襲撃
「さて、こちらは涼斗君のペースに合わせるよ。いつでも開始してくれ」
「わかりました。今すぐ行きましょう。シーカーシークエンス起動」
田中を加えた反逆者達は、無線によって連携を取っていた。前田と日菜乃で侵入の待機をし、涼斗がその合図をすることとなっていた。そして田中がクロッカスの見守り兼、後方支援を担当。そして杉本が街を巡回し、田中とクロッカスのもとへ敵が及ばないように、警備した。
砦を築くような陣形に、他の3人で突撃をするという作戦だ。
「サージ。ヒューズを切ります。準備をお願いします!」
「わかった。停電するから、ミス田中と杉本は準備を」
「了解!」
「わかったわ」
それから皆の無線からは、高出力された電力の、凄まじい轟音が流れていた。その音が、やがて強い爆破音に変わって、街は暗闇へと誘われた。
今宵もレコロ一同による、任務が始められるのであった。
「レディースエンドジェントルメン!! 今宵は我々レコロ一同による素敵なショーを、とくとご覧あれ!」
「無駄口を叩く暇があれば、早く侵入してください!」
「わかってるよ、涼斗君。それじゃあ行くよ、日菜乃ちゃん!」
「はい!」
無線越しではあったが、前田と日菜乃が無事に支部へと侵入できた事が確認できた。それと同時に銃声とサイレンの音が鳴り響いた。
「俺もただちに現場に向かいます! それまで2人で持ちこたえてください!」
「心配無用! この前田と日菜乃ちゃんが協力すれば、勝てない敵なんていないさ!」
「調子がいいですね前田さん。ただ衝動で突っ込みすぎるような失態は、やめてくださいね」
相変わらずわけのわからないことを云う前田に、涼斗は少し呆れたように注意を促す。しかし前田は気にした風もなく、そのままの調子で軽い冗談を言っていた。
「大丈夫さ。その為の日菜乃ちゃんだろ?」
「そうですね……取りあえずあと40秒は耐えてください」
「流石涼斗君だ。あそこから40秒とはなかなかだ」
涼斗の電気系魔術により、涼斗の移動速度は通常の1・5倍は加速される。そんな人を超えた速度で、涼斗はなるべく人の目につかない場所を潜り抜けて行った。
涼斗の魔術は時間によって魔力が回復され、蓄積された魔力を自由に使用することができる。なので涼斗はここで魔術を惜しみなく利用する。スピード重視の作戦なのだ。
「もう着きます。早急に位置を教えてください!」
「了解。我々は今2階に侵入したところだ。正面入り口を抜けて、突き当たりの所にある階段を上ればいい」
「わかりました。ビルに侵入後、魔術回路を停止します」
「待ってくれ。今我々は足止めを喰らっている。だから君の魔法でなんとかしてくれないか?」
どうやら足止めを喰らっている前田は、流石に焦った声色で涼斗に頼みを申し出る。この任務はスピードが肝心なのである。なぜなら連中にデータを消される前にデータを回収し、脱走しなければならないからだ。
「それは難しいと思います。もし奴らに奥の手があって、それが手強かった場合、俺の魔術がなければ厳しいかと」
「それは問題ない。万が一のことがあっても、残された戦力だけで持ちこたえるだけだ。それに根拠もない未来の不安をするよりも、今すぐに解決すべき問題の方が優先するべきだ」
「……わかりました。それでは魔法によって解決します」
魔術を温存したい涼斗であったが、前田は任務の失敗を恐れ、魔術の使用を指示する。その為、涼斗は体中に電気を流し、戦闘準備を整える。
「お待たせしました」
涼斗が2人のもとに辿り着くと、前田と日菜乃によって銃撃戦が行われていた。対する敵はバリケードを作り、角に身を隠す前田たちを待ち構えていた。
「あそこにぶち込めばいいのですか?」
「いいや違う。当初の予定だと、ここから先にある階段に行く予定だったが、塞がれてしまっては仕様がない。部屋の壁を突き破っていくぞ」
「わかりました。それでは合図を」
「ああ。スリーカウントだ。行くぞ。3、2、1、行け!」
