表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法に支配された世界で~The name of magic~  作者: かんのやはこ
第一章カフェ・レコロ
10/29

歓迎会

「日菜乃ちゃんに乾杯!!」

『乾杯!!』

 前田が音頭をとり、レコロ一同はこれからの活動の武運を願って、乾杯した。

 時刻は午後7時を回り、レコロの人間たちは素朴ながらも、日菜乃を歓迎する宴を開いていた。

 前田と杉本はビールを、涼斗はジンジャエールを、日菜乃はオレンジジュースを各々片手に持ち、談笑を楽しむ。

「しっかし、涼斗って割と見た目は良い方じゃないか? 今まで女の意見がなかったから、是非日菜乃の意見が聞きたい。それで涼斗のこと、どう思う?」

 乾杯もそこそこに、杉本が率直な質問をぶつける。そんな質問に、日菜乃はやや困惑気味にまばたきをする。

「どう……とは?」

「ん、優しいとかかっこいいとか気が利いてるとか、困ってるときに助けてくれるとか。印象くらいはあんだろ?」

「印象ですか。えっと優しいと思いますよ。確かに顔も良い方ですし。制服以外の姿も見てみたいですね」

 あくまでも社交辞令として褒める日菜乃に、杉本は酒が回っているのか大きな声を出す。

「だよな! まあ涼斗の私服姿は任務までのお楽しみだがな」

「任務に変な事を持ち込まないでください」

 仕事裁きは良く、普段は面倒見の良い杉本だが、少し調子に乗りやすい一面があり、涼斗はその事について悩みつつあった。

「ですが……」

 涼斗に対する印象について、付け足す要素があったらしく日菜乃がまた口を開く。

「涼斗君ってたまに非常識なときがあると思います」

 そんな日菜乃の意見に涼斗は顔を歪めつつ、そろりと杉本の方を見る。案の定、杉本は楽しそうに首を縦に振っていた。

「そうだよな! 涼斗はそういうところがダメなんだ。だからこれからはちゃんと乙女心も分かるように、漫画とかを読め!」

「なぜ常識と乙女心を同じものとしているのですか? 相変わらず店長は恋愛脳ですね」

「恋愛脳で悪かったな! だがそう言う涼斗も相変わらず冷たいやつだよな」

「冷たいやつで悪かったですね」

「……いやいやお前たい、恋愛云々以前に涼斗君が乙女心に無頓着なのが問題なんだろ?」

 涼斗と杉本の言い合いに、前田は根本的な問題を指摘する。そんな風景に日菜乃はひっそりと笑みをこぼす。

(こんなに温かい気持ちは初めてだな)

 レコロに出会うまでは想像することさえできなかった感情に、日菜乃は涙腺に微かな痺れを感じた。そんな不思議な感覚に自然と自分もあの話の輪の中に入りたいと思えた。

「そういえばこの料理って誰が作ったんですか?」

「これは本来レコロで出す商品だから、私と杉本でつくった。当然今日は歓迎会だから代金は必要ないよ」

「レコロの商品なんですね! すごく美味しいです。あの……私もレコロを手伝っていいですか?」

「勿論いいよ。それじゃあ日菜乃ちゃんはアルバイトってことでいいよな? 杉本」

「ああそうだな。正式に日菜乃をアルバイトとして雇うとするか」

「ありがとうございます!」

 日菜乃をレコロに雇うことが決まり、杉本はまたもやにやにやと涼斗を見ていた。

「なんですか……」

「いや別に。涼斗はバイトしないのか、と思ってな」

「しません。意味がないので」

「お前もバイトしてる方が教師たちの目を欺けるだろ?」

「それでもしません。それに俺までレコロで働けば余計に怪しまれると思いますよ」

「それもそうだな……でもどうしてそこまで頑なに断る?」

「それは……」

 なぜと理由を問われてしまえば、涼斗もすぐに答えられるわけではなかった。それから涼斗は顎に手をあて、何かを考えだす。

 杉本に妙な期待を寄せられながら数秒後、涼斗はハッと何か閃いたように声を漏らして、再び口を開く。

「やっぱり俺もバイトします。明日からでもいいですか?」

「ああ勿論! ただ何で急にバイトする事になったんだ? やっぱ日菜乃と一緒に居たいからか?」

「確かに日菜乃と共に過ごす時間が増えれば、任務にも良い影響が出るかもしれませんね。それよりも俺もバイトして金を貯めておかないと、いざという時に困りますからね」

「はあ……相変わらずじれったいやつだな、涼斗」

 残念そうに言い放ち、杉本は前田に視線を送り合い、2人してやや呆れた様子だった。

「まったく……そういうところだよお前は」

「はあ……涼斗君は相変わらず非常識だ……」

「非常識? さっきから気になっていたんですが、いったい何が非常識だったんですか? 今後のために教えてください」

 任務について指摘されていると思い込んでいる涼斗は、真面目な顔つきで前田と杉本に相談を持ち掛けている。しかし話が食い違っているため、前田と杉本は半眼になって涼斗を見つめていた。

