証明の序章
廃墟の内部も、予想通りの中身だった。写真で見たものとほぼ同じ状況だし、たまに心霊スポットとして若者でも来るのだろうか。歩いていると、スナック菓子などの空袋も煤けて落ちている。
これが千早の兄たちの食べ残りかもしれないが。
「で、撮影場所はどこかしら」
「三階です。……ところで、七瀬さんは怖いの平気なんですか?」
「平気じゃないよ?平気じゃないけど大丈夫」
さっきまでの怖がりようは一体何だったのか。今では、八重の隣を歩いて小さい鼻歌まで奏でている。武者震いのようなものなのだろうか。
千早はその様子を一瞥して前を向き直った。すると、八重が眠たそうに欠伸をする。
「八重ちゃん、眠いの?」
「昨日はそんなに寝てないし、腕の傷の治癒に時間かけてたからね……」
千早に聞かれないように、小声で耳元で話している、つもりらしい。
「千早さーん。八重ちゃんが何だか眠くなっちゃったらしいから、俺が背負うからこの荷物持ってくれない?」
「はい?」
怪訝そうに千早が振りかえると、目を閉じてこっくりしている八重と、七瀬がその背に背負っていたリュックサックを下ろしていた。
「いやぁ、八重ちゃんも吸血鬼だし?昼間はやっぱり眠いよねぇ。俺の中で八重ちゃん至上主義だから、悪いけど千早さん。そんなに重くないからこの荷物持って?現場についたら起こすからさ」
「は、はぁ……車に置いてくればいいのでは?」
「いくら吸血鬼でも、女の子を一人車内放置する気は毛頭ございません」
戸惑いの問いに真顔で返され、千早は仕方なく彼のリュックを背負う。確かに重くはない。だが、客にさせる仕事なのかと思うとそうではない気がする。というか、させないでほしい。
「むにゃ……」
「よっと。さ、行こうか千早さん」
八重を背負った七瀬が、戸惑う千早を追い抜いて先行する。その先にはすぐ階段があり、容易く上っていく。人外とはいえ、その体重は一般の同世代の子たちと変わるまい。十二、三くらいの女の子を背負って階段を軽やかに上っていくのは、やはり鍛えられた肉体あってこそ、ということだろうか。
千早の目には一見軟弱そうに見えたが、割とそういうわけでもないらしい。千早も後に続く。
「ここでいいのか?」
三階までの階段を一気に上りきった七瀬は、息一つ乱していない。二階フロアは見ていないから分からないが、廊下と手狭な部屋の多い一階フロアと違って、三階フロアは開けた一つの大広間のようになっていた。
「そうです。兄たちは、そこの窓の近くにいました。私は、階段の陰に隠れていました」
七瀬にリュックを手渡し、千早は指をさす。
「なるほど。やっぱり八重ちゃんは寝てていいよ」
背中で眠る八重を壁に寄り添わせる。うさぎリュックが汚れるのを避けてか、背中から外して、その腕の中に抱かせてやった。
「で?お兄さんたちはここで狼になったと」
「そうです」
七瀬がしゃがんだ床には埃が付いている。だが、その埃に一部靴の跡のようなものがある。
「千早さん。カメラ貸して」
「はい?あぁ、どうぞ?」
「ありがとねー。千早さん、そこに立って、後ろ向いて」
一眼レフを手にして七瀬が階段に戻り、柱の物陰に隠れる。そして、七瀬から見て背を向けていた千早にシャッターを押した。
「きゃっ!」
シャッター音に吃驚したのか、千早が少し飛び上がった。
「うん、聞こえたよね。このシャッター音。あ、柱が少し写っちゃった」
撮った写真を見ながら、七瀬は楽しそうに千早に近寄り、そして微笑んだ。
「やっぱり君は嘘つきだね。そして、お馬鹿さんだ」