子どものころの話「王子さま」
小さいころ、わたしは王子さまに会ったことがある。ようちえんの砂場で、男の子たちにいじわるされていたとき、王子さまがはあらわれた。
「やめなよ」
「なんだと~?やるきか~!?」
「やる気?君達では相手にならない。早く、いなくなれ」
王子さまの口から出てきたわかりやすいことば。そのことばで空気がふるえるのがわかった。
ことばを口にした王子さまのかおは、子どものするかおじゃなかった。そのかおは、かぞく全員が目の前で殺されたんじゃないかと思うほど怖かった。
「ひっ……」
男の子たちのかおも、子どものするかおじゃなかった。世界一のかくとうかが「こいつには絶対に勝てない」と思ってしまうくらいのかいぶつと出会ったかのような、全てにぜつぼうしたような、そんなかおをしていた。
男の子たちはしょくを失ったサラリーマンのような、生気のない歩き方でしずかにいなくなった。
「もう大丈夫。心配しないで」
わたしはこわかった。ふるえて声も出せなかった。
「怖がらせてしまって申し訳ない。そうだ、これを」
王子さまはわたしにピンク色の花をさしだした。
「この花の名はプリムラ。花言葉は『永続する愛情』だ。君が将来素敵な人と結ばれますように」
王子さまのそのことばは温かかった。わたしの心からきょうふが消え、むねがあつくなった。
「おや、怪我をしているね。こんなものしかないけれど」
王子さまはわたしのひざにばんそうこうをはってくれた。
「あ、ありがとっ!」
「問題ない。君が無事でよかったよ。それでは」
王子さまはそう言うとどこかへ行ってしまった。
「あの子、うちの幼稚園にいましたっけ?」
「いいや、見たことありませんが」
先生たちがそう言っていたのをわたしはきいていた。
ーーわたしは、本当の王子さまに出会ったんだ。