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魔法に支配された世界で~The name of magic~  作者: かんのやはこ
第一章カフェ・レコロ
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聖夜の鐘の音

 当初の目的であった買い物は出来なくなり、涼斗と日菜乃はカフェ・レコロへと急いだ。

 カフェで出会った怪しげな男が残した、意味深なメッセージ。これが涼斗たちにとって害を及ぼす事は、間違いなかった。


 とりあえず今は杉本と前田が心配なので、涼斗は田中に助けを求めることにした。田中は今、レコロにて仕事をしている。ここ数日は日替わりで営業をしており、レコロにはクロッカスもいる。

 そしてレコロが襲撃を受けている可能性も捨てきれない今、涼斗には心配要素が多すぎた。


 なのでまずは杉本と前田との連絡を図ったが、2人とも音信不通で、すでに危険な目に合っている事は確実であった。それから涼斗は、田中へと電話を繋げた。どうやらレコロは無事らしく、田中との連絡は通った。


「もしもし田中さん? 今からレコロに行きますが、大丈夫ですか?」

「ええ大丈夫。急いでるらしいけど、緊急事態?」

「はい。杉本さんと前田さんが危ないんです」

「……わかった。とりあえず電話はこれくらいにしておきましょう」

「はい」


 盗聴の危険性もある為、電話での会話は避けた。

 いつも落ち着いた様子の田中も、杉本と前田が緊急事態となった今回ばかりは、少し焦った様子であった。これまで聞いた声で、最も緊張感のある声色であった。その為、涼斗の心にも強い緊張が流れるのであった。


「田中さんは無事だった?」

「ああ。だが田中さんも流石に焦っているようだ。とりあえずレコロで作戦を立てるぞ」

「うん」


 心配気味に日菜乃が尋ねるので、涼斗は田中の無事を明確なものにした。はっきりと頷き、日菜乃を安心させようと努めた。


 それから涼斗と日菜乃は、レコロに向かって一直線に走るのであった。駅からレコロまではそう遠くなく、全速力で走れば10分程度で着く。

 案の定、レコロには数分程度で到着した。


 照明が消されたレコロの入り口には、閉店と書かれた木の板が掛けられており、客を寄せ付けていなかった。そんなレコロの扉を勢いよくあけ放ち、涼斗と日菜乃は田中のもとへと向かった。


「田中さん! 店長の位置は特定できましたか?」


 レコロを閉店して、田中は1人パソコンにて2人の居場所の特定を進めていた。数少ない情報の中から、最後のGPS反応があった場所と、監視カメラの情報を利用して捜査を進めていた。


 どうやら田中の腕は本物らしく、あと数分もすれば特定が終わるらしい。その間に、涼斗と日菜乃は今回の任務について相談を行った。


 田中とクロッカスの2人きりで留守番をしてもらう以上、2人の安全も不確かであった。

 涼斗と日菜乃を引き離して、本命はレコロの襲撃という可能性もある。研究所の連中の目標が判らない今、迂闊な判断は命取りであった。

 そのため今回の任務では、田中の援護は無しで、クロッカスの護衛を兼ねて、留守をしてもらう事になったのだ。


「というわけでいいでしょうか、田中さん」

「いいわ。それと今、携帯に杉本の位置を送った。それを基に調査して頂戴」

「はい」


 クロッカスを田中に預けて、涼斗と日菜乃は発つのであった。涼斗と日菜乃がレコロを去る際に、田中は安心させるように笑ってくれ、それからクロッカスの相手をする姿が伺えた。

 そんな光景を見て、涼斗は少しだけ歩みを止めてしまうのであった。


「田中さん。姫花、トイレに行きたい」

「ええわかったわ。行ってきなさい」

「それじゃあ田中さん行ってきます」

「行ってらっしゃい。必ず戻って来なさいよ」

「はい」


 今度こそ涼斗は田中に挨拶を済ませて、レコロを出て行った。

 もう歩みを止めぬように、涼斗は振り返らないようにした。


 田中からもらった情報を基に、涼斗は杉本がいるであろう場所へと向かった。日菜乃も後について、初の、2人きりでの任務が始まった。

 杉本も前田も居らず、指揮は涼斗が担当し、日菜乃も積極的に前線を上げなければならない。それは新人の日菜乃に負担がかかるのは勿論であったが、仕事に慣れている涼斗にも大きな負担であった。涼斗は今までずっと、杉本と前田に守られて生きてきたからである。