「安心するんだ。任務では支障は出ないような事だ。だけどほったらかして良いわけでもないから、これからしっかりと向き合うんだぞ」

「ですから何に……」

「お前は生涯を独り身で過ごす気か?」

「それとこれとなんの関係があるんですか?」

『大ありだ!!』

 杉本と前田にここまで言わせても、まだ納得のいかない涼斗は不可解そうにジンジャーエールを飲み干した。その間、日菜乃はただ苦笑しているだけであった。

「そういえば店長が用意していた、日菜乃がレコロに馴染めるための計画って、いったいどんなものだったのですか?」

 調子が狂わせられた涼斗は、自分にとって有利となりうる話題を持ち込む。突然振られた話題に杉本は思い出したようにああ、と声をもらす。

「それのことなんだが、実は日菜乃が無事レコロに正式雇用になったし、本当はもう用無しなんだ。だが折角作った計画だ。いっそのこと歓迎会のついでにやっちまおうって事になった」

 説明も早々に終え、早速杉本は厨房で準備をしていた。そしていつの間にか前田まで準備に取り掛かっており、バーカウンターには日菜乃と涼斗の2人が取り残された。

「あの涼斗君」

「なんだ?」

 2人きりの空間になり日菜乃がもじもじと、ためらいがちに話を持ち掛けた。

「涼斗君って魔法を使えるの? 実は私は一度も魔術回路を起動した事がなくて、自分が魔法を使えるとは到底思えないんだけど……」

「そうか……そうなんだ。実は俺もほとんど起動した事がない。多分今日のも含めて3回だけだ」

「そうなんだ。今から魔法が使えるか試してみてもいいかな?」

「いいけど……魔法の効果とか種類とかは調整できるのか? もし調整ができなければ、最悪の場合レコロがふっとぶぞ」

「……多分調整できないと思う」

「じゃあやめておいた方がいいだろう。まあそのうち魔法を使わないといけない局面に遭遇するかもしれないから、その時まで温存しておいて損はないと思うぞ」

「うん。分かった。そうする」

 日菜乃と涼斗の間で話しが落ち着き、こっそり盗み聞きしていた前田と杉本も客席へと戻った。

「よーし。それじゃあ日菜乃歓迎会、第一種目を始めようと思う。各自、席に着いてくれ」

 杉本が場を仕切り、改めて歓迎会が行われた。

「準備はいいか? 始めるぞ」

 あのエキスパートの杉本が本気で考えた作戦だ。日菜乃は当然として、涼斗と前田も密かに期待を寄せていた。

「第一種目は愛の告白シュミレーションゲームだ!!」

 しかし期待の次に知らされた事実に、涼斗は肩をがっくりと落とした。日菜乃でさえ呆れた様子で、前田は静かに頭を抱えていた。

 そんな前田のリアクションに涼斗は、なぜ共に準備をしていたはずの前田が驚いているのか、と疑問を抱きつつも、なんとなくその理由は察せられた。おそらく前田と杉本で事前に打ち合わせをして、涼斗と日菜乃が2人きりになる時間を作ったのだろう。

「ルールは簡単! 誰が一番かっこよく告白できるかが肝だ! まずは告白のプロフェッショナル、前田道夫の出番だ!!」

 文句を入れる余裕すら与えられず、前田たちは仕方なくこのゲームに付き合う。

「はあ……いい加減にしてほしいよまったく。日菜乃ちゃんと涼斗君のためになるから、仕方なく付き合うがこれ以降は控えてくれよ」

「わってるわってる。今日だけの辛抱だ。頼んだぜ」

「どうも信用できんな」

「日菜乃のためになることは分かりますが……なぜ俺まで含まれているんですか……」

「多分……それは聞いても意味ないと思うよ」 

 杉本の勝手な遊びに付き合わされ、前田と涼斗は不平を言っていた。対する杉本は楽しそうに笑っており、酔っ払い気味だ。1人日菜乃だけが平静を保っており、額を押さえる涼斗を宥めていた。

