クロッカス
翌日、レコロ一同は桜坂町中央支部の周辺にて集合していた。昨日同様、任務は夜分遅くに実行された。
業務連絡は事前に電子メールにて完了されていた為、一同はクロッカスについての話題で持ちきりであった。
「例のクロッカスだが、俺は花言葉の『あなたを待っています』ってやつが本命だと思う。昨日の学校といい、なんだか静かすぎた」
杉本が自身の考察を述べる間、他の面々は黙って何かを考えているようであった。恐らく涼斗以外のメンバーも、クロッカスについての調べをしてきたのだろう。皆の顔に緊張の流れが見られた。
「ま、わからないことをいつまで考えたって意味がないだろう。取りあえず中に入るぞ」
「はい」
杉本の合図に涼斗のみが返事をした。前田はまだ考え事に耽っている様子で、日菜乃も同じらしい。
そんな2人を見受けて、杉本が微笑する。
「そんな緊張すんなって。俺たちなら乗り越えられるさ」
「ああそうだな。すまない」
「すいませんでした」
「おう。それじゃあ行くぞ」
日菜乃と前田もクロッカスのことは忘れて、レコロ一同による任務は始まった。
中央支部の裏口から、鍵を使って易々と侵入する彼らは、杉本を先頭として進行を開始した。迷路のような廊下を進み、目指す場所はこの施設で行われている陰謀についてのデータであった。そして生き残った実験体の確保も目指すのであった。もっとも実験体がここにいるならの話だが。
「おかしい……」
ふと杉本がそう呟いたので、前田は警戒態勢に入って杉本とのコミュニケーションを始める。
「どうした?」
「警備員の姿見当たらない。それに静かすぎるし、部屋の数も少なすぎる」
そんな杉本の危惧する事は、他のメンバーも感じている事であった。そんな一行は、それでも前へと進み続ける。それから数分して、やがて彼らは大広間へと出た。
「あれは……」
音がよく響く大広間にて、1人の幼女が座り込んでいた。その姿は悲し気で、幽霊のようにも見えた。 だが彼女が実験体の成功品という可能性があるので、前田と杉本はゆっくりと近寄った。その様子を、涼斗と日菜乃は遠くから見届けていた。
「大丈夫かい? 私がここから出してやろうか、お嬢ちゃん」
そう言って前田は手を差し伸べる。その声を受けて、彼女は視線を上げる。
「ヒューミーは……?」
そう少女は弱々しい声で言った。しかし当然前田も杉本も、その名前に聞き覚えがないので、驚いたような表情をした。
「もう1人いたのか? その子はどんな子だった? おじさんが探すよ」
そう言って前田は、少女に向かって優しく笑ってみせた。しかし彼女の顔にはまだ不安が残っており、次の瞬間にはまたしても顔を伏せた。そして嗚咽を上げて泣き始めた。
「ヒューミー……おじさんたちが殺した……」
「なんだって!?」
「おじさんたちが殺したんだ!」
「うぐっ……やめろ」
そう叫び、少女は前田の胸倉を掴む。その様子を見ていた杉本は、瞬時に誤解を解こうとする。
「待て待て! 俺たちは殺してなんかいないさ。むしろ俺たちだって奴らに殺されるかもしれないし、あそこにいる涼斗と日菜乃は、お前と同じ境遇にいた人間だ。だから俺たちを信用してくれ」
杉本が必死に弁解を図るが、少女の怒りはもはや抑えられないほどのものになっていた。
「許さない……おじさんたちがヒューミーを殺した……だから、私がその仇を討つ!」
「くそ……涼斗、日菜乃! 逃げる準備をしろ!」
「はい!」
前田の咄嗟の指示に涼斗と日菜乃は従う。が、次の瞬間に謎の砲撃によって、出口が瓦礫によって塞がれてしまう。
「ぐっ……前田さん、出口を塞がれました」
「くそっ……ならここでやり合うしかないのか……」
