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魔法に支配された世界で~The name of magic~  作者: かんのやはこ
第一章カフェ・レコロ
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夕暮れの惨状

「何……? なぜ姫花があんな所にいる!」


 立つことさえままならない杉本は、すぐにでも脱出をしたいと願った。長居は命を危険に晒す行為だ。 幸いにも敵の数が先程よりも少なく、逃げる事は容易だと考えられた。


 しかしそんな矢先の事であった。身体中に炎を纏ったクロッカスが、ゆっくりとゆっくりと涼斗たちのもとへと歩いて来たのだ。

 そんなクロッカスを飾るように、どこかで聖夜の鐘の音が響いた。


「クロッカス……ついて来たのか……」

「とりあえず店長と前田さんを連れて逃げよう、涼斗君」


 クロッカスの魔術回路起動状態を見て、涼斗までもが動揺を隠せなかった。しかし日菜乃は冷静な思考を働かせており、撤退の判断を下した。

 そんな日菜乃の命令を涼斗は頷いて、承認した。


「それじゃあ2人とも、肩を貸してください」

「いいや必要ない。私の失態でこんな事になったんだ……だからこれ以上は……」

「馬鹿者! この期に及んでそんなことを言うな! 失敗を反省しているなら、次の任務でその気持ちを示せ! 今は生き残ることを最優先しろ!」


 足の怪我が酷い前田は、強がってみせた。それは前田らしくないことであった。

 そんな弱音を吐く前田に、杉本は怒鳴った。

 怪我人には遠慮も我慢も必要ないのだ。杉本にとっては生きる事が最優先で、誰が悪いかなどは眼中になかった。


「ああ……そうだな。それじゃあ誰か肩を貸してくれ。1人じゃ歩けそうにない」

「わかってるさ、そんな事。ほれ俺の肩をくれてやる。涼斗と日菜乃は俺たちの護衛を頼む。俺も怪我人だから、前田と二人三脚しながら戦うのは無理だ」

「勿論です。それじゃあ2人ともしっかり付いて来てください」


 杉本に怒鳴られて、ハッとした前田はすぐに頭を使い、すぐに判断を済ませた。前田は杉本に手助けをしてもらい、杉本の指示によって脱出を図った。

 それからこちらへと走って来るクロッカスと合流し、日菜乃はクロッカスを抱き上げようとした。しかしクロッカスがすぐに身を離して、「熱いからダメ」と言った。


 そんなクロッカスに対して、大怪我を被った杉本は、前田の肩を持ちながら怒号を上げた。 


「バカ野郎! なんでここにいるんだ!」

「う……だってパパとおじさんがピンチだって、おばさんが言ってたから……」

「だからってこんな危ない橋を渡るな!! それでお前までこんな怪我をしたら、どうするんだ!」

「ごめんなさい……でも姫花、研究所に居た時はボロボロだった」

「それは……」


 クロッカスの身を案じて、杉本は説教する。さすがのクロッカスも反省した様子でいた。杉本は、クロッカスには自分のような、傷だらけの人間にはなってほしくないとも云った。

