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魔法に支配された世界で~The name of magic~  作者: かんのやはこ
第一章カフェ・レコロ
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クロッカスと杉本の日常

「う……う……ヒュー……ミー……うわあああああん!!」

「えーい! うるさい!!」


 任務から数時間後、杉本は自宅にてクロッカスを引き取っていた。自分の傍に寝かせ、自分も眠りについているときのことであった。

 当然といえば当然だが、つらい経験をしたであろうクロッカスは、盛大に夜泣きする。そして杉本は、これで5度めの目覚めとなった。


「こんなことなら他のやつに渡しておけば良かった」


 思い返せば、事は去り際の前田との会話が始まりであった。クロッカスを誰が引き取るか、という事であったが、一番安全である涼斗と日菜乃は既に帰宅してしまったので、仕方なく自分が引き取る事にしたのだが……


「任務の後がこんなガキくさい最悪の夜になるとは、思いもしなかったぞ」


 そう言いながらも、杉本はキッチンにてクロッカスの為に水を汲んでいた。それから泣き続けるクロッカスのもとへ戻り、だっこをして宥めた。


「良い子だ~良い子だ。そのままぐっすり眠れ」

「……う……ん」

「……」


 意識がしっかりとしていないのか、先程からクロッカスは杉本の姿を見ても、警戒の色を見せていない。それどころか、杉本に懐いたのではと錯覚してしまうくらい、杉本の言う事を聞いていた。


「はあ……お休み……まったく、こんなつらい夜はさっさと終わってくれ……」


 そんな杉本の切実な願いは無事に守られ、今晩はこれ以上クロッカスが夜泣きすることなく、夜が明けた。

 そして翌日の土曜の朝。今日は一日中レコロの経営となるので、杉本は普段よりも早起きをしていた。そしてコーヒーを沸かし、スクランブルエッグをフライパンで作りつつ、トースターでパンを焼いた。流石、バー喫茶の店長といえる手際の良さであった。これを2人分作り、杉本は寝室へと戻る。

 

「まだ寝てるのか。子供のくせに遅起きとは……まったく……」


 そう言って杉本は溜め息をついた。同時に腸が煮え返るような、激しい怒りも感じた。勿論、クロッカスに対してではなく、クロッカスをこれだけ苦しめ続けた研究所に、だ。


「ガキ共は嫌いだが……ガキ共の健全な生活を奪う、糞ったれ研究所はもっと嫌いだ」


 そう呟き、クロッカスの横に座って、その寝顔を覗き込んだ。


「……朝だぞ。もう起きろ」


 余程寝不足なのか、なかなか起きないクロッカスに、杉本は痺れを切らす。そして頬を優しくペチペチと叩く。


「う……あ……ごめんなさい! 今すぐ食堂に……って、あれ……?」


 研究場での習慣が残っているらしく、クロッカスは焦った形相で飛び起きる。だが杉本の姿を見て混乱したように硬直する。


「えーとだな……俺は昨日お前と戦ったおじさんだ」


 そう杉本が徐に伝えると、クロッカスは強張った面持ちで、後ずさりをする。だがどうやら魔法は使えないらしく、杉本が近づこうとすれば、クロッカスは手を前に突き出して杉本を拒絶する。やはり怯えている様子だ。


「来ないで……なんでもするから……実験だけは……やめて……」

「大丈夫だ。大丈夫だから! 安心しろ! 俺は実験なんかやりたかねえし、お前を殺すつもりなんてない!」

「……ほんとう……?」

「本当だ。取りあえずメシを食べるぞ」

「うん……」


 実験をしないと伝えれば、顔から不安の色が消え去ったクロッカスは、恐る恐る杉本に付いて行く。するとそこには、トーストの上にスクランブルエッグが乗せられた、卵トーストがあった。それを見たクロッカスは、すぐに目を輝かして卵トーストの釘付けになった。


「ほら食べるぞ」

「うん」

「手を合わせて、いただきます」

「いただきます」


 それからクロッカスは卵トーストにかぶりつく。その際に机や地面に幾つか卵を落として、いかにも食べずらそうにしていた。そして卵を落として床や机を汚すクロッカスに苛立ちを覚え、杉本はクロッカスを怒ろうとした。


「こらこら床に……」

「お……美味しい!!」


 しかしクロッカスが幸せそうにトーストを食べる姿を見て、そんな怒りは消えると共に、なんだか申し訳ない気持ちになった。


「きれいに食べろよ。そんなに落としちゃ食べ物が勿体ないだろ」

「ごめんなさい……」


 意外なことにクロッカスは、注意をすれば素直に受け止め、今度は卵が落ちないように細心の注意を払っていた。そして机に落ちた卵を拾って食べ、地面のものも拾おうとしたので、それは止めておいた。


「地面は汚いんだから、どんな菌があるかわからん。だから床に落ちたものは食べなるな」

「ごめんなさい……」


 それから杉本は言動とは反して、地面に落ちた卵を食べる。その様子をクロッカスは不思議そうに眺めていた。


「菌がいっぱい……」

「俺は菌に勝てる強い身体を持ってるから大丈夫なんだ。けどお前みたいな小さいやつは、菌を食べてどんな危険があるかわからない」

「へー……」 

 

