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魔法に支配された世界で~The name of magic~  作者: かんのやはこ
第一章カフェ・レコロ
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田舎帰り

 歓迎会がお開きになり、涼斗は自宅へと帰った。

 相変わらずの虚無空間に今日は何も言わずに入室する。手元には杉本に渡された資料がある。部屋の照明をつけ、涼斗は先程の会議を思い返す。

「次の作戦にはまだ日菜乃は連れて行かない。日菜乃にはまだ訓練が足りないからな。だから明日と明後日の作戦には俺と前田の2人で行ってくる。その間に涼斗は日菜乃の訓練を頼む」 


「訓練……か」

 そう呟き涼斗は昔を懐かしんだ。とは言っても、良い思い出は1つも思い浮かべられなかったが。

 日菜乃の訓練に加え、涼斗は手元の資料の内容に目を落とす。

「桜坂学園所属。山内孝46歳。あのクソ教師を追って前田さんと店長は明日、桜坂学園へと潜入する。一刻も早く日菜乃の冤罪を晴らさないといけない。そしてあの対馬にも分からせてやらないといけない」

 そう言い涼斗は布団へと身を投げ瞼を閉じ、そのまま眠りに着いた。


 翌日。涼斗は目が覚めて朝風呂に身を投じた後に、着替えを颯爽に済ませてレコロへと向かった。

 任務中のためレコロには誰もいなく、鍵がかかっていた。なので杉本に渡された鍵を使い、涼斗は中に入った。

 朝のレコロは静かで窓から差す日の光だけが店内を照らしていた。日菜乃はまだ到着していないらしいので、仕方なく涼斗は厨房にて適当に時間を潰す。

 これといって気になるものはなかったが、ただ1枚の額縁に収められた写真が、涼斗の目を引き付けた。

 今よりも皺の少ない杉本と、その隣に見慣れない女性が映っていた。

「店長の妻か……?」

 ふと涼斗が呟くと同時に、店先の扉が開く音がした。厨房から顔を覗かせると、そこには金の髪を長くなびかせた日菜乃が立っていた。

「ごめん待った?」

「大丈夫さっき来たばかりだ。それじゃあ早速行くぞ」

「行くってどこに?」

「バンカーだ」

「バン……カー??」

 日菜乃は涼斗の発言を理解できないまま、おどおどしながらレコロの外に出た。

「バンカーはここから電車で1時間くらいの場所にある。山奥だから結構大変だと思うけど、いつか慣れるだろうからそれまでは我慢してくれ」

「分かったけど……バンカーってどんな場所なの?」

「それは見たら分かる。どんな場所って言われても説明しにくいからな」

 そう言い涼斗は早歩き気味に駅へと向かう。

「そこまで汚なくはないから、そこは安心していいぞ」

「そ……そう。ねえ涼斗君もそこで訓練を受けたの?」

「ああ。ただあまり思い出したくない思い出だ……」

「へえ……」

「冗談だ。そんなに厳しくするつもりはない。だからと言って手加減はしなけど」

「あはは……」

 軽く冗談挟みつつ、涼斗と日菜乃は改札口をくぐり、駅のホームに到着する。

「まあ訓練のことはあまり考えすぎないようにしとけ。緊張するだけだろうから。だから今は別の話をしないか?」

 涼斗からの予期せぬお誘いに、日菜乃は少しだけ動揺する。しかしそんな淡い期待も束の間のことだった。

「日菜乃って成績どれくらいだ?」

 日菜乃にとってあまり聞かれたくなかった質問に、思わず黙ってしまう。

「ごめん。教えたくない」

 その一言で涼斗も察しがついたらしく、頬をぽりぽりと掻いて申し訳なさそうにしている。そして再び2人の間に沈黙が走る。