前田の合図に合わせて、涼斗は正面の扉を突き破る。その間に、前田はスモークを敵の視線の先に炊き、日菜乃と共に部屋へと走り込んだ。この部屋はオフィスらしく、かなり先まで回り込むことができた。そして辿り着いた一番端の壁で、涼斗は身体中に多量の電力を流す、サージを行った。
「それじゃあ突き破ります。準備を」
「わかった。行け!」
「はああああ!!」
涼斗は体に電気の鎧をまとい、その鎧で壁に向かって突撃をし、まるで大きなハンマーで殴ったような穴が開いた。
「行くぞ。その先の部屋を出て、右側に階段がある。ただし気を付けろ! 左にはさっきの敵がいる」
「わかりました。俺が電気で盾を作ります。ただ魔力の消費が激しいので、早急に移動をお願いします!」
「わかった。日菜乃ちゃん、私が先に出るがほとんど同時に出るようにしてくれ。でないと間に合わない」
「わかりました。私は準備万端です」
「それじゃあ行きます。321、ゴー!」
自らのかけ声と共に、涼斗は通路に飛び出す。そして早急に電力を高出力することによって、通路に銃弾が通ることができない、盾を作り出す。
その壁ができると同時に前田が飛び出し、すぐさま階段の方へと駆け抜ける。その後を、ほぼ間髪入れずに、日菜乃が付いて行く。
「ここまでだ」
それから涼斗は前方に電力を噴出し、敵に目くらましをした間に、2人の後を追った。この電力の噴射によって、涼斗の魔力は底を尽きてしまうのであった。
「前田さん、俺の魔力はもうありません。あとは銃と格闘で何とかするしかありません」
「承知している。それよりも急ぐぞ。なんとしてもデータを奪うんだ」
少し焦った形相を見せる前田に、日菜乃と涼斗は付いて行く。そんな全力で掛ける彼らの無線から、久しく声が聞こえてくる。
「非常用の電力が回復したみたい。ハッキングを入れれるわ」
「了解。それじゃあ日菜乃ちゃん、USBの準備を」
「わかりました」
ウイルスがぎっしりと積められたUSBを持った日菜乃が、前方には前田を、そして後方に涼斗を置いて進行していた。どちらの立ち位置も経験の浅い人間には任せられない為である。
日菜乃をいつまでも留守番にさせるわけにはいかないので、今回の任務にも付いて来たのであった。
「こちら前田。サーバールームに到着した。これからサーバーコンピューターへの侵入経路を確保します」
「了解。コンピューターに侵入をすれば、私がファイルを見つけ出すわ」
「了解。それじゃあ日菜乃ちゃん、頼んだよ」
「わかりました」
事前に打ち合わせをしていたらしく、日菜乃はメインコンピューターに例のUSBを差し込む。サーバールームにはいくつもの大型のタワー型コンピューターが配備されており、その奥に大きなメインコンピューターが設置されていた。
「侵入完了。同時に逆探知システムの起動も確認。杉本、出番よ」
「了解。レコロのノミを起動する」
杉本とて、ただただ警備をしているわけではないのであった。彼の真の目的は、田中の新型コンピューターウイルス、通称レコロのノミの起動なのであった。
そしてそのウイルスを起動することによって、研究所の自動逆探知は意味をなさなくなるのであった。逆探知をしようものなら、街中にあるダミーに引っ掛かり、足止めを喰らうだろう。
「データのダウンロードには5分で十分。脱出準備を始めて」
「了解。それじゃあ涼斗君と日菜乃ちゃんで、爆弾を設置する私を守ってくれ。その間に私が爆弾を設置して回る」
「了解。日菜乃、任務を成功させるぞ。だけど油断は禁物だ。俺に付いてこい。前田さんを何としても守るんだ」
「わかった。私も全力で守る」
「ああ。その調子だ」
それから前田はサーバールームに爆弾を仕掛け始める。その間に、涼斗と日菜乃でサーバールームの入り口を硬く守った。
サーバールームを出ると左右には廊下が広がっており、その左右から挟み込む形で敵が攻める。それを涼斗と日菜乃で食い止めるのが仕事だ。
「無理するなよ。だが躊躇はするな。互いを守り合うんだ」
「……わかった……」
