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時計仕掛けのアクターズ  作者: 卯月兎夢
黄泉帰りの扉
3/26

呼び出し

 時は巡り、十一時の鐘が事務所内に響く。

「遅い」


 八重はしびれを切らして少し苛立っていた。客は約束の十時には来ず、遅刻の連絡も無く、とうとう一時間も待たされている。


「七瀬。ちゃんと地図はホームページに書いてあるのよね?ホームページ見ろって言ったのよね?」


「うん。まぁ、駅前からそう遠くもないし、分かりやすく描いたんだけどなぁ」


 七瀬は、デスクについてチョコバー片手にペンを走らせている。だが、絶対にその内容は仕事関係じゃないな。怒りよりも呆れを強く感じて、八重はまた読み終わった雑誌を最初から読みはじめた。


「客に連絡はした?」


「したけど出ない。いたずら半分ですっぽかされたかなぁ」


 ため息をついてペンを置く。あと一口のチョコバーを食べきって、横のくずかごに棒を捨てた。


「見て見て、八重ちゃん。俺が考えた最新作」


「仕事中になにしてるの……って、なにそれ、可愛い」


 七瀬がどや顔で見せてきた白い紙には、まだ下書きだが、可愛らしいゴスロリ調のワンピースが描かれていた。


「黒と紫を使って、あと、スカートの裾の部分には歯車とメリーゴーランド。で、上のネクタイには八重ちゃんの好きなうさぎがいます!」


「……なかなかやるわね。できたら着てあげてもいいわよ」


「素直じゃないなぁ。まぁ、そんなところも可愛いぞ☆」


「何か語尾に星マークが見えて気持ち悪いからやめてくれる?……にしても本当に遅いわね」


 話を逸らしたかった八重は、また壁の時計を見る。それほど時間は経っていない。また大きなため息をつこうとした。


 着信音。


 七瀬がデスクの電話をとる。


「こちらテラーの番号になります。…はい。あぁ、やはり……。では改めて死神協会東京支部の七瀬です」


 それを聞いて、八重ははっとして立ち上がり、電話に耳を寄せる。表向きの『テラー』というのは、何も知らない一般人向けの所謂何でも屋だ。だが、『死神協会東京支部』という本当の顔は、一般人は絶対に知り得ないこと。


 そして、人間ではない者との対峙を意味する。


「変更ですね。はい、わかりました。今すぐそちらに向かいます。……はい。……分かりました。失礼します」


 受話器を置き、七瀬は大きなため息をついてデスクに突っ伏す。が、後頭部に八重のチョップがお見舞いされて「いてっ」と起き上がった。


「で、なんなの。よく聞こえなかったんだけど」


「例の客から。とてつもなく申し訳ないんだけど、品川のホテルのレストランに来てくれだってさ。遠くね……?」


 確かに、事務所から品川までは車で二十分程かかる。しかも。


「その客に、死神協会の名前出してたってことは、怪異の依頼ってこと?ってことは、例の不審死事件は怪異関係ってことになるわよね?」


「その通り。本業の依頼だから、八重ちゃんにも来てもらうしかないけど、いい?」


「いいわよ。この私を待たせた相手がどんな面をしているのか見てみたいし」


 そう言いながら、八重は電気を消してうさぎリュックを背負った。


「八重ちゃん、先に車乗ってて。便所行ってから行くわ」


 七瀬が車のキーを八重に投げる。それを上手くキャッチして「分かった」と言って事務所を出ていった。

「さてと……。便所便所」



 七瀬が奥のトイレに入る頃、八重は外に出ていた。


「……暑いわね。まだ五月なのに」


 鍵を開けて助手席に乗り込む。うさぎリュックを抱き抱えて、中から鏡を取り出した。


「三神にぐしゃぐしゃにされたとこ、ちゃんと直ってるよね?大丈夫よね?」


 髪のほつれがないことを確認して鏡を仕舞う。回りに人、主に七瀬が居ないことを確認して、八重は背もたれに寄っ掛かった。


 レディたるもの、人様に会うときは身だしなみに気を付けること。昔から、彼女が信条としていることで、ここの同僚にも言われたことだった。


「そういえば、他のみんなは大丈夫かしら」


 テラー事務所、改め死神協会東京支部には、七瀬、八重、三神の他に数名の在籍者がいる。それぞれ出張だったり潜入調査をしているのだが、連続殺人の件もある。忙しいとはいえ、音沙汰ないのは心配だ。そして、友でもあり、情報提供者でもあるユリアが脳裏を横切った。次に、無惨な状態で放置されていた、ユリアの身体が。


「ユリア……」


 昨晩、ユリアの敵はとった。だが、悲しみも怒りも苦しみも、まだ八重の心を縛っていた。その混じりあった思いが、下唇を強く噛ませた。


「お待たせ、八重ちゃん。どしたの?」


 はっとして見ると、七瀬が隣にいた。噛んだ唇をさっと舐めて平静を装う。


「七瀬。ううん、なんでもないわ」


「そっか。じゃあいこうか」


 赤の車が出て、駅方面へ向かった。そして、車が角を曲がって見えなくなると、ビルディングの陰から、人影が現れ、ビルディングの階段を上っていった。



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