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魔法に支配された世界で~The name of magic~  作者: かんのやはこ
第一章カフェ・レコロ
12/29

バンカー

「ようこそ、俺たちのバンカーへ」

 そう言い涼斗は広いバンカーを背に、両手を広げて笑った。

「広い……ここで訓練を?」

「ああ」

 目を見開いて感嘆の息をこぼして、日菜乃は驚くばかりであった。そんな日菜乃の姿に、涼斗は嬉しそうに笑っていた。

「ロマンだな」

「ロマン?」

 頭の上に疑問符を浮かべ、日菜乃は理解できないといった風に涼斗を見つめていた。そんな日菜乃を放って、涼斗はバンカーの奥へと進む。

「まずは銃だ。使う場面は限られているが、銃も使えないであいつらに勝てるはずがない。だから銃の使い方を覚えて、銃を不自由なく扱える身体にするところからだ」

 日菜乃に説明をしながら、涼斗は木箱の中を探っている。木箱の中には黒い塊があり、たくさんの銃がぎっしりと積められていた。

「これを……?」

「そうだ。ただのハンドガンだが連射はしないように。肩を壊すぞ」

「うん。わかった」

 涼斗の忠告を呑み、日菜乃は黒い殺傷道具を受け取る。そして銃を見つめ、自分の手の中にあるものが人を殺すのだと。そう感じた日菜乃はただ黙って立ち尽くす。

「あんまり硬く考えるな。実際俺もまだ銃で人を殺した事はない。実戦で撃ったことはあるが、威嚇射撃か物に対してだ」

「そう……」

 それでもまだにわかに信じられずにいるのか、日菜乃はただ立ち尽くして葛藤している様子だ。

 しかしそれも束の間の事で、すぐに日菜乃は顔を上げて涼斗へと視線を移す。

「やってみる」

「よし。それじゃあまずは準備運動だ。肩周りの運動と膝や腰の運動もしておくこと。それと今日から筋トレを義務付ける。今日はもういいが、ランニングもなるべく毎日やるように」

「わかった」

 素直に頷いて日菜乃は準備運動に取り掛かる。当然涼斗も見ているだけではなく、日菜乃の動きに従う。

(本人も案じているように、日菜乃の深刻な課題は体力面だな……それをいかに早く克服するかだな)

 横目で日菜乃を見て率直な意見を感じる。動きは鈍く、少し動いただけで苦しそうにしていた。

「終わったよ。次は何をすれば?」

 準備運動は速めに済まし、日菜乃は準備万端の状態で涼斗に話し掛ける。その問いに涼斗は1つ頷いた後に口を開く。

「壁を撃つんだ。初めは一発ずつゆっくり撃っていけ。少し慣れたと思ったら一定のリズムを保って撃て。ただし今日は絶対に連射するなよ」

「分かった」

「問題があれば俺から意見させてもらう。それと困った時はすぐに俺に話し掛けろ」

「分かった」

「それじゃあ早速あそこら辺を撃ってみろ。痛いと思うし怖いと思うだろうけど仕方ないことだ。だから慣れろ! それとこのヘッドホンを着けろ。音が大きいから気をつけろ」

「分かった。じゃあ撃つよ……」

「ああ……」

 指示されたままにヘッドホンを身に着け、日菜乃は銃を握り締める。

 それから会話は途切れ、日菜乃はただ銃口をまっすぐ壁に向け、集中している様子だ。そんな日菜乃を涼斗はただ黙って見ていた。

 微かに日菜乃の手は震えていた。が、トリガーに掛かる指は、僅かながらも動いてはいた。

バン……

 広いバンカーに発砲音が轟き、反作用によって日菜乃の身は後退する。そして日菜乃は汗をびっしょりと滲ませ、肩を上下に動かして黙りこんだ。

「……はあ……はあ」

「あんまり感情を入れすぎるなよ」

「うん……」

 近い将来に、人を撃つかもしれないと考えているらしく、日菜乃は苦しそうにしていた。

バン…… 

 二発目の銃弾が放たれ、またしても日菜乃は後退する。そして銃口を下げトリガーから指を抜く。右手を胸に当て、静かに呼吸をする。

「苦しいか?」

「うん……」

「無理するなよ」

「うん……分かった」

 涼斗の助けもあり、日菜乃は全弾撃ち切る。銃はカチカチと音を鳴らして、バンカー中に弾が尽きたことを知らせている。

「弾切れか。まず日菜乃の射撃だが、肩に力が入りすぎてるせいで毎回ばらばらの場所に飛んでいる。もっと肩の力を抜け。それと腕と身体全体の反動が大きすぎる。筋肉をつけろ」