 電車が到着し、2人は黙ったまま乗り込む。車内でも相変わらずの空気が流れていたため、我慢しきれなかった日菜乃が何か喋ろうと試みた。 

「あの……涼斗君。涼斗君って普段どんなことして過ごしてるの? 前の自己紹介で言ってた調査が趣味っていうのはさすがに嘘だよね?」

「ああ。さすがにあれは嘘だ。ただどんなことをして過ごしてるかって聞かれると、すぐには答えられない」

「それはどういう意味?」

「色々なことをしてるからな。主に勉強とか調査とかが普段からしている活動だけど、さすがにそればっかりだと俺も退屈だ。だから息抜きに映画とかはよく見るな」

「涼斗君って映画見るんだ。どんな映画?」

「洋画をよく見る」

「私も洋画好きだよ。2週間前に見に行ったんだけど、今度一緒に行ってみる?」

「ああいいぞ。息抜きも大切だからな」

「うん!!」

 初めて涼斗と何気ない会話を出来た気がし、その上に遊びに誘うことができ、日菜乃はいつもより明るく返事をした。そんな光景から周囲の人達にはカップルのように見えたらしく、日菜乃は少し暖かい視線を感じる。

 そんな視線を感じた瞬間に、日菜乃の頬はみるみる紅潮していったが。一方で涼斗はそんなことに気が付いている様子はなかった。

 その後も無事に日菜乃と涼斗は互いに打ち解け合い、他愛のない会話を続けていた。音楽の話や小説の話。好きな場所や行ってみたい場所。

 そんな今までの2人がしなかった会話を重ねていく内に、いつの間にやら目的の場所に到着していた。

「着いた。降りるぞ」

「う……うん」

 涼斗に促されるまま電車から出てみると、そこには美しい自然が広がっていた。そんな景色に日菜乃は息を呑む。

「ここからあと30分ほど歩いた場所にバンカーはある。結構な距離があるから休みたい時はいつでも言ってくれ。行きで疲れられたら元も子もないからな」

「分かった」

 涼斗からの忠告を受け、一向はバンカーへと向かう。その最中に、日菜乃はこの町へと視線を向ける。

 駅を出た日菜乃を待ち受けていたのは、古き良き日本を感じさせられる、昭和の面影が残った町の姿だった。

 ぽつぽつと公共機関が並び、それ以外には田畑と古民家しか見当たらなかった。

「綺麗な町だね」

「そうだな」

「まだ紅葉が残ってるね」

「もう11月だというのにな」

 駅から出て右手に続く道をまっすぐ進み、日菜乃は竹林の中へと進んだ。そこからけものみちを道なりに進み、鬱蒼とした木々に入り込む。

「暗いね」

「そうだな。足元に気を付けろ。足場が悪いからな」

「わかっ……ひゃっ!」

 涼斗の忠告を受けたそばから日菜乃は足元を踏み外し、地面へと身が落ちる。日菜乃は痛みを覚悟して目を瞑る。

 しかし日菜乃の体が地面に着く前に、身体に太い腕の感触を覚える。

「大丈夫か? 怪我はないか?」

「だいじょうぶ……」

 すんでのところで涼斗が日菜乃を受け止めていたのだ。そんな抱かれるような体勢に、日菜乃は口ではそう言いつつも顔中を真っ赤に染めていた。

 いつまでも涼斗に抱えられるわけにもいかないので、日菜乃は自立しようと試みる。

「無理しなくていいんだぞ?」

「大丈夫……」

 遠慮しがちに告げる日菜乃は言葉とは裏腹に、足を気にして痛みを隠せていなかった。そんな日菜乃に涼斗は息を一つこぼし、歩みを止める。

「もし任務中に我慢や無理をされたら、こちらとしては気遣うことができない。そうなれば任務に支障が出る。最悪の場合は誰かが死ぬかもしれない。だから今後は一切遠慮などするな」