先程の少女が炎を操る姿を見て、前田はそう呟く。そんな絶体絶命なレコロ一同は、少女との交戦を始めた。
「涼斗! 日菜乃! 今からこいつと戦うぞ。ただ絶対に殺さないようにしろよ。こいつは保護対象だからな!」
「わかりました! 日菜乃、銃を使って相手を威嚇するんだ」
「わかった」
「気を付けろ! この子が恐らく例のクロッカスだ!」
そんな前田の注意喚起を受けてから、レコロ一同とクロッカスと思しき少女との戦闘が始まった。
少女クロッカスは淡い炎を身にまとい、その長い髪をメラメラとなびかせていた。
「絶対に……殺す!!」
重く暗い眼差しで、クッロカスはそう誓う。それから助走をつけてから飛びかかって来た。
「前田と俺でクロッカスを食い止める! その間に涼斗は魔術を起動させてくれ! 日菜乃は後方援護を頼む!」
『了解!』
杉本の指示通りに陣形を組み、臨戦態勢が整う。それから杉本と前田が拳銃によって威嚇し、クロッカスの注意を引く。
「おいでお嬢ちゃん! 私たちが相手しようじゃないか!」
「許さない……フレイム・アロー!」
「危ない!」
クロッカスが魔法の詠唱をすると、その頭上に大きな火の玉が現れる。そしてその火の玉を前田目がけて投げてくる。
だが前田も杉本の報告を聞いて、咄嗟に横へ避ける。
「クロッカスは一撃の威力が多きい、高火力の炎系魔法だろう。ただ媒体が幼い分、制御もままならないらしいな!」
短時間での分析結果を全員に伝える杉本は、クッロカスとの距離を取る。するとクロッカスは前田と杉本を交互に見て、戸惑う様子が見られた。戦闘慣れしていないことがハッキリと見受けられた。
「シーカーシークエンス起動完了。前田さん、店長! 俺も行けます!」
「わかった。涼斗は全力の電撃砲を、塞がれた出口に放射しろ! その間は俺たちが時間を稼ぐ!」
「わかりました! サージ」
杉本の指示を受けて、涼斗は全身の魔力をその右腕に集中させる。それを受けてか、クロッカスが唇を噛んで魔力の放射を、涼斗に向けて始める。しかしその魔法は、先程のものと比べればやけに威力が小さいものであった。
「威力が小さい……? 魔力切れか? いや幼いからって、こんなに早く魔力が消耗する事はないはずだ……てことは……そういうことか! 前田、ケリを着けるぞ!」
「とはいっても、どうするつもりだ?」
2人して間隔を空けて、クロッカスの意識が撹乱させていたが、杉本は前田に駆け寄って耳打ちをする。それを見たクロッカスはイラついた様子を露にした。
「なるほど! わかった。それじゃあ私がクロッカスを受け止める」
「任せたぞ。それから日菜乃、クロッカスに話し掛けてくれ。あいつは恐らく……」
遠巻きで耳を傾けていた涼斗だったが、2人の会話は聞き取れずにいた。だがそれと同時に、魔力の装填が完了する。
「終わりました店長!」
「よし。すぐにそれを出口目がけて発射しろ!」
「わかりました。電撃砲、行きます!!」
そんな涼斗の合図を境に、涼斗の右腕には大きな電力が発生したかと思うと、次の瞬間全ての電力が直線上に放射される。そして瞬く間に瓦礫が音を成して崩れ、見事な出口が出来上がる。
「よし。よくやった涼斗! あとは頼んだぞ、日菜乃!」
「はい!」
それから日菜乃はクロッカスへと徐に接近し、それから銃を捨てて説得を試みる。
「クロッカスちゃん……あなたのことはよく知らないけど、でも私達はあなたに危害を加えるつもりはないの……」
「説得なんて、できるのですか?」
「わからない。が、あのクロッカスは恐らく、実験体だったお前たちのことは、攻撃したくないみたいだぞ。まあ俺のただの予測に過ぎないが、勝算はあるし、お前が案じずとも日菜乃の安全は絶対に守る」
