゃ……結婚できないじゃん……)


 もし仮に両想いになれて、付き合ったとして、その先はない。ただそれで終わってしまう。


 それだけを生きがいにしてきたわたしにとって、その先が存在しないというのは、その時点でわたしの人生が終わることを意味する。


 周りから後ろ指を指され、生きているだけで苦しい状態になってしまうだろう。そしてそれをあの人にも強いることになる。そんなのできない。


 でも、それでも、諦めることなんてできない。だってずっと想ってきたんだから。

 それでも、その先が怖い。


 止め処ない自己矛盾にわたしは苦悩した。


「ーーさん、吉良さん!早く次を読んでください!」


「はっ!す、すみません!えっと……」


 慌てて教科書をめくるわたしを見て先生がため息をついた。


「罰則です。放課後、理科室前を掃除。いいですね?」


「うぅ……はい」


 今日という日は乱暴だ。


 放課後、理科室前の廊下にやってきた。理科室の前に設置された掃除道具入れからほうきを取り出して掃き掃除を始めた。


「はぁ……」


 授業に集中できていたら罰則なんて受けなかった。こうなったのはあの人のーー


「あれ、君もか」


「えっ」


 わたしの目の前に現れたのはさっきの女の子。


「授業中に居眠りをしてしまってね、罰則を受けてしまったんだ。ここで出会えたのもまた運命なのかな?」


 運命。今だけはその言葉が憎い。


「わたしとあなたが出会った日まで、わたしはあなたを知らなかった。その後もあなたを探したけど、どこの組にもいなかった。だから現実とは違う所から来た王子さまだって、そう思ったの」


「なるほど、だから王子か。私はあの日、親の用事であの幼稚園に寄ったんだ。私は幼稚園には通っていなかったから、私が君と出会ったのは本当に奇跡なんだ」


「そう、だったの……」


 簡単なことだった。もっとわたしが冷静に考えていればこんな勘違いはしなかった。


 確かに常識的に考えれば、幼稚園や保育園に通っていない人がいるというのは想像もしないこと。


 でも王子さまなんていう架空の存在を信じるよりは、この人が言ったように一つ一つ紐解いていった方が現実的だ。


「わたし、バカみたい。勝手に勘違いして勝手に悩んで。何やってんだろほんと」


「え?」


「おとぎばなしみたいな王子さまなんて、現れる訳がないってわかってたのに、あるわけないのに、わたしはそれにすがった。縋り続けた。小さい頃はそれが許されても、今まですがり続けるのは間違いだった……」


「……」


 目の前の女の子は黙って話を聞いている。この人は真面目にわたしの話を聞いてくれている。悪い人じゃないことは、それで十分証明されている。


「王子さまと対等になれるのはお姫さまだけ。そう思って、わたしのイメージするお姫さまを目指したの。綺麗になりたいっていうのもあったけど、一番問題だったのは賢くなるってこと。色々なことを勉強していく中でわかったの。わたしはお姫さまじゃないし、理想の王子さまなんて存在しないって……」


 目頭が熱くなり、両眼から滴が頬を伝って地面に落ちる。情けない。


「いくら信じてもっ、願ってもっ……現実は変わらないっ……!わたしはまだ行動してなかった!待ってるだけ、望むだけ。現実を変えるには現実と向き合わなければならなかったのにっ……わたしは自分の殻に閉じ籠った。現実から目を背けた。逃げた。その上で『自分は悪くない、悪いのは世界の方だ』って、自分を正当化して逃げ続けた!その結果がこれ。相手の性別も確認しないまま、相手に自分の理想を押し付けた。そして勝手に失望して……わたし、バカな上にズルい。最低だ……!本当にごめんなさい!!」


 溢れる涙で視界がぼやける。自分の愚かさや恥ずかしさ、弱さや情けなさ、様々な感情が入り混じったわたしの顔は、とても酷いだろう。そして皮肉にも、わたしの人生の中で一番豊かな表情なのだろう。


 妄想してごめんなさい。


「君ばかりズルいよ。私も謝罪したい事がある」


「え……?」


「私はあの時、初めて同年代の子と会話したんだ。絶対に嫌われたくないと思った。だから私は、誰とでも気軽に話せる兄の口調を真似た。その結果君の心に付け込むことができた。極め付けは花を使ったキザなセリフ。愛という言葉を持ち出して君を勘違いさせたのは私の方なんだ。本当にすまない!」


「そんなこと……」


「それに私は君の事を全て知っているんだ!」


「……へ?」


「ずっと君の事を調べてた。当時の幼稚園の卒業アルバムから、君の顔と名前が一致する項目を見つけ、君がどの小学校に入り、その後どの中学校に入ったか。正確な情報が揃ったのは去年の8月。君がここを受験する事を知って私もここを受験した。運命的な再会を装う事で君の気持ちを弄ぼうとしたんだ!!」


 再会の衝撃の事実。わたしの涙がピタリと止まった。


「えええええぇ!!?じゃ、じゃあ『やっと再会出来たのに』っていうのは……」


「うん、君を長年に渡って調べて、ようやく再会できたって事」


「あの言葉はわたしのことじゃなくて、あなた自身の思いを口にしたってこと……」


「そういう事」


「ちょっ、それストーカー!!」


「君もさっき言ってたじゃないか。『信じ続けても現実は変わらない』って」


「言ったけど……」


「だったら答えは一つ。行動するしかない」


「うん」


 目の前の女の子は一呼吸してキメ顔で言う。


「どんな方法をとってもね」


「そこさえなきゃいいセリフだったのに」


「だから、本当に申し訳ない!」


「……ふふっ、あははははっ!もう色々どうでもよくなってきちゃった!……一つだけ言わせて貰っていい?」


「何、かな……」


「わたしのこと知ってるならどうして名前を呼ばないの?」


「うっ、それは……知ってるとおかしいかなって思って……」


「でも今は何故知ってるかはわかってるよ。だからおそらく……気恥ずかしい、とか?」


「う、うん……」


 頬を赤らめながら下を向く彼女はとても可愛かった。


「ふふ、じゃああなたの名前を教えて?あなただけが知ってるのは……ズルいよ?」


「ふ、降村……奏」


「ふーん……かなでちゃん……かなで……くん?」


「うぐっ!」


「それじゃあかなでくん、わたしは呼んだんだから、あなたもわたしの名前を呼んで?」


「えっと、かなでくんはちょっと……」


「は・や・く」


「え、えりか……ちゃん」


「はい、よくできました!これでわたしたちは友達だよ!これからもよろしく、かなでくん!!」


「ふふ……よろしく、えりかちゃん」


『信じ続けても現実は変わらない』なら『現実を変えるためには動くしかない』のだ。


 次の瞬間理科室の扉が物凄い勢いで開いた。


「貴様らぁ!!うるさくて実験に集中出来んだろうがぁ!!」


「ひっ!?」


 理科室の方礼先生のお出ましだ。

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