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魔法に支配された世界で~The name of magic~  作者: かんのやはこ
第一章カフェ・レコロ
29/29

チェックメイト

【閲覧注意】

 翌朝。

 やはり涼斗の目覚めは最悪のものであった。


 激しい頭痛とうっとうしいだるさが、彼の体を縛り上げているのだ。

 そのうえ頭の中では昨日までの惨状が、悪夢として繰り返されていた。

 すなわちいつもの涼斗のように、心も体も救われないままなのであった。


「よかった。起きたみたい。ずいぶんぐっすりと眠っていたから、けっこう疲れているんじゃないかな?」

「そうだな。流石に疲れてないと言えば嘘になる。そんなことよりもクロッカスはどうしてる?」

「クロッカスちゃんなら、そこの布団の中でまだ眠ってるよ。きっと店長に酷く扱われただろうから……」


 言いにくいことを口にする、そんな立ち振る舞いの日菜乃。

 目を伏せて静寂を作り出した彼女は、どこか怒りに満ちているようにも見えた。


 なぜならいつもは優しい光に満たされた彼女の瞳は、いまでは不条理な現実を憎むような色に燃え上がっていたからだ。

 そのことが涼斗には、一目見るだけでわかったのだ。


「もしかして日菜乃は、店長に怒っているのか?」


 ふと涼斗が気になっていたことを尋ねると、日菜乃はまたいつもの穏やかな顔色に戻ってから、にっこりとほほ笑んで答えた。


「店長を恨む理由なんてないよ。そうじゃなくて……私はやっぱりあの研究が憎い」

「それは俺も同じだ。自分を産み落とした場所ではあるが、それは親としてではなく、あくまでも実験をするための道具作りでしかなかった。もちろん愛情なんてものは初めから無かった」


