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時計仕掛けのアクターズ  作者: 卯月兎夢
黄泉帰りの扉
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依頼

 玄関からすぐに繋がる応接間に、仕切り板を挟んで事務室。その真ん中には廊下があって、奥の給湯室や悟の部屋に通じている。


 だが、パソコンは床に落ち、カーテンは裂かれ、花瓶は割れる。本や書類は……もう何がなんだか分からない。


 まぁ、そんな散らかった光景を見たら、はぁ……とため息をつきたくなる。

 でも、せっかくの客だ。もてなしをしなければならない。三神はスリッパに履き替える。


「じゃあ、とりあえずまだ原型があるほうのソファーに座ってて。今、お茶淹れてくるからさ」


「あ、ありがとうございます」


 三神が廊下の方に消えると、悠里はキョロキョロ辺りを見回して、『ソファー』を探し始める。何せこの散らかりようで、なにがなんだか分からないのだ。


「悪い。……ったく、アイツもちゃんと案内すればいいのによ」


 靴を脱いだ千駄ヶ谷がため息をついて詫びる。


「こっちだ。散らかってるから、転ばないように気を付けろよ」


 窓から夕日が射し込む応接間だ。もちろん、そんな綺麗な夕日も、この散らかりようでは美しさ半減。


「よーこそ、有限会社テラーへ」


 低めのテーブルに、それを挟んだソファー。どちらもレザー製のようだが、無惨に裂かれている。


 原型があるほうのソファー。悠里の視線の先には、鋭利なもので裂かれて中身が飛び出しているソファーが置かれている。三神が言っていた原型があるのは、こっちだろう。たぶん。

 もうひとつの方は……。本当に原型がない。ソファーだったものとしか言いようがない。


 床の見えない地になんとか足を置いていき、指定されたソファーまでたどり着くと、悠里はさて悩む。


 どこに座ろうか、という問題である。

 真ん中はダメだ。裂かれたところが広がる気がする。


(どうしよ……)


 一応これ以上ダメージを与えないため、裂傷の少ない生地の辺りに腰かけた。


「悪いな。押し入られたのは一週間前なんだが、色々立て込んでて、まだ整理とかできてねぇんだ」


「……お構い無く。って、あれ。お兄さんが話を聞いてくださるんですか? 確か、助手さんでは」


 ソファーの代わりに、壁に寄りかかった千駄ヶ谷に悠里が問うと、「あぁ」と生返事が帰ってきた。



「探偵本人は出てこらんねぇ。訳があってな……」


「体調でも悪いのですか?」


「いや、まぁ……そんなとこか」


「入間さーん、紅茶でよかったかな」


 三神がティーカップをのせた盆を持ってきた。慣れたように足の踏み場もない床を舞うように歩いてくる。掻き分けて道が作ってあるのは、廊下の通りだけなのだ。テーブルの上の乱雑を全て手で薙いで下に落としていく。それでいいんだろうか。悠里は何も見なかったことにした。


「ありがとうございます」


「熱いから気を付けてねー」


 盆を横に置いて悠里の隣に座る。ソファーの裂傷だの何だのはどうでもいいらしかった。


「おい三神。俺の分は」


 千駄ヶ谷が物欲しそうな目で悠里に宛がわれたティーカップを見つめる。お客様用のそれが唯一無傷だった品だった。


「あんたのは無い」


「なんでだよ」


「あんたのマグカップ、割れてるじゃない」


「他の奴のがあるだろ」


「潔癖症の奴のを使いたきゃどうぞ?」


「ちっ」


「じゃあ、入間さん。あなたの話を聞かせて。ここにいるのは助手と受付嬢だけど、話は聞けるから」


「……はい」


 悠里はぽつりぽつり話し始める。


 一ヶ月前から飼っているネコが行方不明になっている。

 貼り紙を貼ったり、出来ることはなんだってしたという。目撃情報もあったものの、違うネコだったり、ガセネタだったり。

 困りに困り果てた末に、探偵の力を借りようと決心して三神にすがり付いたというわけだ。


「……ネコ、ねぇ」


 千駄ヶ谷がぽつりと言うと、はい、とだけ呟いて悠里は俯いた。


「そういえば、駅前でチラシ配ってたよね。違う人だったから分からなかったけど……入間さんのとこだったんだね」


「母が、手伝ってくれました」


「そっかそっか。んで……。そのチラシさ、今ある? ネコちゃんの写真があればそれを見せてくれるかな」


「あります! 待ってください」


 悠里は傍らに置いた自分の鞄からスマホを取り出す。ぶら下がっている白ネコのストラップが揺れる。


「これは、いかがでしょう?」


 悠里が隣の三神に画面を見せる。画面のなかには、縁側で微睡む三毛猫の姿。


「かーわーいーいー!」


「ケーキ、って呼んでます」


「名前も可愛かった!!」


「ケーキ、っていうのは、塊っていう意味もあるけどな」


「センダガヤァ?」


 せせら笑った千駄ヶ谷に、三神が黒い笑みを向けた。


「違うぞー三神。千兄だろ」


「……センニィは本当乙女心が分かってないよね。」


 思い切り睨みを聞かせた三神を見て、不味いと思ったのか、悠里は携帯を閉まって一つ咳払い。


「話、進めますね」


「はい」



 悠里はティーカップを口元に運んで一息つく。


「……そのケーキを見つけてほしいんです。お金に糸目はつけませんので」


「ちなみに、そのお金。どのくらい貰えると思っていいの?」

 千駄ヶ谷の不躾な質問にも、悠里は「はい」と真剣にうなずいた。


「そちらの言い値で構いません。ケーキさえ、ケーキさえ無事ならもうそれで……」


「入間さん……そこまで、そこまでケーキちゃんを……」


 ぎょっとして千駄ヶ谷が三神のほうを見ると、拳をぎゅっと握りしめて、頬を紅潮させている。


「分かった。あたしたちが絶対にケーキちゃんを見つけて見せるから!」


「……私、たち?」


 鼻息を荒くする三神に、千駄ヶ谷は「ん?」と首を傾げた。


「当たり前でしょ千兄! 困ってる子がいたら、手を差しのべて助けるのがあたしたち!」


 目を輝かせる三神に、千駄ヶ谷はまたため息。本日何回幸せが逃げたことだろう。


「待っててね入間さん! ぜーったいケーキちゃんを見つけるから!」


「三神さん……! 是非、お願いします!」


 こうして、二人は熱い握手をかわしたのであった。


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