「分かった」

「今日の銃の練習は終わりだ。という訳でここからは店長流筋トレ講座だ」

「店長流……筋トレ講座?」

 涼斗の意味不明な発言に日菜乃は困惑せざるをえなかった。

「そうだ。まずは腕立て100回だ。カウントは俺がするから付いてこいよ。遅れたら遅れた分だけやってもらうからな」

「う……うん……」

 腕立て100回という驚異の数字に、日菜乃の顔から血の気が失せる。それでもやるしかないので、渋々地面に向かって腕を立てる。

「それじゃあいくぞ。1、2、3……」

(はやっ!) 

 予想を遥かに超えた腕立ての速さに、日菜乃は早速遅れをとりそうになる。それでも遅れまいと腕に全神経を集中させ、続ける。

「8、9、10……」

 しかし落ちることのない涼斗ペースに日菜乃は早くも息を上げる。顔には熱を感じ、腕はぷるぷると震えだす。

(8、9、10……もう止めたい)

 初めて十数回にて日菜乃の心は折れつつあった。

「14、15、16、17……」

(14、15……16……17……遅れた……)

 そしてついに、日菜乃は遅れをとってしまった。一度遅れてしまえば、その回数は離れていくばかりで、すでに日菜乃の心は限界を迎えていた。


「98、99、100……終わったな」

 涼斗のカウントが終わると当時に、日菜乃は赤く染まった腕を地面にべったりと付けた。その表情は苦しみを絵にかいたものだった。

「疲れた……」

「休憩はなしだ。あと何回だ?」

 キリっとした顔つきで喋る涼斗に、恐怖さえ感じつつ日菜乃は恐る恐る残り回数を伝える。

「今57回目が終わったところだから……あと43回……」

 荒い息の中、やっとの思いで伝える日菜乃に、涼斗は険しい顔つきになる。

「……そうか。それじゃあ俺も付き合うからあと43回やるぞ」

「分かった……」

 顔は歪みつつ、日菜乃はもう一度あの地獄のフォームに戻る。そんな姿を確認し、涼斗はまた声を上げた。

「1、2……」

「1……2……」

「遅いぞ」

「う……ん」

(それにしても43か。多すぎるなあ……どうすればこの運動音痴は直るのだろうか……まあ弱音を吐かないだけましだが)

 初めての訓練にして日菜乃の課題は大きく、涼斗のときのようには上手くいかにだろうと、予想できた。

 だがこの時には日菜乃の表情は以前とは打って変わっていたのだ。


「99、100……やっと終わった……」

「日菜乃……」

 100回の腕立てを終え、達成感に浸っている日菜乃に、涼斗はためらいがちに話し掛ける。

「大変言いにくいんだが……この調子だと一年経っても前田さんや店長ほど動けるとは思えない」

 ゆっくりと、大ごとではないように告げる涼斗は、日菜乃の反応を見て冷や汗をかく。日菜乃はその場に固まったまま動けそうになかった。絶望を目の当たりにしていると、涼斗は感じた。

「日菜乃? 大丈夫か?」

 涼斗が声をかけても反応はなく、日菜乃は意識を宙に泳がせたようにふらふらとしていた。

「ごめん涼斗君……ちょっとだけ考えさせて……」

 荒れた息遣いが戻る気配もなく、日菜乃は生を失った眼差しで地面を見つめていた。日菜乃の頼みに涼斗は黙って応じる。

 それから息が落ち着き始めた頃に、日菜乃がゆっくりと口を開く。

「初めてでこれじゃあ時間かかりそうだね。でもあいつらを倒すためには時間なんてかけていられない」

「そうだな。だが続ければ結果は変わる。今日は休んでも良いから明日……」

 変わることのない日菜乃の絶望の眼差しを案じて、涼斗は日菜乃のやる気を重要視する。しかしそんな涼斗の発言を遮り、日菜乃は体勢を整える。

「だから次は何をすればいいか教えて!」

 日菜乃から告げられる発言に、涼斗は瞬く間に言葉を失う。

「でもムリは……」

「ムリはしない……範囲でやるからさ。だから次は何をすればいいの?」

 そんな日菜乃に涼斗はある事を思いだす。

 あの日学校の屋上での会話だった。日菜乃をレコロに勧誘するために、涼斗は日菜乃を説得しようとしていた、あの時だ。あの時、涼斗は確かに感じたのだ、日菜乃に対する可能性を。