 そんな不安が残る中、2人は目的の場所へと到着するのであった。

 古い工場のような、マフィアの基地といった雰囲気が出ている建物であった。この錆び付いた施設で、杉本と前田は捕らわれているのであろう。

 そう思うと、衝動で突き進みそうになったが、ここは冷静になって、日菜乃と共に戦略の相談をした。


「まず今回の任務中だが、絶対に2人離れてはならないぞ」

「わかった。それとあまり派手な行動も避けよう」

「ああそうだな。2人で互いを守りながら、静かに店長たちを探す。敵はなるべく無視。遺体が隠せそうであれば、無力化する」


 敵に涼斗たちの存在が気付かれてしまえば、杉本と前田が処刑される可能性があるからであった。その為、涼斗と日菜乃は派手な行動を避ける必要があり、敵に存在をバレるべきではないのだ。


「了解。店長たちを見つけたら、それからどうするの?」

「拘束を解く。動けそうなら一緒に脱出を手伝ってもらう。無理ならば担ぐ。死んでいるならばその場で放置だ。それと、2人を発見した際、2人がどんな形であっても、冷静にいるように」

「わかった。絶対に焦らないから」


 最悪の場合も想定して、涼斗は作戦を企てた。敵にバレない事がこの作戦の基盤であり、杉本と前田を回収することが、最終目標であった。

 作戦も確立し、涼斗と日菜乃はいよいよ突撃の準備が完了するのであった。


 心臓の鼓動は高鳴り、落ち着くことはなかった。それが苦しくもあり、同時に焦りを生む原因となりかねなかった。

 それでも涼斗は意を決して、日菜乃に突入の合図を送る。それから2人は静かに行動を開始した。


 幸いにも警備は少なく、涼斗と日菜乃は慎重に奥へと向かった。建物の中は暗く、あまり視界が良くなかった。それでも2人は前へと進み、多少時間がかかりつつも、誰も傷つける事無く、進む事ができた。


 そんな奇妙なくらいに順調であった時のことであった。突然、涼斗の懐から電話の着信音が鳴り出した。


「くそっ……田中さんか。日菜乃、なるべく小さい声で、田中さんから事情を聞いてくれ。その間、俺は敵を見張っておく」

「わかった。もしもし。どうかしましたか?」


 日菜乃が電話をする際に、涼斗は気を張った。周囲に敵がいないか。誰かが見ていないか。そんな警戒をして、日菜乃へと敵を近づけないようにした。

 そして近くにいる敵は、涼斗の手で無力化した。


 声を上げない様に、口を押さえながら、強打で気絶させた。研ぎ澄まされた手際の良さであった。

 しかし涼斗がその標的に夢中になっていると、敵の仲間が涼斗たちの存在に気付き、たちまち敵に包囲されてしまうのであった。


「くそ……仕方ないか……シーカーシークエンス起動。逃げるぞ日菜乃!」


 魔術回路を起動させた涼斗は、日菜乃を守るようにして、電撃を敵へと撃ち込んだ。なるべく囲い込まれないように、電撃を利用して、路を切り開く。


 そして日菜乃の手を引いて、一目散に杉本のもとへと向かおうとしたが、どうやら日菜乃には聞こえていないらしい。

 口を開けて呆然とし、不安の色で顔を染めていた。


「仕方ない……!!」

「へっ……」


 日菜乃が動けそうになかったため、涼斗は日菜乃の腕を強引に引き、その場を後にした。

 そして涼斗に手を引かれて、やっと正気が戻った日菜乃は、ポカンと驚いた様子で、涼斗に導かれるがままになっていた。

 そんな日菜乃を、周囲に警戒を巡らせながら、涼斗は気にしていた。どうも今の日菜乃は、暗い顔つきでいるのだ。


「一体どうしたんだ。日菜乃!」

「ごめん……田中さんとの電話のことでちょっと。それで実はね……」

「電話がどうした?」

「クロッカスちゃんの姿が、見当たらないらしいの」

「なんだって!?」


 焦る日菜乃の口から告げられた事態に、涼斗は仰天すると同時に、動揺した。杉本と前田の確保もできていない今、クロッカスまで攫われたとすれば、もはや涼斗たちは王手をかけられているようなものであった。


