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魔法に支配された世界で~The name of magic~  作者: かんのやはこ
第一章カフェ・レコロ
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訓練の日々

 日菜乃の訓練が開始したあの日から、訓練は順調に進められていた。初めは主に体力の増強を行っていたが、2週間ほど経てば体力面は少しずつ改善されていった。

 勿論学校に通いながらの訓練ではあったが、身体を壊さないために週に3日の休みが用意されていたので、無事大きな問題なく継続できていた。

 一方で前田と杉本に関しては任務が予定以上に長引いているため、顔を見る事はあっても訓練まで一緒になる事はなかった。

 季節はクリスマスムードの11月の下旬。日菜乃の訓練は未だに終わりが見えず、体力が少し付いたくらいでは、毎日のように繰り返される作業に慣れる見込みもなかった。

 しかし日菜乃の情熱とやる気だけで今は継続できているので、涼斗は自分に問題があると考えていた。なので涼斗は休日を利用して涼斗はいつもと違う訓練を提案しようと考えた。

 その内容は対人戦の実戦練習だ。

「今日の訓練は準備運動後にすぐ俺と実戦をしないか? そろそろ対人の仕方とかも教えないといけないし」

「実戦……分かった」

 準備運動に杉本流筋トレを行い、早速対人戦を始める。

「さて実戦だがまずは自分で考えて戦え。その後に俺が正しい対人術を教える」

「分かった」

「それじゃあ……」

 合図と共に涼斗は日菜乃のもとへ一直線に走る。対する日菜乃は涼斗が攻撃範囲に入るまで動きを観察しようと試みる。しかし涼斗の動きは予想以上に速く、日菜乃が頭で考えようとしている時にはすでに、涼斗の攻撃は始まっていた。

(速くて動きが見えない)

 動きの速さと経験の差から、日菜乃は頼りない勘だけを頼りに防御に徹する。しかしその防御も不完全なもので、涼斗の容赦ない蹴りが横腹を打つ。

「ぐっ……」

 激しい痛みと共に日菜乃はすぐに地面へと投げだされる。そのまま横たわった日菜乃に即接近し、蹴りを入れる寸での所で、動きが止められる。

「今の自分の動きのどこに課題があるか、分かるか?」

 蹴りが日菜乃に入れられる事はなく、涼斗は問いかける。対する日菜乃は横腹を押さえながら立ち上がり、予測を立てる。

「攻撃を受けるばっかりで攻撃をしなかったこと。それとすぐに立ち上がれなかったこと」

「その通りだな。日菜乃が言った通りに攻撃をしなかったことと、すぐに立ち上がれなかったことだ。あの蹴りは急所を避け、力も抑えたものだ。おそらくお前でも痛みに耐えて立ち上がることができたはずだ。とは言え初回から痛みを我慢して戦えなんて言わない。ただ実戦の時は気を付けろと、そう言いたかっただけだ。それに初回でここまで理解できているなら、心配する要素はないな」

 横腹の痛みもしばらくすれば消え、日菜乃は再び涼斗へと立ち向かう準備が整う。しかし涼斗は構えをやめ、戦う姿勢を解いた。

「流石努力家は違うな」

 涼斗が軽く茶化すと日菜乃は頬を赤く染める。そして涼斗は少しの間笑ったかと思えば、すぐに真面目な顔つきに戻っていた。

「それとお前が指摘したこと以外にも課題はある。例えば相手を見極める際に距離を取らなかったこと。攻撃を受けるときに防御をしなかったこと。それと俺の攻撃を一方的に受けている劣勢状況で、打開策を見出そうとしなかったことだ。勝負をするときは客観的な視点で考察することは重要だ。必ず覚えておけ、と前田さんが言っていた」

「そう……なんだ」

「いったん予習と整理を兼ねて休憩しろ。ほら飲め」

 休憩時に涼斗は自家製スポーツドリンクを差し入れする。訓練のときはそのドリンクを日菜乃は密かに楽しみにしている。なので日菜乃は嬉しいそうに頬を緩めると、涼斗が少し顔をひきつらせて注意を入れる。