「それじゃあ前田道夫、行きます……」

「うおおおおおおお!」

「店長、完全に酔ってますね……」

 皆が呆れかえる中、杉本だけが興奮を抑えきれずにいた。

「……俺にはもう美しい景色を見ることが出来ない。なぜなら……隣に君がいるからだ! こんなもんだろ」

「ひゅうううう! 前田もできるようになったじゃねえか!」

「やかましい奴だな。これくらいのことはとっくの前にできていただろ」

「そうだったな。お前はラブマスターだからな!」

「そうか。自分がラブマスターというのは初耳だが、お前の言っている事はいつも間違っているから実際どうでもいいことだろう」

「いつもは間違ってねえよ! じゃあ次は涼斗だな。かっこいい告白を……」

「嫌です」

 告白シュミレーションなんてくだらない、と涼斗は淡泊に断る。

「ちょっとだけ告白するだけじゃないか」

「嫌です」

「お前もやっといた方が将来役立つぞ」

「嫌です」

「そう言わずに……」

「嫌です」

「じゃあ……」

「嫌です」

「ひな……」

「嫌です」

「なんも言ってねえだろ!」

「関係ありません」

 もはや有無を言わせない涼斗に、杉本は諦めざるをえない状況にあった。しかし一方で杉本が諦める事なんてあり得ないのであった。

 杉本は黙って背を向け、諦めたように重たい息を吐く。そして何かを手にしたかと思えば、もう一度涼斗の方を向き真面目な顔付きで語り掛けた。

「残念だなあ……お前が告白すればこいつをプレゼントするつもりだったんだが……お前がやらないなら仕方ない。処分だ、処分」

 そう言い杉本は手元の紙をひらひらとチラつかせた。その紙を涼斗は凝視する。

「個人情報が載ったデータだ。役に立つ情報もないし処分しようと思ってたんだが、お前が欲しそうなことも載っていたから残しておいたんだ」

「そんな重要な資料を人質に取らないでください」

「いやーほんとにくだらない情報しかないけど、日菜乃のこととかお前のことも載ってるから一応見せておこうと思ったんだけどなー。処分するか」

「……分かりました……告白してみせます。ただし今後は大切な資料を必ず見せるようにしてください」

「おおそうか。涼斗が真面目なやつで助かったぜ!」

「卑怯……ですね」

「日菜乃ちゃんもそう思うか。まあ杉本は昔っからあんな風だ。ただ涼斗君の告白には私も些か興味があるね」

 杉本の挑発に乗った涼斗は深呼吸をし、目を閉じた。

(告白なんて初めてだ。だが大切な情報だ。いつか役に立つかもしれない。だからなんとしても目を通しておかないと。頼りっぱなしじゃだめだ。俺がレコロを支えないといけないんだ)

 そう心に誓い、涼斗は目を開く。

「谷田涼斗、行きます……」

「おおおお! やったれえええ!」

「緊張しすぎるなよ、涼斗君」

「頑張れ、涼斗君」

 息の乱れを整え、目の前の観衆から少し外れた位置に焦点を置く。そして一つ息を吸って涼斗の口が開かれた。

「俺は君を愛している!! 息もできないほどに君が好きだ!」

 演技には熱が籠もっており、仕草や表情も真剣そのものだった。

 しかし杉本と前田にはなにかが足りないように思えた。

「息もできないくらい君が好きって何だよ……そんな表現の仕方があるのか?」

「涼斗君、適当にやっただろ? 頼むからそう言ってくれ……」

 半眼になって見つめる杉本と、涼斗の肩をがっしり掴んで真相を迫る前田に、涼斗は肩を落とす。

「俺にはこれくらいが限界です。さあ店長、そのデータを渡してください」

「ああいいけどよ……これが限界ってのはさすがにねえだろ」

「やっぱり涼斗君には特別なレッスンが必要みたいだね」

「その特別なレッスンが告白の練習なら必要ありません。それよりも店長、このデータのどこを見ればくだらないと感じるのですか?」

 涼斗の呆れ交じりの発言に日菜乃は興味を持ったらしく、涼斗の手元の資料に視線を落としている。

「ああすまん。どうしてもお前の告白が見ておきたかったから嘘をついた。本当は次の作戦に関わる資料だ」

「次の……作戦」

 初の業務連絡に日菜乃はごくりと生唾を呑み緊張している様子だ。仕事となれば杉本も前田も先程の顔つきとは異なり、真面目なものとなっていた。

「次の作戦は桜坂学園のクソ教師の真相を突き止めるぞ。勿論、日菜乃の無罪もきっちりと証明してやるぞ」

 日菜乃との約束を果たすと告げる杉本は、先程のものとは違った意味の笑みを浮かべていた。

 対する日菜乃は多少の緊張感を含みつつ、やんわり肩の力を抜いて笑ってみせた。

「もう俺たちは1人じゃない。俺がいて、前田がいる。そして涼斗が来て、日菜乃がここに合流した。俺たちは最高のチームだ。絶対に奴らの好きなようにはさせない。俺たちレコロの底力を見せてやるぞ!」

 こうしてレコロは今まで生きてきたのだと、杉本は宣告した。





 



「そういえば涼斗、なんでお前は、俺のことを店長って呼ぶんだ? 普通バー喫茶の店長はマスターだろ?」

「ああそのことですか。それはですね、店長がとてもバーのマスターには、見えないからですよ」

「それじゃあ何に見えるんだよ」

「寿司屋さんの店長」

「なんだと!!」


 それからという日は、杉本もレコロの制服を変えようかと、迷うのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