「大多数は俺が仕留める。だから日菜乃は敵のいる方向に、引き金を引き続けるだけでいい。ただ目は瞑るな。状況がわからない内に、壊滅なんて事はよくあることだ」
「うん……わかった」
涼斗から一斉に流れ込む助言を、日菜乃は一言一句聞き逃さずにいた。しかしこの仕事は世界を暗闇を担ぐ仕事だ。日菜乃は何も考えれず、ただ生き残ることだけを考えて引き金を引いた。しかし一発一発の銃弾が、日菜乃の小さな肩にこの仕事の重みを担がせていた。
「私は……強くなる……はず……なのに……」
しかし最初は機械的に行えた反撃も、その目で敵の姿を捉えるにつれて、震え途絶えるようになってしまった。
そして果たして自分が何をしているのか、自分にさえ分からなくなっていき、その場に倒れ込んだ。
「日菜乃? 大丈夫か日菜乃!」
自分の背後で失神する日菜乃に、涼斗は声のある限りで叫び、日菜乃を安全地帯に引きずり込んだ。しかしその隙を突かれ、敵は進軍を開始する。
「前田さん、敵が来ます」
「わかった。ちょうど今設置が終わったとこだ。すぐに態勢を立て直すぞ!」
しかしそれはほとんど不可能に思われた。なぜならもう敵は目前までなだれ込み、包囲網が敷かれていたからだ。
「クソっ……涼斗君、魔法は使えないのか?」
「無理です。少なくともあと5分は待ってもらわないと」
「5分も待てない……どうする……」
「どうした前田? 緊急事態か?」
「ああ。日菜乃ちゃんが失神した。そして今涼斗君と私の2人で守っているが、正直いつまで耐えられるかがわからない」
「わかった。すぐに向かう」
前田のSOSを受けて、杉本は全力で中央支部へと向かった。日菜乃には荷が重すぎる仕事だったのだ。
「涼斗君、日菜乃ちゃんを奥へ」
「了解しました」
「ミス田中は援護できそうか?」
「少し厳しい。カメラも接続できないし、それ以外のデバイスには侵入すらままならないわ」
「ならいい。杉本が到着するまでの間、この前田がお前たちの相手をしよう」
そう言って覚悟を決めた前田は、腰から二つのグレネードを引き抜き、それを廊下へと投げ込む。するとグレネードは轟音を鳴らして、周囲のありとあらゆるものを吹き飛ばした。
「涼斗君は日菜乃ちゃんを叩き起こす事に専念してくれ!」
「わかりました」
それから前田は、隠し持っていた小型のサブマシンガンを取り出して、それを使って応戦する。しかし戦況が大きく変わる事はなく、2人は体力も物資も共に消耗し続ける。
「ぐ……なんのこれしき……」
先程からの銃弾の嵐に、前田は何度も被弾していた。あと数発撃たれてしまえば、その命はもう蘇らないであろうと考えられた。
「日菜乃ちゃんはまだ起きないのか?」
「まだです! くそ……しっかりしろ日菜乃!」
呼び起こしても日菜乃は微動だにもせず、もはやこれまでかと思われたその時だった。左右の廊下からこの世のものとは思えない轟音が響いた。
「杉本が……来たのか……」
「そのようです。前田さんも奥に退いてください。そのままでは死んでしまいます」
「ああ分かった。あとは頼んだよ、涼斗君」
「はい……」
前田の傷は想像以上に深く、もはや動くことは危険だと判断できた。しかし杉本が扱うライトマシンガンの音を聞いて、涼斗は少しだけ安心する。
「逃げるぞ、日菜乃」
気絶する日菜乃に涼斗は焦りながらも落ち着いた口調で囁いた。それから涼斗は前田の傷口に包帯を巻いてから、その身体を自らの肩に預け、杉本のもとへと向かう。
「2人同時に連れて行くのは無理です。担架か何かがないと……」
「そうだな。それじゃあ俺が前田を担いで行く。だから涼斗は日菜乃を運んでくれ」
「わかりました。敵は俺の電撃で足止めします」
それから杉本と涼斗は出口へと急ぎ、その際にも敵と何度も接敵しつつ、何とか脱出に成功するのであった。最後には支部を爆破し、レコロ一同の仕事は一幕閉じるのであった。
もっとも前田は重症、そして日菜乃も心身共に傷ついていて、ただ黙り込んでいた。任務は無事に成功に終わったが、その代償はやはり重たいものであった。




