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――――――――半年後。
私は逃げるように他の高校に転校していった。
決勝戦の出来事で少し空戦競技から離れたかったのもあるけど、学校で他の部員と会うのが気まずかったのが本当の理由なのかもしれない。
まあ転校してしまったのだから、高校にいる間は他の部活をして空戦競技に関わる事は辞めておこう。
もしかしたら大学になってから復帰をしたくなるかもしれないし…………。
――――嘘だ。本当はすぐにまた空を飛びたい。けれどそれと同じくらい失敗した時の事が怖い。
どの道この学校には空戦競技部は無いのだから、これ以上空戦競技について考えても仕方のない事なんだけど。
星丘高校。
これが私が転校してきた学校の名前。
この学校は名前に星って付いてるけど、空の事より地上や海で行う競技に力を入れている高校だ。
部費の大半は全国大会常連のサバゲー部と戦艦競技部に使われているから他の部は古い道具を大事に使っている所が多いみたい。
だから航空機を扱う空戦競技部は無いと思ってこの学校を選んだ訳だし、実際部活紹介をみても空戦競技部は見つからなかったから多分存在すらしていないんだと思う。
――――私は転校の手続きを終わらせてから担任の先生の後に続き教室の前に辿り着くと、私は少しだけ制服を正してみた。
ドアを開ける前から教室の中からは生徒たちがお喋りをする声がドア越しに聞こえてくる。
「それじゃあまず私が先に入るから、呼んだら入ってきて」
「――――はい」
先生がドアに手を置きガラガラと横に開く音が聞こえた瞬間、さっきまで会話をしていた生徒の声がピタリと止まり静寂が辺りを支配した。
先生はそのままコツコツと靴音を立てながら教壇へとゆっくりと進んでいって、コホンとひとつ咳払いをしてから話しだした。
「今日は皆さんに転校生を紹介します」
「――――転校生?」
「どんな子だろ?」
「あのあのっ。先生、しっつも~ん」
「こ~ら。静かに! ―――――はい。もう入ってきていいわよ」
「…………し、失礼します」
私は少しだけ雰囲気に気圧されながら先生の隣まで歩いていって、その場で自己紹介をする事にした。
「風森未来です。都樹ノ宮学園から来ました。よ、よろしくお願いします」
……………………。
自分でもなんの捻りもないつまらないと感じる自己紹介の後、一瞬だけ沈黙が起きて少しだけ不安になったけどすぐにパチパチとまばらながらも暖かい拍手が教室内を包み込んだ。
――――なんとか受け入れてもらえたのかな?
「とりあえず貴方は一番前の真ん中の席が開いてるから、とりあえずそこに座って」
「…………ここですか?」
なんでこんな場所が開いてるんだろう? なんて考える暇も無く先生が「はい。すぐに授業始めるから座って」とせかして来たので私はとりあえず指定された机に座る事にした。
「よろしく~」
隣の子から挨拶されたので、私もひとまず挨拶を返さないと。
「うん。こちらこそ、よろしくね」
隣の席の子と、とりあえずの挨拶を終えたら教壇の方から、
「とりあえず、今日使う教科書とかは隣に見せて貰ってね」
と言われたので、私は机を右方向にズズズと移動させて先程挨拶をした子の机にピタリとつけると、真ん中に次の授業で使われると思われる数学の教科書が私にも見やすいように置かれたのでした。
――――それからはごく普通の授業が始まり、休憩時間にクラスメイトからの質問責めをなんとか交わしてているうちに気がついたら今日の授業は全て終わっていた。
帰り支度をすませた私はカバンを手に持って席を立つと、隣の席の子がまだ教室に残っていた事に気がついた。
「今日は色々とありがと」
「別にいいよ。それより部活ってもう決めた?」
「――――部活? ううん。まだだけど、どうして?」
「実はさ~。今ちょうど部員を募集している同好会があるんですよ」
その子は丸めた雑誌で机をバンバンと叩いてまるで今から特売でも始まるかのような勢いでまくしたててきた。
「…………同好会? 部活じゃなくて?」
「そ、同好会。今部員が3人しかいなくて学校が認めてくれないんだよね~。だから何とかして5人集めないといけないってわけ」
「ふ~ん。そうなんだ………………って、5人なら後2人も足りなくない?」
「ま~。そうなんだけど、あなたが入部してくれたら足りないのが1人になって我が同好会としては、ひじょ~に助かる。だから入部しない? それじゃひとまず早速部室に行こっか」
「まだ私は同好会に入るとは言ってないんだけど、それより何の同好――――――」
