作戦
「待てよ」
怒気を含んだ声に、七瀬は立ち止まる。事務所を出てすぐの角を曲がったところだった。
「パッキンてめぇ、どこ行くつもりだ」
振り向く。千駄ヶ谷が七瀬を思い切り睨んでいた。
「……お前なら、聞かなくてもわかるだろ」
懐の銃に手を伸ばす。それを、千駄ヶ谷は見逃さない。
「あぁ分かるな。お前の思考は読みやすい」
七瀬は銃口を千駄ヶ谷に向ける。安全装置を解除、いつでも引き金は引ける状態だ。
「おいおい。ここ、住宅街だぞ」
「関係ないな。人はいない」
夕暮れ。人はいない。いたとしても、この暗がりではまともにこちらを見れもしないだろう。
「それに、言ってることとやってることが矛盾してるぞ、千駄ヶ谷。なぜ、こうなることが分かっていて、俺に銃を持たせた」
「……」
その通りだ。七瀬が八重の監禁されているアジトまで乗り込もうとする、その未来を安易に予測できるにも拘わらず。
開けば警報のなる窓。軟禁状態。
なのに、銃を持たせる。
詰めが甘い。そう、言いたい。
それをおそらく、千駄ヶ谷も理解している。
「なぁ千駄ヶ谷。お前、わざと、だよな?」
千駄ヶ谷は答えない。
「おそらく、悟もお前の計画に協力している。わざわざ窓だけに仕掛けた警報器。扉には仕掛けられていないし、本当に軟禁するって言うんなら、お前らのことだ、あの部屋に何個も監視カメラがあったっておかしくない」
あの部屋は、七瀬が簡単に逃げられるように設定された部屋だ。扉に鍵は掛かっているものの、そんなもの、銃で蝶番を破壊すればいい。
だが、それじゃあ銃弾が勿体ない。
だから、窓をわざわざ開けて、警報を鳴らした。
「あの警報は、いわば作戦開始の合図でもある。お前らは、俺が不用意に銃を撃たないことも知ってる。かといって、扉の鍵が空いていれば、三神が気づくかもしれない。そして、もしも俺が扉を破壊して出るにしても、必ず発砲音が鳴る。まぁどちらにせよ、でかい音が鳴ったときが作戦開始の合図ってか」
「てめぇ……そこまで読んでやがったのか」
「そこまで読むことを、お前らだって読んでたんだろ?」
相変わらずムカつくぜ、と千駄ヶ谷は失笑。
七瀬も、銃をおろした。
「あの優秀な悟クンのことだ、もうとっくに、八重ちゃんの居場所、掴んでたりするんだろ」
「……たりめーだろ。お前が逃げ出せる体力培ってんのを待ってたんだよこっちは」
「……三神には、内緒だろうね?」
この作戦の意味。それは、三神にいかに心配をかけさせないか、にかかっていた。
「あぁ。今頃たぶん、悟が寝かせてる。だろ? 悟」
インカムに手を伸ばし、忘れてたと言って七瀬にもインカムを投げて寄越す。
『寝てるよ。安心して。てゆーかさー、やるならやるって言ってよね。ラーメン食べにいくとこだったんだよ? この空気読めない奴め』
三神を巻き込むわけにはいかない。戦闘には勿論、病み上がりの七瀬が出向いたとなれば、きっとあの子は怒って止めに来る。
心配をかけさせたくない。
「だが、黄泉帰りの扉についてはさっぱりだ。正直、どうすればいいのか分からねぇ」
「……そうだな。八重ちゃんが教えてくれたことと文献……それ以上の情報はやっぱり入らなかったんだろ?」
『あぁ。信頼できるものから都市伝説まで全部調べてみたけど……正直、そっちは手詰まりかな』
「じゃあ、八重ちゃんを監禁してくれちゃってるアイツらを殺す? なんか、場所が穢れたらダメなんだろ? で、その場所にずっと置いとけよ」
七瀬の鶴の一声に、二人は押し黙る。
全くもってその通りじゃんか、と。
「鬱憤もはらせるし……」
「パッキンより強い奴と戦えるし……」
『おい、世界の平和はどうしたのさ』
そんな死神共に大層呆れる悟であった。




