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魔法に支配された世界で~The name of magic~  作者: かんのやはこ
第一章カフェ・レコロ
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憂鬱な朝

 朝が来た。鬱陶しい(うっとうしい)朝が。


 いつも朝になるたびに、使命を果たさなければいけないと、無意識の内に考えては苛々する。

 そんな精神状態を放置し続けた結果、朝はいつも身体が重たかった。もうそんな日々にも、慣れてきてしまったが。


 布団を払いのけ、いつも通りに学校の支度を済ませ、いつも通りの通学路を、涼斗は歩いていた。

 毎日通るこの道は、驚くほど変化が見られない。

 そういったことにいちいち意識を傾けては、また見なかった振りをする。


(まあ、何もないだけましか…)


 そう思い、つまらない日常を平和として捉えていた。

 つまらない日常に変化があれば、それはなんと面倒なことだろうか…


 あの非人道的な実験は許せないが、足止めを喰らっているのも現状であった。

 そもそも最初は、今よりも現実味のない目標だったこともあり、やる気など出た試しがない。


 今は新たな仲間と共に、研究所の調査を行っている。

 しかし仲間がいたとしても、現状からは動けそうになく、それほど無謀な計画であり、苦しい状況であった。


 同じことを毎日繰り返している現状。しかし時間は待ってはくれない。

 絶望的な現状に頭を抱えるばかりの日々。涼斗は頭がおかしくなりそうであった。


(俺の人生って一体なんだったんだろうなあ…)


 そして愚かな欲によって始まった、あの研究に振り回される日常に、うんざりしていた。


 そうこうしていると学校に着き、いつも通り席に着く。そしていつも通り授業を聞き、帰る。

 平穏で平然としていてつまらなく、それなのに危険がすぐそこまで迫っているという、まさにカオスな現実に、涼斗はうんざりしていたのだ。


 それから涼斗は家には帰らず、そのままいつも通り商店街へと向かう。

 商店街に入り、入り口の左手にあるカフェ・レコロへと入り、今日も経営不況な店内を見渡した。ちなみにレコロとは、この店の看板猫の名前である。


「いらっしゃいませ、涼斗君」


 涼斗のことを認知しているこの男の名は前田。前田は表向きではこのカフェ・レコロの店員で、本職は例の研究所に探りを入れるスパイだ。

 老けた顔に、少し茶色がかった黒のショートヘアをした、40代半ばのなかなかダンディーな男だ。


 前田はレコロの店長との古くからの知り合いで、この道8年の、涼斗にとって先輩的存在だ。

 温厚な性格とは裏腹に、ありとあらゆる犯罪行為をそつなくこなせる、レコロの重要人物だ。


「こんにちは、前田さん。店長はいらっしゃいますか?」

「杉本なら今買い出しに行ってるよ」

「そうですか」


 このカフェ・レコロを営む店長は、杉本達郎だ。

 杉本はスパイとして10年活動するエキスパートで、白く薄い髪をして顔には皺がある、ほっそりとしたおじさんだ。

 立場上では前田の上司であり、レコロのリーダーであった。

 もっとも、彼らの喋り方を見れば、上下関係など塵ほども感じられないが。


「やっぱり人手不足だと、カフェの運営も大変そうですね」

「まったくだよ。客が少ないのがせめてもの救いだね」

「それは救いではないですね」


 真顔でツッコミを入れる涼斗は、前田の相変わらずの前向きな性格を、少しだけ心配した。ポジティブな性格というものは、時に怠慢を生み出してしまうのだ。

 その油断こそが弱みになりうると、涼斗は懸念しているのだ。


 そんな涼斗の心に気付いてか、前田は含みのある微笑をした後に、改まって涼斗へと真摯な視線を送り、本題を打ち出した。


「さて、確か君が調べていたのは、この町の小規模基地だったね。関係者によると、ここ桜坂町の基地は、駅前のコンビニの裏にあるらしい。コンビニの横から路地に入って、すぐの所だ」

「ありがとうございます」

「それで、どうするつもりだ?」


 静かな声で問いかけてくる前田に、涼斗は指を二本立てて、計画を伝える。


「俺が考えた作戦は二つあります。まず一つは、隣の廃墟から屋上に飛び移り、そのまま侵入する。ちなみに距離は5メートルくらいです」

「なるほど。それで?」


 静かに聴いてくれる前田に続きを話す。


「二つ目はトイレの窓を外して、そこから入る。窓を取り外す道具は揃えてあります」

「なるほど。作戦は理解した。しかし君の考える作戦はいつも不完全だねえ」

「普通の高校生に完璧を求めないでください」


 前田の厳しい評価に、涼斗は溜め息交じりで言い訳をした。

 真面目に作戦を考えてきただけに、厳しい評価を受けると、それなりに苦しいものがあるのだ。

 対する前田は穏やかな笑みを浮かべて、涼斗の言い訳を肯定するように、涼斗の肩を掴んだ。


「はは。そうだな。涼斗君に足りないのは経験だね。だが今回はこの作戦で問題ないだろう。割かし気に入ったぞ。その作戦」

「そうですか」


 困惑の色を見せる涼斗に、前田は並べて調査報告を続ける。


「それと、君が探している女の子だけど、実はかなりいいところまで特定できたぞ」

「流石です」

「初めは、研究所で同じ実験を受けて、涼斗君と一緒に逃げてきたという情報しかなくて、本当に大変だったよ。もうちょっと具体的に言ってくれれば、もっと早く見つけられたのにねえ」

「それは、申し訳ございませんでした」


 涼斗の提供した不十分な情報で、前田は結果的に目的の女を突き止めたのだ。

 またもや前田に仮を作ってしまった涼斗は、素直に謝罪と感謝の気持ちを伝えて、またすぐに真面目な面もちで新情報について尋ねた。


「ところでその子は、今どこにいるんですか?」

「予想通り、近くにいるらしい。詳しい情報は、まだ掴めていないけどね。君はあの男に、また救われたわけだ」

「そうですね。あの人がいないと今頃、俺とその子は処分されていた訳ですから。本当に感謝しています」

「まあ実の所、私もあの男に助けられてばかりいる。いつか見つけ出して、お礼を言わないとな」


 あの人とは、昔涼斗ともう一人の生存者を助けた男のことである。

 涼斗の命の恩人であることは然る事ながら、レコロ一同は彼が残した資料を基に、今まさに活動しているのだ。

 つまりレコロとしても、涼斗個人としても、その男には強い仮があるわけだ。恩を感じるのも当然のことであった。


「それじゃあ前田さん。早速ですが作戦の決行日は、明日の朝でお願いします」

「そんなに焦る必要は、ないんじゃないかなあ。まあ涼斗君がそう言うなら、大人しく従うけどね」

「ありがとうございます」


 作戦の決行は速い方が良い。それが涼斗の考え方であった。

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