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時計仕掛けのアクターズ  作者: 卯月兎夢
黄泉帰りの扉
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推理と罠の劇場予告

 柔らかなベッドの上で寝癖だらけの八重が起き上がった。窓から朝日は射していない。雨というわけでも無さそうだ。


「ほわぁ……よく寝た……。今日は七瀬のモーニングコールがないから変な感じ……」


 変な感じなのはそれだけでない。彼女がいるのは、いつも寝起きしている見知ったアパートではなく、ベッドとテーブルとそれを挟むスツールが二つあるだけの殺風景な部屋だ。


「それは何よりです。おはよう、お姫様」


 近くのスツールに腰かけていた声の主、チハヤはにっこりと笑って八重に近づく。レストランで会ったときとはまた雰囲気が変わっている。軍服のような衣類のせいだろうか。


「おはよう。と笑顔を返せばあんたは満足するかしら?」


「ええ。とても」


 次の瞬間、八重は掛け布団をチハヤに投げつけ、その隙に背後に回って手刀をつくってチハヤの首筋に当てる。


 チハヤは微動だにせず、まだ微笑んでいる。


「そう。だけど私は満足してないわ」


「どこが気に入りませんでしたか?お姫様は」


「全部よ」


八重が手刀を思い切り首に振るう。確実に入る。そう確信していた。


「……ダメじゃないですか。傷が塞がったばかりのくせして無茶をしては」


「ぐっ……ぬぁっ!!」


 先の戦いで負った腕の傷を思い切り掴まれ、捻られる。あまりの痛みに、八重は顔を歪ませる。


「レストランでは長袖を着ていたので分かりませんでしたが、その古い傷跡はなんです?」


 半袖のネグリジェから見える、おびただしい数の傷。全て古い傷で斬傷、火傷、痣……。それ以外にも、かなりの傷が腕に蔓延っていた。


「……放せ!!」


 ぱっと放された腕を胸に抱いて痛みを押し殺す。掴まれた部位には、手の痕がつく。


「それにしても、あなたの傷は。着替えと身体検査の際に拝見させて頂きましたが……普段から相当の痛みのはず。よく我慢できましたね」


「お気遣いありがとう。余計なお世話よ」


 立ち上がってベッドに座る。眠っている間に着替えさせられたのだろう、片方半袖となった白い寝間着は腕の傷を隠してはくれない。それがたまらなく嫌だ。見えないように体育座りをして腕を抱え込んだ。


「余程見られたくないんですね。あとで替えを持ってこさせますんで、本題に入っても?」


「……七瀬は」


 あまりにも小さな呟きだったため、チハヤは聞き耳を立てる。


「……なにか?」


「七瀬は、どうしたの」


 それを聞いて、チハヤはどうするべきか迷った。


 少女を安心させる答えを言って、従わせるか。


 絶望させて、思考をぐちゃぐちゃにして服従させるか。


 チハヤからしてみれば、年の功なのか(言ったら只ではすまないだろう)目の前の少女は頭が切れる。まぁ、レストランでの仕掛けには気がつかなかったようだが。


 そして、死神の七瀬をとても信頼しているように見えた。もし彼が安全だと言えば、再起を図るかもしれない。だが、彼が死んだと言えば、八重は玉砕覚悟で千早を殺すだろう。


 悩み悩んで、チハヤは決断する。


「あなたの相棒なら私が殺しました」

 さぁ、絶望しろ。そして、殺したいなら掛かってこい。それならその喉を引き裂いてやってもいい。



 だが、チハヤの考えはどれも外れた。


「……そう。あなた、なかなかやるのね」


 へぇ、すごいじゃない。とでも言いたげな顔だ。


「……はい?」


「それで、あなたのお話ってなに?私だけをここに連れてきたからには、何か理由があるんでしょう?」


 そう言って、微笑んだのだ。チハヤは、顔をひきつらせて笑うしかない。


「え、あは……。そう、ですよね。まず、ここについて説明しましょうか。ここは……」


「東京都内の地下施設。裏、要するにアンデッドたちの住処、もしくは拠点、といったところ?窓はただのフェイク。だって、本物の窓だったら、吸血鬼の私はおろか、アンデッドにも日光は毒よ。それはあなたも例外ではない。探偵じゃなくてもその程度分かるわ」


「ご明察です。では、ミステリ好きの私にお聞かせくださいませんか?あなたの推理を」


 手を叩いてチハヤが笑う。腰かけて、近くに控えていたスーツの女性に紅茶を頼んだ。使用人らしき女性は部屋を出ていく。これでこの部屋は二人きり。


 八重は面倒そうに俯いていた顔を上げる。そして、ゆっくり口を開いた。


「……まず、あんたは死神協会東京支部の表の顔、テラーに最近の連続不審死の件について依頼をした。最初は事務所に来るはずだったんだろうけど、完全にアウェー。特に東京支部は死神以外のアンデッドもいるわ。同じ人狼でもいたら、臭いで正体がばれて最悪そこで葬送、死んじゃうからね」


「そこは危惧すべき点でした。なので、場所を変えることにしました」


「それが、東京チャーミングホテルのレストラン。おそらく、シェフか、ウェイター。どちらか、いやもしくはレストラン全体を抱き込んだ。私のケーキに睡眠薬を入れるため」


 チハヤがにっこりして頷いている。


「続けるわよ。ただ、予想外だったのは私が何個もケーキセットを頼んだこと。それにより、シェフたちは過剰摂取になると思ったんでしょうね。その解毒剤となりうるものを混ぜた。だから、睡眠薬は即効性を失って廃墟で眠気が来た。私としたことが、その時やっと気がついたわよ」


「何故、七瀬さんにそれを知らせなかったのです?」


「言わないわよ。心配させるじゃない。咄嗟だったから口から出任せだしグダグダだったけどね」


「見事な演技力でした。あら、ケーキの仕掛けに気づいていたり、やっぱり貴方は少し頭が回るようですね」


「……まぁ、眠った私が覚えているのはそこまでよ。次。あんたの話を聞こうじゃないの」


 座り直した八重は、チハヤを睨みつける。


「わかりました。それでは、お話ししましょう。私たちの計画を」


 チハヤが、差し出された紅茶を飲みながら口火をきった。













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