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時計仕掛けのアクターズ  作者: 卯月兎夢
黄泉帰りの扉
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劇場予告は密室で

「黄泉帰りの扉ですって?」


 手にしていたティーカップを思わず強く叩きつけた。洒落たティーカップに小さなヒビが入る。その様子を見て千早は「怖い怖い」と紅茶をすすった。


「あれは禁じられた魔道具よ。開くどころか、探すことだって重罪。あんたが誰を復活させたいのかは知らないけど、めておいたほうがいいわよ」


「そうですね。協会本部に知られれば私の命は無いも同然です。ですが、そこまでせねばならないのです。そして、貴方にも協力してもらいます」


「はぁっ!?」


 今度こそティーカップは粉砕を余儀なくされた。


「ふざけないで。私は絶対に御免よ。あんな人殺しの機械を使うなんて!昔あれを使ってどれだけの犠牲者が出たと思っているの!?」


「そーですね。ですけど、私はその大勢の犠牲を出しても、大罪を重ねても、この世に呼び戻したい人がいるのですよ。貴方だって、一人くらいそんな人がいるでしょう?」


「貴様───ッ!」


 八重の激昂。だが、千早はあくまで冷静であった。何時如何なるときでも、冷静なる者がその場を制す。その通り、この場ではチハヤが一枚上手だった。あからさまに感情的になった八重を楽しそうに人狼は眺める。


 チハヤは空のティーカップを置く。控えていたメイドが何も言わずにそれを片付けた。そして、絨毯に散らばる破片も箒で集め始めた。


「七瀬さん」


 その言葉に八重の肩がびくついたのを見て、人狼はほくそ笑む。

「強がってたくせに、やーっぱり七瀬さんのこと気になっちゃうんですね?」


「……そんなんじゃないわ。勘違いしないで」


 嫌な目だ。チハヤは、勘ぐるような、楽しんでいるような。そんな目を八重に向ける。


「貴方が協力しないなら、七瀬さんを殺します」


 その言葉に、今度は勢いを失う。だって、だって七瀬は。


「七瀬はあんたが殺したんじゃないの?」


「ごめんなさい。嘘をつきました。七瀬さんはギリギリですが生きてますよ。棺桶に身体の八割突っ込んでるような状態ですが」


 それはもう瀕死の重症というのではないか?死神がもう一度死ぬのかは八重には分からない。だが、人間と同じく死神だって苦痛を感じるのだ。


 吸血鬼はそれを知っている。



「会わせて」


「怖い顔ですね。お友達いなくなっちゃいますよ?」


 どうだっていい。


「はぐらかすな、今すぐ七瀬に会わせなさいよ」


「ダメですよ。だって、それが一枚目のカードですもの」


 艶やかな唇に人差し指を当てて、上目を使ってくる。その態度が八重は癪だった。


「なら、私が自分でッ!」駆け出そうとした八重を、手でチハヤは制した。


「だめでーす。貴方が変なことしたら、すぐに七瀬さんを殺すように部下に指示してありますから。下手なことしたら、七瀬さんを殺しちゃいますよ?」


 それは困る。アンデッドを『葬送』できるのは死神の七瀬だけなのだ。それに、眠っていたから詳細は知らないが、死神をひとり瀕死に追いやっているのだから。


 千早の出した右腕だけが、狼の剛腕に瞬時に変化していた。こんなもので引っかかれれば、ひとたまりもない。さらには八重には武器がない。しかも完全アウェー。ここは圧倒的に不利だ。


「……それで私を従わせようってこと?」


 その通りです、といって人狼はにっこり笑う。


 剛腕は元のか細い人間のものに戻る。


「はい。七瀬さんが生きている限り、貴方は私の言うことを聞いてもらいますから。儀式は二日後の新月の夜を予定しています。それまでこの部屋で大人しくしていてください。アムベル、八重さんをお願いします」


「かしこまりました、チハヤ様」


 アムベル、というのはメイドの女性だ。


 人狼の娘は鼻歌混じりに部屋を出ていく。ドアに手をかざしたのが気になって、そのあとを追い、八重は出入口の扉にかけよる。


 所謂いわゆるハイテクというやつだ。ドアノブなんてない。小説や、漫画の世界に出てくるような、センサーに手をかざした生体認証でのみここを開けられるようになっているらしい。(前に三神と見たSF映画に似たようなのがあった)


 チハヤが手をかざしていた辺りに液晶タブレットのようなものがある。これで指紋やら何やらを認証して特定の人物のみが出入りできる仕組みだろう。


「この部屋から出ることは不可能です。ゆるりと、おくつろぎください」


 近づいてきたメイドの言葉に八重は下唇を噛み締める。

「くつろいでなんて、いられないわよ……」


 ベッドに、テーブルセット、さらに奥にはバスルーム。人間がここで生活できるようにセッティングされている部屋だ。さらに監視付きで外には出るすべがない。


 チハヤは八重を出すつもりは毛頭ないらしい。


 せめて、仲間の誰かが気づいてくれれば良いのだが。


「……あの日から、何日が過ぎたのよ……!」


 もしも依頼の最中に自分たち二人が行方知れずとなれば、三神や、報告が無いことを不審に思った本部が不思議がるはず。だが、もしも三神が捕らえられ、チハヤが報告の偽装工作を行っていたら?他の者たちは出張や潜入調査の真っ最中。



 七瀬は無事?勝手に死んだりなんかしていたら、許さない。


 異変に気がつかれずに、黄泉帰りの扉が開かれてしまう。そして、沢山の犠牲者が出る。そんなのいやだ。


「貴方が来たのは、数時間前になります」


 八重の一人問答に水をさしたのは、メイドの声だった。


「半日?じゃあ、今は夕方くらいってこと?」


 そして、気になっていたもうひとつの問い。それを確かめるべく、メイドに振り向く。


「……私と七瀬の他に、捕縛者はいない?」


 メイドは静かにうなずいた。ならば、まだ勝機はある。気がついてくれる人が、まだいる。自分の思い通りなら。


「……もしも、アイツが気がついてくれたなら……」


 独り言を囁いて、八重は鉄扉に拳を思い切りぶつける。ぐわん、と音を立てて、扉は拳から腕に、そして八重の全身に痛みを伝えた。


「……私にだって、カードはあるわよチハヤ……!」



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