「気を緩めすぎるなよ。予習と整理のための休憩だからな」

 という涼斗の発言は、今や口癖のようなものとなっていた。

 休憩後、涼斗は日菜乃に対人術を教え込む。距離の取り方、立ち回りや頭の使い方。そのために何を見るべきか、どう動くべきか等々。

 一通りの指導が終わり、日菜乃と涼斗は再び模擬戦を行う。とは言えたった一回の指導で変化が見られるはずもないのだが。

 午前は終始涼斗の圧勝が続き、日菜乃は身体的限界を迎えていた。その姿を見て涼斗は休憩を入れることにした。

「昼にしよう。次の開始時刻は30分後の1時だ」

「うん。それじゃあご飯を食べよう」

 そう言って日菜乃は2人分の弁当を取り出し、その片方を差し出す。

「いつも悪いな。訓練に学校にその上弁当まで作るとなると疲れるだろ? たまには俺が昼を用意するぞ?」

「ありがとう。でも弁当を作るのが楽しみだから大丈夫だよ」

「そうか。それならいいんだが……」

 訓練を開始した次の日、つまり2週間前の日曜日の話である。涼斗が昼飯にコンビニ弁当を食べている事を日菜乃は良く思わなかったらしく、休日の訓練の際には毎回日菜乃が手作り弁当を持参することになっている。それを貰い、涼斗は健康面で日菜乃に助けられているのであった。そのため涼斗はここ数日間料理を学ぼうとすら考えている。

 楽しい昼休みが終われば次は座学である。対人や任務中に使える知識を叩き込んでいるのだ。その後また身体を動かす訓練に移る。

 そんな風にして休日の訓練は行われている。

 時折涼斗は訓練を重ねる過酷な日々に、日菜乃がストレスを抱えていないかと気になっている。しかし本人は一切つらいといった旨の言動や行動を起こさない。それが表情にすら現れないため、涼斗はもしかすると日菜乃が訓練をストレスなく楽しんでいるのではと、錯覚させられるくらいであった。

 それから日菜乃の訓練は日ごとに過酷さを増していき、ついに12月に突入した。

 約1ヶ月でアスリート級の身体能力が身につけられるわけもなく、いくら体力が増したとは言えど、今もまだ任務には向かない状態である。

 しかしそれを踏まえても、涼斗は日菜乃の著しい成長に驚かせられていた。

(1ヶ月で杉本流をマスターし、更に動きの鈍りも減った。最初は長くなると思っていたけど、案外日菜乃には才能があるのかもしれないな)

 12月に突入してから涼斗は何度もこんなことを考えていた。実際は才能ではなくやる気だけでこれだけの成果を出しているのだろう。

 日菜乃だけに苦労を掛けるわけにはいかないので、少ない休日には共に料理を学ぶために、レコロを利用した。そして涼斗の料理訓練に日菜乃は何度も

 多忙な毎日を過ごす2人は、学問においての調子は右肩下がりで、成績は目も当てられないものとなった。

 しかし毎日日菜乃と過ごし、訓練も問題なく進んでいるため、案外涼斗はストレスを感じていなかった。

 そんな多忙ながら充実した日々に涼斗は、楽しさすら感じられここまでの人生で感じたことのない幸福を感じていた。

 そしてなによりも涼斗自身に大きな変化生じたのは朝だった。今の涼斗には最早1か月前に感じていた、だるさや焦りはほとんど感じていなかった。

 日菜乃はというと、実に勤勉で毎回の訓練を集中して取り組み、著しい成長を遂げていた。もっとも涼斗ほどの幸福を感じているかは別の話だったが。そのことこそ涼斗が持つ悩みである。

 毎日の過酷な訓練にストレスを感じていないか。学校でのいじめに疲れを感じていないか。毎日そのことを考えていた。そのため訓練終了後は必ず夕食は共にし、休日に出会う際は普段の倍以上は彼女に気を使った。その結果、「そんなに気を使わなくても良いよ」というのが日菜乃の決まり文句となった。

 12月6日。その日、涼斗は前田と杉本と久しぶりの再会を果たした。勿論日菜乃も一緒だ。

 涼斗の携帯に1通のメールが送られ、その内容はレコロで会おうという旨のものだった。

 指示通り日菜乃と共にレコロに行き、扉を開く。扉の先には前田と杉本が表向きの、すなわちレコロの仕事をしており、約1ヶ月ぶりのレコロの営業となっていた。

「よう! 久しぶりだな涼斗!」

「前田さんも店長もお久しぶりです」

「日菜乃ちゃんも久しぶり。訓練には慣れたかな?」

「お陰様で少しは慣れてきました」

「そうか。それなら良かった。涼斗君も上手くできているか?」

「はい。上手くやれている自信はありませんが、日菜乃が優秀なのでなんとか。前田さんこそ何か掴めましたか?」

「ああ。だから今日は久しぶりにレコロの営業をしているんだ。任務の詳細はまたバンカーで話す。それよりも今日は訓練をしないのか?」

「今日は休みにしました。前田さんや店長と会えるので」

「そりゃあ丁度良かった。今日はレコロで働いてみないか? 初バイトだぞ」

 どうやら今日の集合はバイトのためだったらしく、本日の裏レコロは休業らしい。おそらく1ヶ月間にも渡る長期の仕事に、疲れ果てているのだろう。2人して任務についての話は1つもする気はないらしい。

