手放した花は色褪せず
活動報告にあげていたものに若干加筆修正しました
「行ってしまうのか」
それは大妖魔の討伐を終え、皇都へ帰還した日。
私はこれまで苦楽を共にしてきた仲間たちへ、数日のうちに故郷の元の世界に帰ることを告げた。
皆ある程度予測していたのだろう。泣き笑いで頷いた。
労いの言葉や、抱擁や、慈しみの感情をくれた。
よかったと。早期の帰還を望んでいたのは皆知っていたから。
ただ、彼だけは。
私が恋した人は私の頬へ手を差し伸べる。愛おしく優しい大きな手。幾度も私を守り助けてくれた傷だらけの無骨な手。
私を見つめる目は悲しみに揺れていた。
もっと言いたいことはあっただろう。だけど彼は言わなかった。ただその一言に心を込めた。
眼差しに、手のひらに、口に出さない心を込めた。
それは彼の優しさで、ただただ私の為。決して音として発しはしない言葉を飲み込んで。
私は元の自分の世界に還らなくてはならない。
神子としての役割は果たした以上、この異世界の異物たる者は速やかに去るべきで。平和になった世に過ぎたるチカラは新たな禍を呼ぶ。
神子に最後に残る力は元の世界に戻るための物だから。
確かに過去、残った神子はいたという。
神に力を返上し、あるものは神殿に残り。あるものは帝へと忠誠を誓い。あるものは平民として生涯を終えた。
そして中には神子である間に伴侶を見つけ、この世界に留まった者もいた。
けれども私にはその選択は出来なかった。
神子として大妖魔討伐の旅に出て、仲間として共に戦った彼に惹かれ恋をして。
でもその想いを告げるつもりは無かった。ただ想う。それだけで良かった。叶えるつもりなんか無かった。
何故なら私は絶対に元の世界へと還らなければならないから。
夢のような片恋の綺麗な想い出にするつもりだったのに。
いつしか彼の視線に、まなざしに甘やかな熱が感じられ。彼に手を取られるたびに、触れられるたびにじんと痺れるような熱さに心が震えた。彼の心が自分にあるのだと歓喜に震えた。
決して彼の手を取ってはならないのに。両想いになんて、なってはならないのに。
彼の恋情に応えたとしても、それは私が帰るまでのこと。必ず別れはやってくる。それもごく短期間のうちに。
それでもまだ浅い思いの、それとも一時的なすぐに覚めるような恋情なら良かった。
だけど現実には一生に一度の恋。忘れることなんか出来ないそんな恋。
そう思っているのが私だけなら良かった。それならまだ彼に応えられた。私が還ったとしてもすぐに忘れて次の恋を見つけて幸せに暮らしていくだろうと思うから。
だけど現実には――。
元の世界へと帰還を果たす日。
私は別れを告げる為に皆に笑顔を向けた。自分の世界に還るのが心底嬉しいのだと。
そして彼にはただひたすら感謝を。……感謝のみを。
彼に綺麗な姿を残したくて。この世界に未練などないと晴れやかな笑顔を残したくて、歪みそうになる顔をこらえて笑う。
「さようなら。皆さんの平穏と幸せを願っています」
帰還の陣の中心に佇み、呪文の詠唱を始める。
彼の姿を目に焼き付けたくて彼を見る。
視線が絡み合う彼の目は抑え込んだ焦がれるような激情がちらちらと見えて、私は応えられないというのに胸が熱く歓喜する。彼の心が私にあるという罪悪感さえ甘美に感じられるのだ。
なんて自分勝手で醜悪な事か!