「それならいいんです。ですが本当に説得するのを、待つだけでいいのでしょうか? もし日菜乃に攻撃が来れば……」
「いいから黙って見てろ。お前の不安さが、クロッカスに伝わると厄介だ」
「はい……」
日菜乃が心配でたまらない涼斗も、杉本を信頼してじっと耐える。するとクロッカスは悩むように頭を抱えていた。
「ねえ目を覚まして。本当はあなたもこんな事は望んでいないはず。だから私たちと一緒に行こう、外の世界へ」
「い……や……もう……何もしたくないし……何も見たくない!!」
そう叫び、苦しむクロッカスは、同時に暴走状態のようなものに入る。火の粉をまき散らし、クロッカスの周囲の炎が、全方位に放射される。
「逃げるぞ! これに巻き込まれたら大変な事になる!」
「涼斗君も日菜乃ちゃんも行くよ!」
「はい」
「でもクロッカスちゃんは……」
「大丈夫だ。きっとクロッカスは生きている。それにこの状態ならどのみち俺たちの手には負えない」
「……わかりました」
それから4人は出口目がけて全速力で走る。その背後には大きな炎が火柱となって襲い掛かって来ていた。
「涼斗! 魔力で相殺できるか?」
「やれるかはわかりません。ですが、ここで躊躇っている暇もありません」
そう呟くように言い放ち、涼斗はもう一度クロッカスの方を見やる。それから右手を掲げて、電撃砲の準備をする。
「全力とはいかずとも……」
願望を口にしつつ、涼斗は電撃砲をすぐさま発射する。先程に比べ、装填の時間が短い為、威力には期待できない。しかしそれでもクロッカスの、火柱を分散させられるほどの魔力は、放出できたようだ。
火柱は上下左右に広がり、すぐに鎮火した。
「大丈夫だったようだな。急ぐぞ、クロッカスの安否を見に行かなければ」
無事にクロッカスの炎に燃やされる事なく、レコロ一同は先の場所に戻る。
慎重に先程の大広間に出ると、辺りは焼け焦げており、一部は熱伝導によって赤く熱を帯びていた。
「気を付けろ。赤い所は温度が上がってるから、なるべく踏まないように」
「ああ……だがそれにしても、クロッカスは異常な程、魔力を持っていたみたいだね」
「そうですね。まるで太陽のようでした」
「言われてみればそうだな……コロナのようなおぼろげな炎をまとい、プロミネンスのような熱噴射をする。そしてまるで恒星のような、輝かしく明るい容姿……黒点のような暗く冷たい心の内……本当だ。クッロカスちゃんには太陽と共通する部分が多い」
「……俺はそこまで言ってません」
前田の一人歩きした考察は放っておき、一同は倒れ込んだクロッカスのもとに辿り着く。クロッカスは、身体中に火傷を負っていた。その為、レコロ一同としては、この状態で長く放っておくわけにはいかないので、今回は早急に帰還する事になるのであった。
「日菜乃、初任務お疲れ様」
「うんお疲れ様」
無事に任務が終了したというのに、日菜乃は浮かない顔をしていた。その為、涼斗放っておけず日菜乃に事情を聞いた。
「どうした? 疲れたか?」
「うん。それに、クロッカスちゃんが心配で……」
どうやら怪我を負ったクロッカスのことが、心配でたまらなかったらしい。しかし涼斗も同じく、心配で仕方がなかったので、クスッと笑ってやった。
「そうか。だけどきっと大丈夫だ。彼女は強いから、これくらいじゃ死んだりしないはずだ」
「そうなのかな……」
「ああ。きっとそうだ……」
言葉とは裏腹に、不安気な声色で語る涼斗は、少し奥の景色に目をやりながらそう言った。その為、今度は日菜乃が笑う。
「そうだよね。この子ならきっと大丈夫」
夜分遅くなので小さな声ではあったが、それでもこの時の日菜乃の声は明るく、元気づけられるものだった。