「分かりました。それでは今日は初バイトといきましょう。日菜乃も一緒にやるか?」

「勿論!」

 全員の意見が一致したため、レコロ一同開店向けて準備を始めた。店内の掃除等を基本とし、仕事は始まった。しかしいざ開店するとその客の少なさもあり、仕事らしい仕事はほとんどなかった。

 そのためレコロは以前までと然程変わらない景色が広がっていた。

「なあ涼斗、訓練はどんな調子で進んでいる? やっぱり時間がかかりそうか?」

 決して暇を持て余しているわけではないが、杉本が涼斗に耳打ちする。それを受け涼斗は窓を拭いている日菜乃を眺め、この1ヶ月間を思いやる。

「案外順調に進んでいます。当然といえば当然ですが、まだ任務には出せるほどではありませんけど」

「そうか。杉本流9つの訓練も叩き込んだか?」

「はい。きっちりと。しかも日菜乃はもう難なくこなせるようになっています」

「本当か? お前の時もそうだったが、成長が予想以上に速いな」

「そうですね……ただ日菜乃は本当に熱心ですから。長期休暇を設けたいくらいです」

「そうか。順調そうでなによりだ」

「さっきからそう言ってます」

「そうだな。それよりもクリスマスぐらいは日菜乃になんかしてやれよ。ああ見えて疲れてるだろうしな。それと日菜乃の学校での調子はどうだ?」

 日菜乃は過度のいじめを受け、精神的にも身体的にも深く傷を負っていた。おそらくそのことを気にしているのだろうが、涼斗はくすりと笑みをこぼし、口を開く。

「それには心配ありませんよ。以前の日菜乃はやられっぱなしでいましたが、今は少し反発できるようになっています。反発すればいじめっ子たちも退いているので、以前ほどは酷くありません。俺も日菜乃がこれ以上いじめられないように、日菜乃と過ごす時間を増やしてなるべく1人にしないようにしてます。そんな結果日菜乃の味方をする人も少しは出てきました。なので日菜乃も少し気持ちが軽くなったと言っています」

「そうなのか! お前も分かるようになったじゃねえか!」

 涼斗の話を聞いて杉本はからからと笑らい、涼斗の頭を撫でまわした。いつもなら嫌がる涼斗も今回ばかりは素直に受け入れていた。

「ただ1つ問題がありまして、対馬広居は以前にも増してイライラした様子で、日菜乃に対するいじめもエスカレートしていまして。そこで考えたんですが対馬と直接話をして、いじめを止めさせられないかと思うんです。あいつもストレスとかのせいで、あんなことをしているのかもしれません」

 涼斗が以前と変わってあまりにも穏やかに話しを進め、且つその内容も平和的で合理的だったため、杉本にはその変化が嬉しく感じた。がははと大声をたてて涼斗の背中をバシバシと叩いている。

「あんなに冷酷で、自分のことしか見えていなかったお前が、今や敵にも情を分けるとはな! ちっとは成長したのか? まあそんなことはどうだっていい。問題は対馬が友好的かどうかだ。もしお前が近寄っても対馬が否定的なら説得は厳しいだろうな。だがまあどうなるかは俺にも分からん。ただお前ならきっと出来るだろうな!」

 少し無責任ながらも大人の責任を果たす杉本は、次の瞬間には葉巻を口から離して宙を仰いだ。

「お前も少しは考えるようになったんだな。やっぱ一度は指導する側になるべきだろう? 新しいことが見えてくる」

「そうですね……」

 杉本の言葉に口では共感しつつ、本心は違っていた。

 新たな、と呼ぶには少し違っている。ずっと昔から知っていたような。ただ今までは遠くて、手を伸ばしても決して掴むことのできなかったような。そして昔の自分には少しだけ理解していた気持ちだった気がしていた。涼斗が感じている感覚はそんな感じであった。

(遠い昔にこの気持ちを何と呼ぶのか、教えられた記憶がある。ただ曖昧過ぎて到底思い出せそうにない)

 1人真相を追いながらも、決して導き出せない心の名前をそっと胸の奥にしまい込み、涼斗は我に返って仕事に取り掛かった。



ハイライト的な

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