 しかしそんな杉本の言葉に対して、クロッカスは研究所での惨状を明らかにした。


 ボロボロとは、今の杉本のように傷だらけになったという事であろう。クロッカスの当初の姿を思い出せば、その言葉も納得がいくものであった。

 実際に出会った時のクロッカスは、幾つもの傷を被っていた。そして精神的にも身体的にも限界を迎えていたのだ。


 そんな実態を知れば、杉本からも言葉が発せられる事はなかった。


「とりあえず次からはこんな事はないようにしろ。いくら研究所でボロボロになっていたからって、俺たちに付いて来ていいわけがないだろ」

「嫌……姫花も付いて行く。だから……」

「それは無理だ。何がなんでも付いて行かせないからな!」

「嫌!」


 杉本とクロッカスが繰り広げる親子喧嘩に、その場にいた一同は皆この世を呪った。

 こんなに幼い少女が、自らの手で命を危険にさらそうとしている。それも親の為であり、当の親はその事を反対していた。


 しかしクロッカスは駄々をこねて、一歩も譲ろうとしなかった。そんな事実を目の当たりにし、涼斗たちは神に祈った。

 「どうかこの幼い少女に、他の子どもたちと変わらぬ、平和な人生が訪れますように」と。


 しかしそんな儚い祈りを裏切るように、一同はどこからともなく敵の気配を感じる。銃を向ける音。衣擦れの音、ガソリンの音。

 そんな嫌な気配を感じた一同は、周囲に警戒を巡らせた。そして涼斗と日菜乃は銃を構え、敵を迎え撃つべくグルグルと周囲を見渡した。


 しかしそんな警戒を余所に、先程まで言い争いをしていたクロッカスが、鋭い視線で順に周囲を見渡した。

 そして再び正面を向いたかと思えば、次の瞬間に高く飛躍して、火の粉をまき散らした。そんな火の粉が一瞬にして敵を貫き、先程の嫌な気配は鎮火するのであった。


 そんな僅かな時間の出来事に、レコロ一同は言葉を失うのであった。


「全員やっつけたよ」

「そんな……バカな……」


 敵を掃討し終え首を傾げるクロッカスは、さながら少女型の殺人兵器であった。そんな悍ましい(おぞましい)姿に、流石の前田も息を呑んで恐れていた。


 しかしこの場で最も苦しい思いでいるのは、杉本であった。クロッカスの、如何にも杉本の為に尽くそうとしている、そんなクロッカスの良心が空回りしている実態に、杉本は頭痛を感じた。

 決して殺しを行ったクロッカスが悪いわけではないのだ。悪いのは研究所の人間であり、クロッカスに殺人術を教えた人間だ。

 そう頭では分かっていても、杉本は自身の嫌悪感を止めることはできなかった。


「止めろ……」


 震えた声でそう告げる杉本は、俯いており表情が伺えない。そんな姿を心配したクロッカスは、確かめるような慰めの言葉を放った。もっともそれは、適切とは思えない言葉ではあったが。


「姫花、パパたちのためなら、いっぱい殺すよ?」

「止めろ!!」


 クロッカスは心配するように、杉本の顔を覗き込んだ。杉本を喜ばせたい。そんな子供なりに考えた結果なのだろう。

 しかし杉本は我慢の限界であった。幼い少女を殺人兵器へと豹変させた研究所が、そしてクロッカスを普通の生活をさせることができなかった自分が、杉本には辛すぎたのだ。


 それから杉本は大粒の涙を流し、何も言えないまま、工場を後にした。解散時にも誰とも話さず、ついに無言でクロッカスの肩を持ち、そのまま家へと帰った。

 そんな姿を、他のメンバーは心配気に見ていた。誰も何も言う事ができず、ただ杉本とクロッカスの背中を見ていた。


「残酷だな……姫花ちゃんを任務に連れて行くべきではないな。これからは厳しく指導する必要がありそうだ……」

「そうですね……」


 人殺しを普通とする少女は、果たして幸せになれるのであろうか。ふと涼斗の頭にはそんな疑問がよぎるのであった。

 こんなにも残酷な世界で、涼斗たちにとって当たり前の事でも、それが1人の少女にとっては当たり前ではないのだ。その事が、涼斗にとってはあまりにも悔しく感じた。


「行きましょう前田さん。病院まで送ります」

「ああ。すまない。流石に奴らも病院までは追って来れないだろう」

「そうですね……今すぐタクシーを手配します」

「ありがとう涼斗くん」


 それから前田と涼斗と日菜乃は、タクシーを利用して近くの病院へと到着した。幸いにも病院の明かりはまだついており、受付も終わっていなかった。

 前田を病院の受付に通すと、すぐに何人もの看護師がやって来て、前田を保護した。前田を無事に病院へと預けて、涼斗と日菜乃は前田に別れを告げた。


 病院から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 そんな夜の闇に包まれる中で、涼斗と日菜乃は立ち話をした。


