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時計仕掛けのアクターズ  作者: 卯月兎夢
黄泉帰りの扉
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呼び出し Ⅱ

 品川チャーミングホテルは、日本国内でも有名なホテルだ。宿泊は勿論、劇場やプール、バーもある。月ごとにイベントもあって、老若男女を問わず人気のホテルだ。


 まぁ、そんな良いホテルのレストラン。入ってみたが、予想通りの良い感じの洒落たところだった。一息入れたい子連れの主婦たちや、恋人たちで、結構人が入っている。……問題があると言えば、ひとつだけ。


「あ、ウェイターさん。スイーツセットのお代わりを頼めますか?」


「分かりました、マドモアゼル。すぐにお持ちいたします」


 八重が余程気に入ったらしい、スイーツセット。ショートケーキとクリームブリュレ、マカロン二つのセットで、それだけでお腹も膨れそうなのだが。


「……ねぇ、八重ちゃん。食べ過ぎじゃない?」


 隣で見ていた七瀬が口を挟みたくもなるのも分かる。何故なら、今しがた八重のお代わりの注文は四度目だったからだ。


「知らなかった?私はお菓子を食べると通常よりも強い力を発するわ」


「君と過ごした三年間で初めて聞いたワードかな」


 八重が、このように知らぬ素振りをして食べ続けるのである。セット一つが二千円、それが五つで諭吉さんを召喚しなければならないことだ。


 そして、この食生活をして肌荒れどころか全く太らない点が、やはり人ではないのだなと思う。女子に目の敵にされるな。絶対。七瀬がそんなことを思っていると、口の端にクリームをつけたままの八重と目が合った。


「ところで七瀬。依頼人は見つけた?」


 七瀬が紙ナプキンで口元を拭こうとすると、察した八重がそれを奪い取って自分で拭いたので、少し口の端を下げた。


「……まだ。白いワンピースと帽子を被ってくるってさ」


「女性?」


 八重が目を細める。


「まさか八重ちゃん、妬いてる?」


 本気の顔をした七瀬の後頭部をはたいた。


「そんなんじゃないわ」


「あ、来たみたいだよ」


 八重は七瀬の指差す方向を見やる。というか、人を指さすな。


 長い黒髪に、端正な顔立ち。それを引き立たせる白のワンピースと帽子。そして、何よりも目立ったのが、女性にしては高い背丈。


「死神協会の方ですね?」


 女性は七瀬たちの座るテーブルに迷うこと無く近づいてきた。七瀬が立ち上がり、向かいの椅子へ促した。


「そうです。貴方が依頼の……」


千早ちはやと申します。以後、お見知りおきを」

 千早は小さく笑って二人に会釈。


「俺は死神の七瀬です。こっちは、八重ちゃん」


「えっと……二人は兄妹、ですか?」


 並んで座る七瀬と八重を交互に見て言われた。まぁ、外見二十代過ぎと外見小学生が座れば、まぁそうなる……のか?


「いいえ。未来の嫁です。彼女が大きくなったら、結婚をするんですよぉ……おあいいてででててて!?」


「嘘をつくな」


 調子に乗った七瀬の靴を、八重がヒールで踏んづけて珈琲をすする。目の前の千早は微笑ましくそれを見ていたが。


「こいつの戯言は気にしないで下さい。私は七瀬の同僚の八重です。種族は吸血鬼」


 吸血鬼、というワードを聞いて、わずかに目が見開かれる。


 いきなり依頼人にぶちかました八重は、驚きのあまり思わず咳き込む七瀬の背中を思い切りひっぱたく。目の前の彼女は目を白黒させていた。


「……そうなんですか?やっぱり?え?え?」


 吸血鬼。アンデッドの一種で、太陽に嫌われ、夜と死に愛された種族。生けるものの血を飲み、死を振り撒くという。


「種族は吸血鬼です」


 もう一度言った八重に、千早はうなずく。


「いえ、それはなんとなく。目が赤いこと、五月で今日は暑いのに着込んでいますし、微かにですが血の臭いも。ですが、何故、日中を出歩くことが出来るのですか?しかも、死神と行動を共にするなんて……」


 初対面の人にそこまで言われる筋合いはない。そう判断した八重は咳払いをして、彼女にきつい眼差しを送る。


「まぁ、言ったついでで申し訳ないけど、その辺りは詮索しないで。ここには私と彼の話をしに来たんじゃないの。貴方の話を聞きに来たのよ。話して」


  八重に威圧されて千早は物怖じしながら口を開いた。


「……それでは、私の兄の誠也のことなのですが、昨日亡くなっているのが分かりました。身体中に無数の傷があって……まるで、鋭い刃物に斬られたように」


「それが、連続不審死の件と?」


「兄は所謂、危ない方々と付き合っていたんです。本人は否定しましたが。二十代も折り返しのくせに就職もしないでその方たちと遊んでばかり!しかも両親や私の稼ぎでですよ!?腹が立ちます」


「は、はぁ……」


 テーブルから乗り出して激昂する千早は思わず大きな声を出して、周囲から奇異な目でみられる。それに気づいて千早は、顔を赤らめて席についた。余程、頭に来ていたのだろう。七瀬はそれに頷くしかなかった。


「お待たせしました。こちらケーキセットです」

「ありがとう」


 ウェイターが八重に五皿目のケーキセットを出す。フォークを握って彼女は目を輝かせながらショートケーキを食べはじめた。


「……話を戻しますね。この間、兄を尾行して、証拠の写真も撮って非行を認めさせて、ついでに警察にもつきだしてやろうと思ったんです」


「で、尾行したと」


「はい。兄は彼等と合流したあと、新宿方面に向かいました。その周辺の廃墟に彼等は入っていって……私も入りました。そうしたら、兄は獣になったんです。文字通り」


「……獣?どんな」


 七瀬は眉をひそめた。


「まるで、狼のような……」


「……人狼?」


「千早さん。貴方、よく無事だったわね」


  今まで無心でケーキを食べていた八重が、いきなり口を挟んだ。

「まぁ、写真だけ撮って逃げてきましたから」


「そのカメラ、今あるかしら」


「ええ、お見せしますよ」


 千早はショルダーバッグから一眼レフのカメラを取り出して八重に手渡した。七瀬も一緒に覗きこみ、画面を確認する。


  廃墟の中だろう。割れた窓ガラス。所々剥がれた壁と天井の表面が剥がれ落ちていて、鉄筋が見えている部分もある。


 その中央に、五人の男がいる。服装はそれぞれ違うが、一貫してだらしなく、派手だった。


「その右から二番目が兄です。その次の写真を見てください」

 画面をスライドして次の写真が表示される。


「……まじか」七瀬は、思わず呟いていた。それほどに、異様、というか。信じられないというか。人間が、いきなりアンデッドになる───?

 千早の兄を含む五人の上半身が、狼のような獣になっていた。





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