私はふと丸められた雑誌のタイトルが目に入って、途中まで言いかけて言葉を飲み込んだ。
雑誌のタイトルは週刊 戦闘機。
――――何だか嫌な予感がする。
「よくぞ聞いてくれました!」
逃げるタイミングを見逃した私はそのまま流れるように勧誘の話を聞くことになってしまったのでした。
「えっと。私ちょっとこれから用事が――――」
「用事って? まだ部活とかしてないでしょ? それにウチの学校はバイト禁止だからアルバイトもしてないでしょ? ま~ま~とりあえず見学だけでもしてってよ」
それから私は半強制的に同好会の見学に参加する事になり、学校の端っこにあるボロボロの格納庫へと案内されて行くのでした。
「――――ここ?」
「そだよ。鍵開けるからちょっと待ってて」
女の子はカバンから鍵を取り出して南京錠をガチャガチャと開けようとしながら、そういえばと後ろを向きながら話かけてきた。
「そういや自己紹介まだだったね。私は種城 友希那。友希那でいいよ」
「うん。よろしく友希那。えっと、私は――――」
「沢城 未来。自己紹介で言ってたから知ってるよ~」
「そっか。なら私も未来でいいから」
「オッケ~。――――っと、やっと開いた~。この鍵かなり錆びついてて全然開かないんだよね~」
ガチャリと少し大きめの音がして南京錠が外れた後に錆びついた引き戸を横にゆっくりとスライドしていくと、中からオイルと鉄の錆びついた臭いが混ざったような空気が私を包み込んだ。
「それじゃ、すぐに電気付けるから」
と言い残して友希那が暗い格納庫へと入って行き、しばらくしてから天井にある明かりが少しづつ灯り始め、真っ暗な空間の中に置かれている物が姿を表した。
「さ、どうぞ。入って入って」
私は言われるままに格納庫に入っていくと、そこには少し前まで毎日のように見ていた懐かしい光景が広がっていた。
そこには所々塗装が取れている機体が4つと、少し離れた所に全体を大きな布で覆われた機体が1つあった。
「F-4 ファントムⅡ。ずっと昔にこの学校の先輩たちが使ってた機体を私が最近メンテして何とか動くようにした。型は古いけど、乗り手次第でまだまだ現役で戦える性能はじゅうぶん持ってる名機だよ」
「…………どうしてこの学校に戦闘機が。この学校には空戦競技部は無いんじゃないの?」
「無いよ。だから同好会。空戦競技同好会が私の所属してる場所ってわけ」
しまった。同好会の存在は失念してた。
せっかく戦闘機から離れる為にこの学校を選んだのに、これじゃあ意味ないよぉ…………。
「せっかくだし、ちょっと乗ってみる?」
「ええ~っと…………」
――――乗りたい。
けど、本当に乗ってもいいのかな…………。
ここで乗ってしまったら、もう引き返す事が出来なくなるような…………そんな予感が私の全身を包み込んだ。
改めて機体を見てみると、友希那には悪いけどこれって本当に飛べるのかな? 途中でバラバラになったりしないよね? って思えるくらい本当に年季を感じる機体の存在感がひしひしと伝わってくる。
私がちょっと不安に思っているのを見透かしたかのように友希那はあはは~と作り笑いをしながら機体を軽く叩くと、バンバンと固い鉄の音が部屋の中に響きわたる。
「あ~。整備は完璧だから大丈夫だよ。それは私が保証する」
友希那は自信があるのか両手を腰に当ててえっへんと胸をはってアピールをしてきたけど、今日会ったばかりでよく分からない人物を信用するのも難しい気もするんだけど。
「本当はF-22とかが欲しいんだけどね~」
「ラプターは高性能だけど、そのぶん値段も高いから有名校じゃないと用意するのは難しいんじゃないかな」
「………………」
――――あ、あれ?
友希那が急に黙って私の顔をジーと見つめて来たけど、どうかしたのかな?
「――――ねえ、未来。もしかして戦闘機とか詳しかったりする?」
「えっ!? なんで?」
「だって、さっき――――」
「えっと…………その………………」
もしかして私何か変な事言っちゃった?
ああ~。どうやって言い訳すればいいんだろ。
「ん。まあいいや」
「…………え?」
「何か事情がありそうだし、未来が言いたく無いなら別にいいよ。それよりさ、このF-4の―――――」
友希那が戦闘機の解説を始めようとした瞬間、部屋の中に設置されていたランプが急に回りだして、少し音が大きめのサイレンが室内に鳴り響いた。
「な、何が起きたの!?」
「あ~。もうそんな時間か~。ちょっと避難するから私についてきて」
「――――え? え?」
私は状況を理解出来ないまま友希那の後について格納庫の外へと出ていく事になったのでした。