今生の別れ。もう二度と会えない夢の中の人。
「っ! 来世では! 来世こそ貴女をこの手に捕まえるっ。かならずだ!」
くすりと笑う。
届かぬ手を伸ばし、必死に叫ぶ彼が愛おしくて。あるかどうかも分からない来世へと望む彼が滑稽で、私は泣き笑いになってしまう。
「もしもご縁がありましたなら。また、次の世で」
お会いしましょうと、言葉が陣へと吸い込まれ……。
瞬きした次の瞬間には私は元の世界へと。
異世界へと連れ去られた夕暮れの路地に佇んでいた。
使い慣れた腕時計を見れば転移したその日、その時間。
幾つか彼の地で消耗したり失った物以外は元のまま。本当に夢だといわれてしまえばそれまでと思ってしまうほど変化はなく。私がいなかった歳月は夢幻のごとく消え去った。
半ば呆然と立ち尽くす私の視界に映る手首には小さな宝珠が連なるブレスレット。
彼に贈られ手元に残った唯一のこの世界には存在しないはずの異物。それだけが夢ではなく現実であったという証拠。
彼の、存在の……。証。
ぽつり。雫が珠に弾け、消える。
夢幻のような世界が、遠く、遥か彼方に消え去った音。
二度と逢えない彼への決別は、魂を引き裂かれるように痛くて。痛くて、苦しくて。
苦しすぎて、涙は一筋しか流れなかった。
それでも後悔は、ない。
私が帰還にこだわったわけ。
それは年の離れた妹の存在だった。
召喚される二年前、私達の両親は事故で還らぬ人になり、家族は二人だけになった。
悲しみと寂しさで不安定になった妹だったが、少しずつ落ちついてきて、笑顔をみせるようになってきていた。その矢先の召喚は私を焦らせた。
とてもそんな妹を残し、異世界へ留まることなんて出来なかった。たとえ一生に一度の恋をしたとしても。
帰還してからの私は妹の成長を見守った。
彼女が自立し、伴侶をみつけ、安心して任せられると見届けて。
そして初めて自分の先を考えることが出来るようになった。
彼を忘れることが出来ず、次の恋など出来なかった。好意を寄せてくれる男性もいたけど、どうしても無理だった。
けれど妹が独立し肩の荷が降りた私は、もういいかとふと思ったのだ。あの異世界での経験も思いも、いつの間にか思い出として心の奥底に綺麗にラッピングされていたのだ。
夢のような今ではもう遠い世界。二度と届かない幻。
ようやく次へと足を踏み出すことが出来る気がした。
あの時のような熱情はない。
けれど私は穏やかな恋を手に入れた。
「生涯忘れられない人がいる」
「妹を安心して任せられる人が出来るまで考えられない」
そう言って断った私に泣きたくなるほど優しく微笑んで、そんなあなたが好きだと、ずっと待つと言ってくれた夫と二人優しい時間を生涯過ごした。
あの時のブレスレットはそっと引き出しの中にあり続けた。
見つめるたびに思う。夢ではなかったのだと。
そして思い出す。彼の最後の言葉を。
来世へと望む叫びを。
おおよそ不可能な夢のように儚い約束を。
あの時はそんなことにでも縋らなければいられなかった。たとえ夢物語といえども。
最期の時、私は薄っすらと笑いながら思った。
幸せだったと。
彼に出会って生涯一度の激しい恋をした。
夫に出会って穏やかで優しい恋をした。
満たされて、愛し愛されて。
そして私は私の生に満足して目を閉じた。
二度と私は存在しない。私は現世から跡形もなく消え去った。
はずだったのですぅ~!
ちょっ! 聞いてないんですけど~!
「今日も可愛いね、俺の巫女姫。結婚式はいつにしようか」
色気ダダ漏れで迫らないでください! 性格なんだか変わってませんか。
なんで、なんで、なんでなんですか~!?
私が再び生を受けたこの地。帝が治める和皇国が都、安祥京。まさか生まれ変わってこの世界に戻ってくるなんて。
神宮の社に巫女として住まう私の前には、蒼い長髪が似合う美青年。
「いっただろう? 次は必ず捕まえるって。今度は離さないよ」
誰が本当に転生なんてすると思いますか!? しかも同じ時代に! しかも双方ともに記憶があるなんて!