「今日はすまない。折角クリスマスの予定を立ててくれたのに、台無しにしてしまった」

「そんな事はないよ。店長のピンチを救ったのは涼斗君だし、涼斗君は今日も私を守ってくれたし……涼斗君は何も悪くないよ」

「俺は弱い……カフェで奴らの手先に会った時は、どうかしてた。公衆の面前であんな恥を晒すなんてな……それに中央支部の時だって、俺が日菜乃と前田さんを守れるくらい強ければ良かったんだ」

「涼斗君は強いよ。私なんか何もしていない。ただ守られているだけ。それに涼斗君はいつも私を守ってくれるし、店長と前田さんだって涼斗君はすごいって自慢してたよ。だから涼斗君は弱くなんかない」


 夜風が冷たいことも風が強いことも気にならない程、2人は地の底まで落ちたような気分であった。

 あれだけ強い2人が、今では傷だらけになっていた。クロッカスは人を殺し、研究は今でも進展し続けている。


 嫌な夢を見ているような気分であった。目標でもあり、この2人がいる限りレコロは大丈夫だと思っていた。そんな2人が蹂躙され、今では歩くことさえ躊躇われる。

 一歩動いた先には闇が待っている。それだけで涼斗の足はすくんだ。

 動けない。1人になりたくない、なれない。そんな気持ちを誤魔化すように、涼斗は言葉を続けた。


「俺は弱いんだ。1人じゃ何もできないし、クロッカスみたいに強く戦う事ができない」

「それでも涼斗君は優しさが溢れていて、店長と前田さんだって信頼してる。それに私だって涼斗君のこと……」

「信頼するな。俺なんかを信用したら、最悪の場合死ぬぞ」

「それは違う。涼斗君は信用できる。だから自分を信じて」

「ダメだ……俺なんかを信用したら日菜乃は……」


 言葉は出なかった。どれだけ強がろうと、どれだけ弱さを隠そうとしても、ただの高校生が自らの苦しみを隠すことなどできないのだ。

 悲しみの連鎖はどこまでも続き、涼斗を苦しめ続ける。今までだって涼斗は、ただ感情を押し殺しているだけだ。

 任務の度に心には泥のようなものが流れ込み、そんな感情が来る日も来る日も涼斗に付きまとっていた。朝になればそんな感情が身体中に染みこむような、気色の悪い状態に見舞われる。


 そんな重荷が今になって涼斗を押し潰し始めただけである。涼斗は初めから何も変わっていない。

 自分を責める気持ち。そして何度も繰り返してきた惨状の数々。それらが涼斗の頭から消え去った事など、今まで一度もなかったのだ。


 日菜乃の前で黙り込み、涼斗はその場で立ち尽くしていた。力は抜けており、頭には激しい葛藤が生じていた。

 その点では、涼斗と日菜乃では大した差はないのであった。


「今日は帰ろう。気を付けて帰れよ。それじゃあ」

「待って涼斗君。今日は私の家に泊まっていかない?」

「……悪いけど、今日はやるべきことがあるんだ。だから申し訳ないが1人で帰ってくれ」

「……わかった。おやすみなさい」

「おやすみ……日菜乃」


 脱力して疲弊しきった涼斗は、前田の護衛の為に、病院の駐車場にて一晩を過ごすのであった。

 病院にいるからといって、前田が安全というわけではない。

 寧ろ病院にいるということは、研究所の連中はリスクなく前田を捕らえることができる。そんな事態は何としても避けなければならなかった。

 だから涼斗は、この場に残って警備をするというわけなのだ。


 日菜乃は心配してなかなか帰ろうとしなかったが、それでも融通を聞かせて日菜乃を帰すことができた。

 日菜乃が帰った以上、もはや心配する要素などない。

 惨めな自分が、唯一役に立てる方法。それはあまりにも辛く、苦労を強いるものであった。

 そんな闇夜に似た感情に呑まれそうになりながら、涼斗は寒さに耐えながら一晩を過ごした。

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