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魔法に支配された世界で~The name of magic~  作者: かんのやはこ
第一章カフェ・レコロ
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決意

(涼斗君は何の為に私に関わっているんだろう……もう騙されるのは嫌だし、今日はカフェには行かないでおこうかな……)


 そんな疑問に悩まされる日菜乃は、ふと古い記憶を思い出した。

 心の奥底で眠っていた、ほこり被った記憶だ。

 それがどんなものなのか、具体的にはわからなかったが、本能的に何かをしなければならない衝動に、不思議と駆られた。


『これは俺と日菜乃にしかできないことなんだ』


 この言葉が、日菜乃の心で大きな気掛かりとなって、ずっと頭の中を低回していた。


(私にしかできないこと? いじめの取材とか?)


 そう頭で考えたが、それは違うだろうと、すぐに否定した。

 涼斗の熱心な表情を見ていると、自然とそれは違うだろうと思われた。


 やはり可能性は限られている。

 研究所でのあの日々。毎日人の死体を見て、昨日友達になった人の悲鳴を聞いたり、おかしくなった姿を見たりするあの現実。

 そして助け出してくれた男と、自分と共に生き延びた黒いショートヘアの碧眼の少年を。


(もしかして……)


 あることに気が付いた日菜乃は、心で覚悟を決めた。



 放課後、涼斗はいつも通りにレコロへと赴いた。

 レコロには日菜乃の姿はなく、珍しく前田も不在らしく、店長の杉本だけが退屈そうに窓を眺めていた。


「店長、前田さんは?」

「おお! 涼斗か。あいつは今買い出し中だ」

「コーヒー豆は一昨日買ったはずですよね?」

「コーヒー豆じゃねえよ。レコロの晩飯だ」


 そう言いながら杉本は、涼斗の足元に来たレコロへと視線を向けた。

 涼斗は、グレーとホワイトの毛むくじゃらなレコロを、ゆっくりと抱き上げ撫でまわした。レコロはおとなしくされるがままになっており、にゃーごと低い声で鳴いていた。


「そういえばお前こそ、嬢ちゃんを連れてこなかったのか?」

「実は学校で話しをしたときに、日菜乃の機嫌を損ねたみたいで……」

「お前マジか!! 今度また交渉術の特訓をするか」


 杉本の指摘に涼斗は落ち込み、すぐに眠ってしまったレコロを机の上に置き、杉本に相談を持ち掛ける。


「はい……もう俺には交渉ができないのかも知れません」

「まあそんなに落ち込むなって。また練習すればいいだろ。それで? どんな話をした?」


 ひどく落ち込む涼斗を見て、杉本はニンマリと笑みを浮かべて、涼斗の肩を叩いた。

 それから杉本に促されて涼斗は、素直に事情を話す。


「そうか……それは不味いな。日菜乃は今日、来られないかもな」


 そう言い、杉本は事前に用意していた、日菜乃をこの場に馴染むための計画に目をやる。

 いわゆるレクリエーションというやつだ。杉本は杉本なりの歓迎を考えてきたらしい。


 そんな時、店の扉が開き、カランカランという音が響いた。

 なんと入って来たのは前田ではなく、真剣な面持ちの日菜乃であった。


「日菜乃! 来たのか!?」


 第一声がこれだったこともあり日菜乃は少し萎れる。


「呼んだのはそっちでしょ?」


 この日菜乃の発言に対し杉本は頭を抱え、涼斗へと視線を送る。


「ごめん。昼に酷いことをしたから、今日は来ないかと思ってて……」

「……そう。それはごめん」


 それでも機嫌が治らない日菜乃は、少し俯き加減で顔を上げ、涼斗へと真剣な眼差しで問うた。


「あの、涼斗君が子供だった頃の話を、詳しく教えてくれない?」


 その言葉に、涼斗の顔つきも険しくなる。

 日菜乃がもしただの好奇心で質問してきたのであれば、それは涼斗としてもあまり心地良い話ではないからだ。


「なぜだ?」


 涼斗の険しい態度に、日菜乃は一瞬怯むが、それでも意を決した様子で頷いた。


「知りたいの。涼斗君の過去を。それに、もう助けを待っているだけじゃ、嫌だから」


 普段弱々しい声で喋る彼女からは、とても想像し難いはっきりした声に、涼斗は微笑む。

 恐らく日菜乃もこちらの正体に気付いたのであろう。学校で話した時とは違って、人見知りを発動することもなく、スラスラと会話ができていた。


「分かった。ただし聞きたくなくなったら、遠慮せずに言えよ。俺は訓練で何も感じなくなったけど、日菜乃はそうじゃないからな」

「うん」


 唾を呑み、覚悟を決めた日菜乃に、全ての事実を告げた。

 涼斗が行う幼少期の説明に、日菜乃は驚きもせずにただ黙って話を聞いていた。やはり日菜乃の意識は、固く強いものなのだろうか。


「こんな過去があるからこそ、俺は戦いたい。でも決して強制はしない。だから日菜乃、最後の決断は日菜乃に任せる」

「分かった。それなりの覚悟はしてきたつもりだから」


 互いの言うこと、そして自分がすべきことは頭に思い浮かんでいた。

 だからほとんど間髪を入れずに、日菜乃は返事をした。


 そんな日菜乃の返答に、涼斗は満足気に微笑む。

 それから日菜乃と正面で向き合い、ずっと探していた仲間に、手を伸ばした。


「俺たちと一緒に、あの研究を止めてくれないか?」


 頭を下げ、緊張で頭が白くなっていくのを感じたが、涼斗が案ずるよりも先に、日菜乃の決断は速かった。


「分かった。協力する。それが私の生まれてきた、唯一の意味だから」


 覚悟を誓った日菜乃は涼斗の手を取ってから、始めて笑う姿を見せるのであった。たくましく頼もしい笑みであった。

 その姿に涼斗は嬉しく、同時に苦しくもあった。


(本当は日菜乃には、普通の人生を送ってほしかったけどな……)


 そんな思いはとっくに割り切ったはずなのに、それでも苦しさが変わることはなかった。

 日菜乃には本当に申し訳ないと感じていた。

 しかしこうでもしないと研究所には辿り着けないと、涼斗も杉本たちも感じていたのだ。


「日菜乃……無理はしてないか?」


 それから少しして、杉本は真面目な表情で日菜乃に尋ねた。


「大丈夫です。私、強くなります。いじめに負けないように、やっと見つけた私の居場所で足手まといにならない為に」

「はは。そりゃ良かった。まさに板につくって感じだな」


 日菜乃の加入に、安堵の色を見せた涼斗は、買い出しに行っている前田の帰りが楽しみに感じられた。


(俺も前に進まないといけない。店長や前田さんの為に。そしてこれからは日菜乃を守る為にも)


 この時涼斗はやっとの思いで見つけた、兄妹のような存在を守り抜くと誓った。

 もう一人で戦うの嫌だったのだ。

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