 そんな日菜乃の中にある確かな可能性を、ここで再び涼斗は思い知らされる事になった。

 あの日あの時見た、迷いのない透き通ったあの碧眼を、涼斗は再び見られたような気がした。

(そうか。やっぱり日菜乃も半端な覚悟でここにはいないんだな)

 レコロで決意を言葉にしたあの時も、涼斗から昔の話を聞いている時も、日菜乃の目に迷いは一切なかった。

 その紛れもない事実を思い出し、涼斗は微かに笑みを漏らした。そして再び日菜乃に向けて、あの青くも潔い真面目な表情を見せた。

「分かった。次のメニューは腹筋だ。これも100回だがいけるか?」

 100回という数字に再び顔に絶望が戻ったが、それも束の間の話だった。涼斗がよそ見した瞬間にはまた迷いのない瞳がこちらを覗っていた。

「やろう。絶対に一か月以内に終わらせてやるんだから」

 そう決意を告げた日菜乃は仰向けになり、頭の後ろに手を敷く。涼斗も並んで同じ体勢をとり、再び日菜乃にとっての長い地獄が始まった。


その後、腹筋背筋体幹トレーニング等々を行い、その日の訓練は幕を閉じた。

「お疲れ様。今日は初日だし、晩飯奢るよ」

 涼斗が笑って新しいスポーツドリンク(3本目)を差し出す。それを受け取りながら日菜乃は楽な姿勢をとった。

「ありがとう。こんなにドリンクをくれて。その上奢るなんて申し訳ないよ」

「いいやだめだ。俺の時も店長が奢ってくれた。だから今度は俺の番だ」

 そんな可笑しな意地っ張りに、日菜乃は声を出して笑った。

「ふ……ふふふ……ぐっ……痛いっ」

 声を出して笑ったせいか、日菜乃の腹部に激痛が走る。そのことに涼斗へと笑いが伝染する。

「大丈夫か? さて戻るか。なんなら駅まで競争するか?」

「大丈夫……って無理。走れない……」

「そうか」

 笑みを一つこぼし、涼斗は立ち上がる。そして日菜乃に手を差し伸べた。日菜乃はその少し傷ついた手を取り、立ち上がる。

 それから2人はバンカーを後にし、無事駅まで歩いた。

「もう真っ暗だね」

「そうだな。それで今日の訓練はどうだった?」

 駅で電車を待つ途中、涼斗が話し掛ける。

「予想以上に疲れた。でも涼斗君がくれたジュースもあってなんとか」

「あれくらいなら何本でも買ってくるよ。それとも自家製の方がいいか?」

「作れるの?」

 涼斗が当たり前のように放った言葉に、よほど以外だったのか日菜乃は即刻聞き返す。

「ああ作れるぞ」

 そんな返答に日菜乃は明るく笑ってみせ、快く頷いた。

「じゃあお願いしようかな」

 日菜乃が返事をするのと同じタイミングで、電車到着のアナウンスが流れる。

「乗るか」

「うん」

 二人は遠くから電車を見つめ、その時を待った。

 厳しい訓練終わりという事もあり、日菜乃の気分はいつもより高くあった。そんな些細な事が気の緩みにつながり、失敗を招くのであった。

 電車が激しい音を立て、日菜乃と涼斗の前に止まる。降りる客は少なく、車内にも人があまり見られなかった。

「晩飯なんだが実は旨い店を見つけたんだ。今日はそこを日菜乃に紹介しようと思ってね」

「そっか。ありが……きゃ!」

 電車とホームの間の段差につまずき、日菜乃は体勢を崩す。

「日菜乃!」

 本日二度目の転倒であった。そして午前同様に、涼斗が素早い反応と対応を行う。

 そのお蔭で日菜乃が地面に着くことはなかったが、

「大丈夫か?」

 またしても図らずとも涼斗の腕の中にはまってしまう結末に陥る。

「ご……ごめん」 

「気をつけろ」

 相変わらずまんざらでもなさそうに佇む涼斗の存在と、少数の乗客のまたしても温かな視線が、日菜乃

をみるみる紅潮させた。


『美しいこの世の劣等品』っていうタイトルは早急に変えたいです。

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