表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時計仕掛けのアクターズ  作者: 卯月兎夢
黄泉帰りの扉
2/26

日々の朝、一日目

 吸血鬼、魔女、都市伝説。現代社会の人間が、架空と分かっていても怯える存在。


「ねぇ、知ってる?廃墟街の殺人事件!あれ、アンデッドの噂があるんだって!」

 アンデッド。死に損ないの、通称。

「えー?でも、あれって噂でしょ?どうせ、どこぞの連続殺人者が殺したのよ」


 自分から話し出したくせに、えー、怖いからやめよ!?と会話しながら、女子高生たちが小走りで地下鉄の車両に乗り込んだ。


 その様子を電車から降りて見ていた茶髪の少女は、小さく舌打ちをした。あの子たちが見ていたスマートフォンの画面には、昨夜の八重が関わった殺人事件の報道が書かれていた。

 それは、機関による情報統制がしっかり取れていないということだ。


 地下鉄が次の駅に向けてゆっくりと発車。強風が少女の髪を揺らした。


 ───少女、八重は風に煽られた髪を直して人混みと共に階段を上り、改札を出る。通勤ラッシュの時刻を過ぎているとはいえども、まだ人が沢山いてあまり身動きが取れない。


 外は雲が少しあるが、基本的には晴れている。八重は隅によって、ファンシーなうさぎのぬいぐるみのリュックサックの中から折り畳み式の日傘を取り出す。


 黒いレースがクラシカルにあしらわれており、彼女が今着ているゴスロリ調のワンピースによく似合っている。


 傘の中に入り、駅前のロータリーに停まっている車を見る。いた。赤の車に乗って煙草を一丁前に吹かす金髪の青年が。名は七瀬。死神だ。……それが、かっこいいとでも思っているのかコイツは。八重は正直うんざりしながら歩みをすすめた。


 彼は近づいてくる八重に気づいてはにかむ。それを睨んで一蹴して助手席に乗り込んだ。

「おはよう、八重ちゃん。なんだかデートみたいだねぇ」


「それ、毎回言わないと気がすまないの?」


「朝からのツンデレありがとうございます」


「うるさい。違う。はやく車を出せ」


 靴を踏まれて、はいはい、と七瀬はアクセルを踏み、車を出す。八重はながら煙草禁止、と言って七瀬の咥えていた煙草を奪い取って灰皿に入れた。


「八重ちゃん。昨日は……その、ユリアちゃんのことは残念だったけど」

「あの後送り届けてくれたこと、礼を言うわ。私は友達の敵をとれた。それだけで充分よ。他は聞きたくない」


 七瀬の言葉をシャットアウトして、八重はそっぽを向く。昨夜の交戦については触れられたくないらしい。


「それと七瀬。情報統制が取れてないのはどうして?ネットニュースに流れてたわよ、昨日の死体がアンデッドだの、最近の連続殺人犯の仕業だの!」


 連続殺人、というのは巷を騒がせている老若男女を問わない、恐ろしい事件のことを指している。警察もお手上げの状態で、市民は恐怖するばかりだ。


 八重は身に覚えのない事件までもが、自分のせいにされて荒ぶる。

「……上からほっとけ、とのお達しだよ。あと……」


 七瀬が何か言いかける。だが、七瀬はそこで言葉を切ってハンドルを切った。

 ブレーキがかかって、駐車場に入る。


「その話は後でにしよう。他の者に聞かれると厄介だからね」


 車が止まったのは、三階建てのビルディング。案内にはその二階と三階が彼らの目的地となっている。


 狭い駐車場に無理矢理車をとめて階段をのぼる。三階の『有限会社テラー』と洒落て書かれた看板扉は、現代社会に紛れるための表向きの探偵会社名。裏、要するに本当は違う。『死神協会東京支部』。これが本当の社名である。


 死神協会。簡単に言えば、人間をアンデッドから守るための組織だ。元は人間だったアンデッドが、古今東西を問わず悪事を働き人を困らせる事例が多々ある。

 大航海時代に船にのった大勢のアンデッドが、世界中に散らばって悪事を働くようになってからは、死神たちも世界中に散って悪事を働くアンデッドたちを葬る必要性が高くなったのだ。

 それから、死神協会はイギリスを本部に各都市に支部を置いて各地の治安を守らせているというわけである。


 まぁ、探偵事務所をやっている理由については、生きた人間として探偵をしていると、本職の死神の仕事で使えそうな情報がそれなりに入ってくるので、色々便利なのだ。


 扉を軽く二回ノック。

 しばらくして軽い足音が聞こえてきて扉の解錠する音。そして、ほんの少しだけ扉が開き、中から少女が顔を除かせた。ノックの主が七瀬であることを確認すると、彼女はにっこりして扉を全開にして七瀬たちを招き入れた。