 そう驚いたような呆けたような声を出すクロッカスは、それでも納得ができない様子でいた。しかし杉本がそれ以上の説明をする事はなかった。

 それから杉本は着替えをして外出の支度を済ませた。そしてクロッカスと共に家から発つのであった。


「おじさん、どこ行くの?」

「服屋だ。そんなボロ衣じゃ俺が怪しまれる」


 そういって杉本は子供用の衣料店に行った。クロッカスは昨日からずっと、汚い奴隷服のようなものを着たままなのである。

 そのため道中で、何度も訝し気な視線を向けられたのが、杉本にとっては申し訳なく感じたり、恥ずかしく感じたりと、色々な感情が渦巻いていた。 


 それから誰にも話し掛けれることなく、無事に店に到着した。

 店員さんに質問をする際も、杉本はかなり怪しまれたが、目を輝かせて服に好奇心を表すクロッカスと共に、服を5着ほど買っている内に、そんな疑いも晴れていったようだ。

 試着室でクロッカスに着替えて貰い、2人は店を離れた。その際、もとの服は店に引き取ってもらい、クロッカスは少し大きめのダッフルコートを身にまとい、淡いピンク色のフレアスカートを履いていた。


「どうだ。これだけあれば満足か」

「うん!! どれもかわいいなあ」

「そうか」


 買った服に夢中のクロッカスは、袋の中の服たちを眺めて、嬉しそうに頬を緩めていた。

 出会った時とは打って変わって、クロッカスは杉本に懐いたようで、柔らかい表情で杉本と会話をするようになった。


「おじさんは研究所にいた人なの?」

「いや。俺は研究所とは何の関わりもない」

「それじゃあ……おじさんはカレー食べたことある?」

「そりゃあるぞ」

「私、カレー大好き」

「そうか」


 それから杉本は、レコロまでの道のりをクロッカスと共に話をして進んだ。その際に、杉本は頭でレコロの冷蔵庫の中に、カレーの具材となるものの在庫を考えていた。

 そして2人は無事にレコロに到着して、裏口からレコロに侵入した。


「おはよう杉本。夜泣き、大丈夫だったか?」

「お前なあ……知っていたのなら何故教えてくれなかったんだ!」

「すまない。それじゃあ杉本が、クロッカスのことを引き取ってくれないと思ってね」


 意地悪さを含めた笑みをする前田に、杉本は頭を抱える他なかった。そんな会話を、クロッカスはチンプンカンプンといったような様子で見ていた。


「それよりもお嬢ちゃん、きれいな服になったね。あとは風呂と髪型だね」

「え……と……うん……」


 しかし前田が目線の高さを合わせて、クロッカスとの会話を試みると、見事にクロッカスは杉本の後ろに隠れる。そんな姿に前田は少々戸惑いつつも、口端を吊り上げた。


「すっかり懐いたようだな」

「できれば懐いてほしくなかったがな」

「そんなこと言うなよ」

「おじさん……私のこと、嫌い?」


 涙目の上目遣いで訴えかけるクロッカスは、杉本の服を強く掴んで、せがむような体勢となっていた。事実、杉本はクロッカスのことが嫌いというわけではない。だが子供嫌いな上に、夜泣きで苦しめられたとなると、杉本がクロッカスに不満がある事も、また事実であった。しかしそんなことを、この幼く可愛らしい少女に、言えるはずもなかった。


「嫌いじゃねえよ」

「ほんと……?」

「本当だ」

「うん……」


 杉本が嫌いじゃないと言えば、クロッカスは喜ぶようにして、強く抱き付いた。そんな光景を、前田は微笑まし気に見ていた。


「なにがともあれ、クロッカスちゃんが懐いたようで良かった。取りあえずこの子はこれから杉本が家で保護するようにしてくれ」

「待て待て。お前や涼斗に任せるってことはできないのか?」


 意地でもクロッカスの夜泣きから逃れたい杉本は、前田に相談を持ち掛ける。しかし前田はこちらも意地を張って譲ろうとしない。


「できない」

「日菜乃なら喜んでくれそうだが……」

「日菜乃ちゃんや涼斗君は学生だろ。学生に子育ては難しいんだ」

「ならお前がやればいいだろ」

「なあ杉本、いい加減子供嫌いを治してもいいんじゃないのか? つらい気持ちはわかるが、それはこの子も同じだ。だからこの子となら、お前も少しは変われるんじゃないのか」


 真面目な面もちで。前田は杉本を説得しようとする。前田の考えを受けて、杉本は遠くを見るような目で深く考える。しかしふとクロッカスに視線を移すと、彼女は不安気な表情をして、杉本のことを見つめていた。その為、杉本も早急に決断を下した。


「わかった。前田の言う通り、俺が引き取る。ただしお前もクロッカスの受け入れ態勢をしておけよ。俺もいつまで耐えられるかがわからない」

「ああ勿論だ。またあれを思い出すようなら、こちらで引き取る」


 それから杉本はかがみ込み、クロッカスの頭に手を置いた。


「安心しろ。これからは俺がお前の親になる。もう1人になんてさせない。俺たちが、ここにいるレコロの奴らがお前の家族だ」


 そう言って杉本はどこか慣れた手つきで、クロッカスの頭を撫でた。

 対するクロッカスはパッとした明るい表情で、杉本に抱き付いた。


「パパ、大好き」

「理解が早いな、クロッカスちゃんは」

「まったくだ……」


 それからクロッカスは、杉本の腕の中から離れようとしなかった。

 当初の予定では、この回で涼斗くんや日菜乃ちゃんも登場させる予定だったのに。店長とクロッカスちゃんのやり取りとか書いてるうちに、クロッカスちゃんにハマってしまった……これからずっとクロッカスちゃんのほのぼのした話を書きたい気分です。ちゃんと研究所の話とかも書くけどね!

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