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魔法に支配された世界で~The name of magic~  作者: かんのやはこ
第一章カフェ・レコロ
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頼みごと

 涼斗が空気の異変に気が付いたのは、学校に着いてすぐのことであった。


 いつも通りの景色の中に、一つ浮き出た負の流れのようなものを感じた。


 そんな原因不明の空間の乱れは次の瞬間、涼斗のすぐそばに迫って来た。




「よう、谷田。お前昨日の放課後、奏多と歩いていただろ?」


「そうだが。何か問題でも?」




 乱れの原因である顔の知らない男に、平然を装い探りを入れる。


 そして話し掛けられた理由は明白だったが、あえて知らないふりをする。




「お前、奏多とはどんな関係だ?」


「友達とか仲間とかそんな感じだ」


「本当か? 実は俺もあいつとは友達でさ、ちょっとだけ頼みがあるんだが……いいか?」


「頼みってなんだ? 場合によっては断るぞ」




 涼斗の言葉に含み笑いをする男は、小声で話を続けた。




「実は先週、俺はあいつに金を貸した。だがあいつは一向に返そうとはしないんだ。そこで俺と協力してあいつから金を帰してもらおうってことだ。いいだろ?」


「断る」


「なんでだ? あいつを騙して、金を取る。それだけの話しだ。な、良いだろ?」




 突拍子もない相談に、涼斗は考えた後に決断を出す。




「やっぱり引き受けよう。俺も金がなかったからな」


「そうか! それじゃあ今日の昼休みに図書館集合だ」


「分かった。ただしそれまでは何もするなよ。俺もあいつに恨みがあるんだ」




 時は過ぎ昼休み。


 涼斗は約束通りに図書館へと向かう……そう見せかけて道中であの男を待った。


 そして男が廊下に現れたことを確認し、すぐさま涼斗は移動を開始する。


 走る先は屋上。日菜乃と待ち合わせをした場所だ。


 屋上には日菜乃がしっかりいた。




「待ったか?」


「ううん。今来た所。それよりいきなり集合場所を変えてどうしたの?」


「変な奴に目をつけられたからだ。そいつに後を付けられたら面倒だからな。そんなことはどうでもいい。今日もカフェに来てくれないか?」




 涼斗が心底興味がないといった様子で、すぐに話題を本題へと移そうとする。


 しかし日菜乃は納得できないらしく、しかめっ面で返事をした。




「さっき言ってた面倒な人って誰なの?」


「知らない奴だ。どうだっていいことだ」


「良くない! 私のせいで涼斗君に危険なことが起これば……」


「君付けか……まあ敬語じゃないし、悪くないな」


「そんなことよりも! 涼斗君がもしいじめの対象になったらどうするの?」




 必死に怒る日菜乃の姿に、内心驚きつつも涼斗は素直に答える。




「いじめられたならそのことを口実にして不登校に……いや、不登校になれば色々と面倒だな。まあいずれにせよいじめられたとしても問題はないぞ」


「ダメ。説明になってないし、それに涼斗君はいじめられたらいけない。涼斗君は普通の人生を送らないといけない……自分の身を捨てるようなことはやめて。そこまでして私に関わわる必要はない」




 日菜乃の言葉に、心の中では騙しているような感覚を覚え、少しだけ罪悪感を抱いていた。


 しかし日菜乃がここまでして、他人の身の安全を考えている事から、涼斗は強い希望を感じた。




(俺が日菜乃を騙そうとしている可能性はまだ消えていないのに、日菜乃は自分の身の安全よりも、俺の安全を優先したのか……なるほど。これなら時間をかける価値はありそうだ)




 日菜乃に対する期待と希望を胸に秘めつつ、涼斗は結論を出した。




「いじめだけで済むなら、俺は絶対に引っ込まない」


「どうしてそこまでして、私に関わろうとするの?」


「それはまだ言えない。だが近頃理由は話す」


「そう……」




 涼斗の事務的な回答に日菜乃はがっかりしていた。


 やはり不信感はまだ払拭されていないらしく、涼斗を見る日菜乃の目には、憂いが宿っていた。




 だが信頼できない相手に対しても、自分の安全以上に相手の安全を配慮する気づかい。


 そんな日菜乃の人格に、涼斗はある種の希望のような感情を感じた。




(もしかすると日菜乃は、こんな糞みたいな現状も、どうにかしてくれるのかもな)




 微かに抱いた希望に、涼斗は目を覚まされた。


 現実を見ようとする勇気を、教えられたよう気がした。




 そして涼斗は日菜乃の顔を見つめた。


 彼女がどんな表情をして会話をしているのか、気になったからであった。


 しかし日菜乃は、暗く重たい眼差しで俯いており、涼斗が希望を感じている傍らで、悲しそうな表情をしていた。


 そんな姿を見兼ねた涼斗は、先程の会話を振り返り、自らの反省点を探した。


 否、探すまでもなく気が付いた。




 恐らく日菜乃は、涼斗が詳細を説明しなかったことが、不安だったのだろう。それだけ他人を疑いの眼差しで見つめ、不信感を抱くようになってしまったということであろう。


 涼斗はそんな現実を、やはり憎みながらも、平静を務めて日菜乃にできるだけ事実に近い説明をするよう、努力した。




「残念ながらこれは俺と日菜乃にしかできないことなんだ。ただでさえいじめられているのに、こんなことを頼むのは酷いことと分かっている。だが日菜乃以外、頼れる人間がいないんだ」




 涼斗の言葉に耳を傾ける日菜乃は、顔を上げて涼斗の顔を覗き込んだ。


 それと同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。




「もう戻らないとな。それじゃあまた放課後に会おう」


「……」




 何も言わずに見つめてくる日菜乃を置いて、涼斗は教室へと戻った。


 その後ろ姿を、日菜乃はぼんやりと虚ろな目で眺めていた。




(日菜乃は嫌がるかもしれない。正直、さっき話した感触だと、彼女は十中八九疲れている。いじめを受けている現状に。そして研究所にいた過去のトラウマに。それにあの様子だと、嫌われたかもしれない。もし嫌われたならば、店長と前田さんの苦労を水の泡にしてしまう可能性があるな……)




 そう思い涼斗は苦しい心持ちになった。


 やはり自分の力ではどうすることもできないのだろうか。



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