「おはよう、七瀬。ちびっこ。怪我の調子、どう?」


「平気よ、三神みかみ。心配かけてごめん」


「心配なんてしてないわよ」


 赤髪の少女が、胸を張って答え、自分よりも背の小さい八重の頭をぐしゃぐしゃになでた。彼女は三神。社内では唯一の、高校二年の普通の人間だ。


「……せっかくとかしてきたのに」


「ふっふっふ。これぞ、秘技・髪の毛ぐしゃぐしゃ!」


「そのまんまだな」


 意味不明な決めポーズを取る三神をスルーして七瀬は社内に入り、自分のデスクに座った。


「相変わらず七瀬は無関心だな!!少しはあたしを見たらどうなの!?ひどいぞ!!」


 三神を見ることなく、七瀬はパソコンを起動。


「うるさい。意味わかんねー。三神は学校に行けよ……。俺は八重ちゃんとラブラブするから」


「しないけど?仕事しなさいこのニートが。あ、今は違ったわね」


「辛辣な眼差しとコメント有難うございます。今日も一日頑張ります」


 キーボードを素早く叩きはじめる七瀬に、呆れ半分に息をついて三神に首だけ向ける。


「まぁ、三神、はやく学校に行きなよ。今日は体育祭の練習で、朝練があるって言ってなかった?」


 八重の言葉に三神ははっとして壁の時計を見る。時刻は八時を回っている。朝練には遅刻するしかないだろう。というか、授業にも遅刻するかもしれない。


「七瀬ぇ……頼みがあるんだけど……」

 三神がパソコンを操作する七瀬に近より、上目遣いに七瀬を見つめる。


「やだ。俺の車は八重ちゃん専用だ」


 きっぱり断られた。


「そこを、なんとか……」


 まだ食い下がる。


「そもそものんびりしてたお前が悪い。俺たちを待たないで別によかったのにさー」


 正論。


「くっ……。ここは……私は……江ノ島に怒られる選択肢しかないってこと?」


 江ノ島とは、三神の担任の教師で、怒ると怖い。らしい。また、月に五回遅刻すると罰として一人で一フロアを掃除させられるそうだ。ちなみに、五月に入ってからは、もう三回怒られている。


 ていうか、五回遅刻しなければ良い話である。仏様より寛容だ。


「……休みたい。ちびっこ。あたし、頭痛いから、学校休むね!?」


「そんな元気に言われても説得力がないし。それと三神。単位落としても知らないよ?」


「うぐっ!?義務教育に戻りたい……!」


 高校生にとってのプレッシャーにもなっている魔の単位という言葉。それを聞いて三神は壁に拳を叩きつけた。


「三神。帰ってきたらなんかお菓子作っといてあげるから……ね?」


「ちびっこぉ……。マカロンがいいれす……」


 半分泣きながら三神が立ち上がり、奥の部屋に入る。おそらく、制服に着替えているのだろう。あやされて(?)学校に行くようでは、どちらがちびっこなのか分からない。


「七瀬。マカロンの材料を買いに行きたいから、あとで車を出して」


「いいよ?なんなら今行く?」


「だめ。三神も乗ってっちゃうじゃない。私の髪をぐしゃぐしゃにしたお返しよ」


 お昼過ぎでいいわ、と言って、八重は楽しそうに七瀬の向かいのソファに座って雑誌を読みはじめた。すると、三神がその染髪に似合わないセーラー服を着て部屋を飛び出してきた。


「行ってくる!さとるにご飯だけお願い!」

 悟というのは、三神の弟である。

「行ってらっしゃい」


 三神が事務所を飛び出していき、七瀬はパソコンを閉じる。先程まで作成していた文章は全て三神を送っていきたいんだけども、仕事忙しいですよ、というオーラを出すためのフェイク。


 こいつが仕事を真面目にするわけがない。


 七瀬はソファーに座って雑誌を読む八重の隣に座って雑誌の内容を覗き見る。が、八重が見ているのは女子高生や、女子中学生が見そうなポップなファッション誌。見ても理解できない七瀬は、側に置いてあった菓子をつまんだ。


「八重ちゃん。今日は来客が十時に来るから、よろしくね」


「分かった。ねぇ七瀬」


「なに?」


「さっき、私が情報統制されてないことについて何か言ったでしょ?あれの続きは?」


 七瀬は、眉間にシワをよせて考える。そして、あぁ、と小さく言った。


「上が、そのままでいいって言ったんだよ。なんか、見せしめだってさ。八重ちゃんの写真とかは出回ってないみたいだし、ただの噂で止まるよ。普通の人間はね」


「……そうね。最近続いてる不審死の延長みたいに考えてるのかな、皆」


「あ、そういえば、その連続不審死についての依頼なんだよ、今日の来客はさ。詳細はよく分からないけど。テラー名義で来たけど、協会本部を通さずに来るときもあるからどっちか分かんない」


「そう。まぁ、大方自分の知り合いが殺されたから敵をとってくれー、みたいな話なんでしょうね。そうだったら断りなさいよ?」


 稀にだが、『テラー』に涙混じりに家族や友人の敵をとってくれという者も来るが、『人間』として罪を犯すわけにはいかないため、そういった敵討ちの依頼は原則お断りしている。


「断るよ。まぁ、まだ分からないけど、多分そうだろうけど。……あ、このお菓子上手いな」


 七瀬は、来客用のクッキーをもう三つも食べている。そして、四つ目に手を伸ばすが、八重が箱を取り上げた。


「お客様の分がなくなる。もうだめ」

「ちっ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