 それだけではない。よもや初めからクロッカス奪還のために、杉本と前田を捕らえた可能性だってある。だとすれば2人の生存率は究めて低いであろう。


「とりあえず今は店長と前田さんを探そう」

「うん」


 クロッカスのことは一度置いて、涼斗と日菜乃はオフィスへと辿り着いた。そこには幾つかのPCも置かれており、事務室としての役割もありそうであった。その奥にもう一つ鉄扉があり、そこを開けると、ガレージのような部屋の中に杉本がいた。


「店長! 大丈夫ですか? しっかりしてください!」


 切羽詰まった様子の涼斗に反応し、杉本はゆっくりと顔を上げてその顔を見せた。頭からは血が流れており、その他にも傷が無数についていて、痛々しかった。


 涼斗は一目散に重症の杉本へと駆け寄り、杉本の拘束を解いて自由にした。

 すると杉本は力が抜けたように、その場に崩れた。

 意識は何とか保てており息もしていたが、それでも無数の傷が、杉本へと苦痛を与え続けているらしい。


「ああ涼斗か……それに日菜乃まで……すまないな迷惑掛けちまって」

「とんでもないです。それよりも早く脱出しましょう」

「そうだな。少し肩を持ってくれないか? 足が痛い」

「はい」


 敵の射線を掻い潜り無事に杉本を救出し、涼斗はその肩に杉本の腕を巻き付けて、前田の捜索を始めた。どうやら2人は別々でいたらしく、前田の姿は見当たらなかった。


 しかし杉本と合流した今、前田の発見は容易であった。

 杉本から居場所の手がかりを聞き、それを基に捜索すれば良い。そして幸いにも杉本は手がかりを知っていた。


 オフィスから少し離れた休憩室。そこに前田は居るらしい。そして杉本の案内通りに、涼斗は休憩室へと向かった。

 少しして到着してみると、そこは休憩室といっても、あまり豪華なものではなかった。荒々しく、ゴミや道具が散乱しており、そんな劣悪環境にて、前田は放置されていた。


「前田さん、大丈夫ですか?」


 前田を発見するや否や、涼斗は前田の顔色を窺った。前田も、杉本のように体中に傷を被い、重症といった様子であった。


 しかし傷だらけでも前田の意識はしっかりしており、涼斗の声を聞くとすぐに顔を上げて、うっすらと笑ってみせた。


「私は平気だ……それよりも杉本には申し訳ないことをした……前回の傷を私が完治できていなかった為に、こんな事態になるなんて……まったく私は未熟だ」


 どうやら中央支部の時の傷が、今になって盛り返してきたのであろう。任務中に傷の再燃焼が起こり、それによって敵に包囲されたのであろう。

 前田は歯を食いしばって、後悔してもしきれないといった様子で、地面を見ていた。


 しかしそれは前田が悪いというわけではないと、杉本は考えていた。先まで頼りにしていた涼斗の肩から離れて、杉本は前田のもとへと歩んだ。


「そんなことは心配するな。それよりも全員無事か?」

「ここにいる人間は無事のようです。しかしクロッカスが失踪しました」

「何? 姫花が?」


 杉本の点呼に対し、涼斗は先ほど起こった事態を説明した。すると杉本と前田の表情は、驚きと混乱を混ぜたようなものであった。

 2人して信じられないといった顔で、涼斗の顔を覗き込んでいた。


 自分達が連中に捕まったせいで、クロッカスまでが捕らえられたと、杉本と前田は考えたのであろう。2人はその場で立ち尽くして、各々考えを巡らせていた。


「最悪だ……とりあえずここから逃げるぞ。早くしないと奴らに包囲されて……」

「杉本……あれは!」

「何……? なぜ姫花があんな所にいる!」


 どうしようもなく、仕方がないので今は脱出を優先しようと、杉本が提案したときのことであった。

 暗がりに覆われた廃墟の中で、その真っ赤な炎だけが、光り輝いていた。

 身体中に炎を纏ったクロッカスが、ゆっくりとゆっくりと涼斗たちのもとへと歩いていた。


 そんなクロッカスを飾るように、どこかで聖夜の鐘の音が響いた。 

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