 あるいは自分たちを作り出してくれた場所と考えられるかもしれない。

 だがこれまで数々の惨状を見てきた涼斗には、そんな都合のいい発想の転換はできそうにない。


 研究所はあくまでも研究所で、そこで行われてきた地獄に変わりはない。

 そして自分や日菜乃、そして幼いクロッカスさえもあの地獄にいた被害者なのだ。

 そんな事実がありながら、どうしてあの施設を生みの親だと考えられるだろうか。


 すなわち涼斗たちにとって研究所とは、滅ぼすべき責任であり、敵だ。

 なぜならあの地獄を知る人間の中で、唯一あそこを破滅に追いやることができるのは、力と憎しみをもって生まれた涼斗と日菜乃だけなのだから。


「俺や日菜乃が負ってきた分の傷と、クロッカスが傷つけられた数だけ、奴らには地獄を味わってもらうしかないようだ」

「そうだね。そのためにはまず、しっかりと休む必要があると思う」

「そうだな。それじゃあ今日は……」


 と、涼斗が休息を促すように日菜乃に賛同しようとしたときのことであった。

 突然玄関のほうからインターホンの音が鳴り、涼斗は喋ることを制された。それは日菜乃も同じで、疑問を抱えたように黙っていた。


 そして瞬時に、涼斗は激しい悪寒を感じた。

 直観ではなく、頭で考えた結果だ。


 まず来客の候補として挙げられるのは杉本と前田だ。

 だが今の二人はとうていこの家に来られるとは考えられない。杉本ならあり得るかもしれないが、恐らくはその可能性は限りなく低いと考えて良いだろう。


 では田中だろうか。

 否。田中は涼斗の家の住所は知らない。

 あるいはハッキングをして住所を特定したのかもしれないが、わざわざ身内をハッキングをするような真似はしないはずだ。

 もしそのハッキングを何らかの形で敵に探知されてしまえば、田中の居場所も涼斗の家もすぐに特定されてしまうからだ。


 となると考えられるのは企業や行政関係者ということだが、涼斗の家にやってくる必要性などないはずだ。

 なにがともあれ涼斗はどこかの企業か行政の人間が来ていることを願った。もしくは杉本か隣人かを。


 間違っても、クリスマスの時のように怪しげな人間が来なければいいのだが……

 そんな涼斗の願いだったが、玄関の映像を見ればそれは幻想だったとすぐに思い知った。


 玄関には誰も映っていなかった。

 だが確実に玄関の扉は開けられており、その扉の開き方の乱雑さを見るに、来客が望ましい人物でないことくらいは容易に察せられた。


 それを確認すると、涼斗はすぐに姿勢を低くして静かな声で日菜乃へと声をかけた。


「日菜乃、クロッカスと一緒に隠れろ」

「でも……」

「ここでお前が俺を助ければ、クロッカスの存在もバレてしまう」

「そんな…………」

「安心しろ。生きてまた再会する。それに遠くへ行くわけでも、死ぬことが確定したわけでもない。敵はまだ姿を……」


 『敵はまだ姿を見せていない』。そう言おうとしたときのことであった。

 涼斗の部屋の扉は……なんと轟音と砂ぼこりを伴って、あっという間に吹き飛ばされたのであった。


「ハロー!! 君が噂の谷田涼斗君かあ」

「誰だ……お前は??」


 砂ぼこりの中から姿を現したのは、涼斗と同じような背丈をした一人の少年であった。

 彼は涼斗の姿を確認するや否や、見物するように顎に手を当てて、じっくりと彼の体の隅々を観察した。

 そんな行動を奇妙がった涼斗は、すぐに敵対意識を向けるために、魔術回路の起動を実行した。


 すると敵と思しき少年は驚いたように目を見開き、それから幾分かの余裕を含んだ表情で、一人で茶番のようなものを始めた。


「やだなあー。そんな露骨に敵対されちゃ、こっちも行動を取りにくいっての」

「お前の目的を言え。さもなければ少し手荒いやり方になってしまうが、覚悟はいいだろうな?」

「ああ勿論。それじゃあ涼斗君、アディオス」


 彼の口から別れの挨拶がこぼれると同時に、彼の眼はまるで炎のように煌めき揺らいだ。

 口端は挑戦的に吊り上げられており、いかにもこの状況を楽しんでいるかのようだ。

 まるで目の前の敵など遊び相手としか思っていないかのような、そんな表情だ。


 それを見た涼斗は全力で歯を食いしばり、表情を崩さないようにした。

 敵の余裕な態度に怖気づいていることを、悟られないために強がったのだ。


 しかし涼斗が身構えたその刹那、敵の素早い殴り込みが彼の視界の端で捉えられた。

 だがそんな状況を目で捉えた時には、すでに涼斗に反撃の術はなかった。


 激しい爆発音と同時に涼斗は部屋の端まで吹き飛ばされ、次に彼の視界に映ったものは、崩れゆく彼の部屋と血まみれの横腹だけであった。

 つまり敵の男は、この一瞬の間で涼斗に攻撃を仕掛け、その反動で彼の家までも被害を覆ったという事であった。


「どうだ! この俺の圧倒的力!!」


 そう叫ぶ敵は、自身の右こぶしを涼斗に見せびらかし、その破壊力を自慢した。

 対する涼斗は攻撃を喰らった影響で瀕死の状態となっており、かろうじて目を開けた先に敵の拳が赤黒く燃えているのを確認することがやっとであった。


 声は出ない。もちろん体など動かせるはずがなかった。

 だが敵は無傷で今も尚涼斗に向けて歩みを進めている。

 そんな光景を前に、涼斗はもはや抵抗することができなかった。


「須川涼太。第4代目のマスプロダクション! お前らみたいなポンコツとは、何もかもが違う一級品だ!!」


 そう高らかに叫ぶ敵の少年、須川涼太はそのまま涼斗の顔面を狙って蹴りを見舞った。

 魔力は使われていなかったが、それでも鍛え上げられたであろう足は、涼斗の顔面を激しく強打した。

 その反動で地面に投げ出された涼斗は、激しく息を吸うことによって埃までも吸い込んでしまい、激しく咳き込んだ。


 瓦礫が崩れる音と咳き込む音だけが響く部屋の中で、須川は慈悲をかける余地もなく、涼斗をいたぶり始めた。

 それも須川が涼斗をいたぶるのは、過去の因縁といった人間らしい感情のなせるものではなく、ただ単に人を見下す憎々しい感情がなす、最低最悪な悪魔の所業であった。


「いいねえ! 魔術研究を拒んだ結果がこれだ! 素直に国の奴隷になっていればいいものを……ぶっはははっはは!! 愚かな奴だ! いっそ清々しいぞ、谷田涼斗!! さあ人生最後の瞬間、とことん楽しめ……ぐはっ!」


 頭から滴る血に砂ぼこりがこっぴどく染みついた、もはや死体同然の様となった涼斗を蹴り続ける須川に、横やりのような形で誰かが拳を入れた。

 すでではあるが全力で握りしめられた、強烈な殴りだ。魔術回路を起動した流石の須川も、その痛みに頬を抑えていた。


「よくもクロッカスちゃんを……よくも涼斗君を……お前だけは絶対に……殺してやる!!」


 須川を殴った日菜乃の背後には、もはや安否を確かめる余地もなく瓦礫の下敷きになってしまったクロッカスの姿があった。

 そして日菜乃は日菜乃で、かなり酷い傷を頭部に負っていた。


 そんな状況でも彼女は立ち上がり、絶望を渡した須川に一筋の反撃を行った。


 だがその反撃はむなしく、ただ須川の心を躍らせるだけであった。


「いいねえ!! データで見ていた時以上の興奮だよ、奏多日菜乃ちゃん!! 想像以上だ! 君の力は数値では表せないようだ!」

「何を言って……ふざけてるの……?」


 怒りの淵の中で、やっとの思いで吐き出した言葉に、もはや日菜乃の諦めきった感情が混じっていた。

 それも含めてか須川は高らかに笑い出し、それから引導を渡した。


「だからこそここで仕留める! 奏多日菜乃ちゃん……運が良ければ来世は僕の中だ……」


 そんな不吉な言葉だけを残して、涼斗の意識は暗がりへと落とし込まれた。


 全身の苦痛がもはや涼斗を飲み込もうとしていた。

 

 リライトしてトルゥーエンドを書き直したい。ただその一言に尽きます。

 ちなみに病んでいるわけではありません。気分次第で動いているだけです。

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