「ごめんなさい……」

 目を伏せ申し訳なさそうにする日菜乃に、涼斗は黙って背中を向けてしゃがみこむ。

「乗れ。足が痛いんだろ?」

「でも……」

「こういう時は遠慮しなくていいんだぞ」

「……うん。分かった」

 足に痛みを感じている日菜乃を背負い、涼斗は立ち上がる。

「ありがとう……」

「これくらいどうってことない。それに怪我されても困るからな」

 そう言い、涼斗は再び歩き出した。そして涼斗の歩みに揺られながら、日菜乃はどこか落ち着かなさそうに掴まっていた。

「重たく……ないかな?」

 日菜乃が恐る恐る聞けば、涼斗は静かに口を開いた。

「普段から鍛えてるし、問題ないぞ」

「そう」

 なるべく心配を掛けたくなかった涼斗が、率直な答えを出した。対する日菜乃は頬を膨らませてそっぽを向き、素っ気ない返事をした。

 そんな日菜乃に疑問を感じつつ、涼斗は迷いなく歩みを進める。

「訓練っていつまで続けるの?」

「分からない。多分店長から見て充分だと感じるまでだ」

「長そうだね……」

「そうだな。だがまあ感覚を掴めば楽しく思えてくるから、最初だけの辛抱だな」

「そうなのかな……」

「訓練といってもそんなもんだよ」

 励まそうとしているのか本当の心は読めないが、涼斗は日菜乃にとって先が明るくなるような発言をする。そのため、日菜乃は感心してしまう。

「ありがとう……」

 とつい1人で呟いてしまう。そんな独り言に涼斗はしっかり反応する。

「何がだ? そういえば日菜乃って独り言が多いよな」

「そう? そんなことはないと思うけどね」

「いや多いだろ」

「多くない」

「まあいい。そういことにしよう」

「適当なのね」

「そうだな」

 電車の中での会話もあり、2人の距離は少しだけ縮まっていた。そんなこともあり、道中で退屈な思いをすることはなかった。

「バンカーまではあとどれくらいで着くの?」

「もうすぐ着く」

 不意に日菜乃が問えば、涼斗は端的に答える。

「足は大丈夫なのか? 当然降りろと言っているわけではないが、もし痛みが治まらないなら何か買ってくるぞ?」

 いつもは事務的な涼斗に、いつもとは打って変わって優しくされた日菜乃は、明るく微笑んで口を開く。

「大丈夫。気を使ってくれてありがとう。痛みは引いてきたからもう大丈夫」

「そうか。それならいいんだ」

 いつの間にか、周りには木々だけが広がり、町の風景は見えなくなっていた。そんな薄暗い山の中で、2人は1cmにも満たない距離間でいた。

 そのため、沈黙が生まれた瞬間の気恥ずかしさが、互いの鼓動を高鳴らせた。

 そんな特別な空間を、木々が外界から2人を守るように揺らめいた。決して侵されない2人だけの空間だった。

 木々の風に揺られる音に包まれながら、涼斗と日菜乃は1つの建造物へとたどり着く。

「着いたぞ。あれがバンカーだ」

 そう涼斗が指差すのは小さな石造りのドーム状の建造物だ。

 その姿を目にした日菜乃は、固唾を呑む。見るからに古く、なぜこんなものがここに建てられているのかが疑問に思われるくらいだ。

「それにしてもなんでこんな古い建物が、ここに放置さているのかな?」

「魔法を使ったんだ」

 日菜乃の素朴な疑問に対し、涼斗は短く事務的に答えた。

「魔法って……」

 その解答に日菜乃は戸惑いを口にする。

「人が寄り付かないように悪い噂を流して、その噂通りの怪奇現象を魔法によって再現し、人を寄せ付けないようにした」

 詳しい説明を聞けば日菜乃も納得したらしく、息をもらした。

「扉を開けるから降ろしてもいいか?」

「うん。いいよ」

 日菜乃を降ろす際にも、涼斗は注意を怠らず、ゆっくりと丁寧に姿勢を低くする。日菜乃が足を着けられるほどの高さまで腰を下げ、涼斗は日菜乃の足から手を離す。

「ありがとう」

「どういたしまして。それじゃあ入るぞ」

「うん……」

 そう言い、涼斗は大きな鉄扉に手を掛け、手前へと引いた。

 その鉄扉は見た目ほどの重量はないらしく、あっさりと涼斗によって開かれていく。ぎいと古い軋みを出しつつ、扉は人が入れるほどの空間を作った。

 もっともその中は暗闇に包まれていて、何も見えなかったが。

 そんなことはお構いなく、涼斗はバンカーの中へ入り、右折した。直後には日菜乃の視界から姿を消し、日菜乃は少しだけ不安な思いをする。

 しかしそんな思いも束の間のこと。スイッチを押す音が右手から聞こえ、バンカーが蛍光灯によって明るく照らされた。

「ようこそ、俺たちのバンカーへ」

そう言い涼斗は広いバンカーを背に、両手を広げて笑った。


 

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