前世は近衛出身の現役七曜だったけど、今は元七耀が一人で高位貴族出身の神官。
私は皇妹で巫女。確かに身分的には降嫁しても問題ないですけど。
「わたくしは十歳も年下ですのよ。まだ十二なのです。貴方ろりこんなんですかぁー!」
「嫌だな、俺はろりこんじゃないよ。君が君だから欲しいんだ。さっさとお役目なんて降りてお嫁においで? 前世の君も今の君も愛してる」
社会人が小学六年生に愛を語らないでくださいませ! もう、もう。どうなってるんですか神様ー!
<君の魂は私と相性が良いし、彼もまあ本当に呆れるくらい一途で執念深くて絆されちゃったんだよね>
神様の声が聞こえてくる。
前世「神子」で現世「巫女姫」の私は神の声を聞く力がとても強いのだそうです。
普通の神子であればなんとなく意思を感じる程度であり、巫女にしてもお言葉を神託として下された時のみ聞き取れるのだそうです。
確かに神子の時はそうでした。
で、現在はというと恐れ多くも「会話」が出来るのです。もちろん神様から話しかけていただけた時のみなのですが驚かずにはいられません。
七曜とは対妖魔の為に選ばれた者たち。神より賜ったと伝えられる破魔の力を宿す宝珠に選ばれ、その力を駆使して神子を守り共に戦う者たちのことです。
遥かな昔、この世界に巣食い強大な力を無慈悲に振い、人を命を大地を蹂躙する妖魔が現れた。
なぜ現れたのかは誰も知らない。
当初人々はなすすべなく蹂躙され、そして神へと救いを求めた。
ある時一心に祈りを捧げていた少女は神の声を聞く。この地に住まう生命を守る力を与えると。
それが巫女姫の始まり。
その言葉通り、チカラ持つ者がぽつり、ぽつりと現れ始め対抗していく。
次第に妖魔の勢力が弱まり、脅威から世界が解放されつつあった矢先に、今度はさらに強力な妖魔が現れた。それが大妖魔。
大妖魔は存在するだけで妖魔たちに力を与えるらしく、再び妖魔の勢力は拡大していく。それを憂えた巫女姫の再びの祈りが異世界からの神子召喚の術を授けられるきっかけになった。
(異世界人からすると勝手な話ですけど)
<その代わり元の世界に戻ってからも有効な生涯の加護を付与したよ>
(確かに大きな不運はあちらが避けてくれましたし、実際幸せに暮らしましたけどね)
<今世も大丈夫! 君は幸せに過ごせるよ。なんたって私の加護がどっさりだからね!>
(ありがとうございますぅ?)
<だから思い切っていってみよー!>
「え」
「おっと」
神の思念による衝撃。まるで突き飛ばされたかのように体がよろけ傾く。十二単は重たくて、とっさに手が出ない。
思わず目を閉じれば硬い板間の感触ではなく、厚く逞しい男性の腕の中。
見上げれば私を熱をもった瞳で愛おしげに見下ろす腕の主。
<幸せにおなり。私の愛し子>
神様の慈愛に満ちた笑い声が楽しげに弾けて消えた。
Fin
ちなみにこの世界が乙女ゲームの世界だなんて全然知りませんでした。
後に召喚された神子もご存知なかったのですけどねぇ…。
世界は思いがけない神秘と出会いに満ちています。
苦し紛れにつけましたタイトルはヒーロー目線な感じです。
主な登場人物だれも乙女ゲームとは知らないという。あえていうなら作者とあ・な・た(笑)
現巫女姫はヒロイン神子のサポート要員。様々な助言を与えます。七耀との好感度も教えるよ!
神官様は前世の執念の記憶はあれど完全にモブ。隠れ攻略対象でもないスパダリなモブ。
全年齢なろうならそのまま。
ムーンさんで書いたらきっと元夫登場でヒロイン達の微笑ましい交流の裏でコテコテ三角関係かなーと思ったりしますが。
今のところガッツリ書く予定はありません。